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変わる天候とヒマラヤの女性たち 【舟越美夏×リアルワールド】

生まれたばかりの子ヤギを見せるサビトリさん

 ふるさと九州の夏の早朝は、空気がひんやりとして、庭のクモの巣が朝露で銀色に光っていた。子ども時代の記憶である。あの銀色の巣は、幻想だったのだろうか。連日の熱帯夜が明ける朝、そう考えたりする。

 世界気象機関(WMO)は、7月の世界気温が観測史上最高だったと発表した。気候変動に起因した災害が最も多かったのはアジアだとし、「食と水の安全保障、生態系への危機」を指摘した。

 気候変動は天気に限った話ではない。社会を不安定にし、地域紛争をも引き起こす。そして真っ先に被害が及ぶのは、社会的に立場の弱い人々、女性や子どもたちだ。

 世界最高峰のエベレストを抱えるネパールでは、観光と農業以外の産業がなく、出稼ぎ労働者の権利を擁護する英国のNGOによると全人口の約14%に当たる350万人が出稼ぎに行く。留守を守るのは、社会でも家庭でも地位が低い女性たちだ。

 意外なことに、気候変動の影響で女性を取り巻く状況が少し変わりつつあるという。食を確保するために、変わりゆく天候に適応した農業を実践していくには女性なしでは不可能だからだ。

 首都カトマンズからバイクで1時間半の丘の上の村。かつては夏でも、ヒマラヤ山脈の雄大な姿を目にできた。ここ数年の夏は風さえも湿って熱く、ヒマラヤはもやに霞(かす)んで全く見えない。1週間前には「これでは村が流される」と思うほどの豪雨があった。害虫が出るようになり、トウモロコシは1カ月早く実るが、小さく味もよくない。

 そんな中、地元政府や研究機関が支援し、35人の女性たちが集まり互助会ができたのは5年前。毎月10ルピーずつを出し合い、積み立てる。月に1度の会合で話し合い、資金が必要な人にはそこから貸し付ける。農法を環境に負荷をかけない有機中心に切り替え、専門家の助言が必要な時は、携帯電話のアプリを通じて大学の研究者らに相談する。有機野菜を売るために近隣の三つの村で会社を立ち上げた。退役軍人の男性らも参加している。

 「以前は人前で話したりできなかったんだけど」と語るサビトリさん(53)は、互助会の書記を務める。「会のおかげで前よりも互いに支え合う力が強くなった。みんなに何でも話すのよ」

 それでもネパールの女性たちを取り巻く環境が厳しいことには変わりない。「良い職がある」と近づく人身売買ネットワーク。出稼ぎ先から帰ってきた夫にエイズウイルス(HIV)をうつされ、母子感染した例も少なくない。

 女性たちを救う女性たちによる組織も力強い。地獄のような体験を生き延びた彼女たちが立ち上げたNGO「シャクティ・サムハ」は10年前、アジアのノーベル賞、マグサイサイ賞を受けた。「理想は高く、期待は低く。そんな思いで困難を越えてきた」と語るタマンさんは創設者の一人だ。HIV感染者の女性や子どもをケアする組織も生まれた。

 「自分自身を信じること。女性たちに教えられました」。インドの売春宿から救出された17歳の少女は真っ直ぐな目で言った。つらい日々を乗り越え、彼女は人を助ける「看護師」になる夢を抱いている。

舟越美夏(ふなこし・みか) 1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年8月14・21日号掲載)

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