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「特集」ゲームチェンジの行方 第2次大戦後のターニングポイント「イラン戦争」米国の影響力低下、世界の多極化

 

 

山中俊之
著述家・コンサルタント

「これほどイランがしぶといとは思わなかった」米ホワイトハウスでのため息が聞こえるようだ。
 本稿発刊時点ですでに約3カ月が経過している米・イスラエルのイラン攻撃。その出口は見えていない。
 英語のメディアでは、米・イスラエルのイラン攻撃をTheIran warと書いているものが大半だ。しかし、イスラエルによるガザ攻撃についてもいえることであるが、日本のメディアは、war=戦争という用語を使うことを避ける傾向がある。
 ただ、実態を見れば、双方が相手の軍事施設などを攻撃し合う「戦争」であることに疑いはない。「戦争」という用語を使うことで、より真剣な対応を政府や企業、日本社会に促していくべきでないかと思う。そのため、本稿では主として「イラン戦争」という表現を用いることにしたい。
 イラン戦争がどのような形で収束するのかは、現時点(2026年5月18日)では予測ができない。急転直下の合意になるのか、再攻撃により泥沼化するのか。
 いかなる収束の仕方をとったとしても、中長期的な中東と世界への影響は甚大であることは間違いない。第2次世界大戦後史における、大きなターニングポイントになることであろう。
 著述業とコンサルティングを本業とする筆者は、1990年代に外務省の中東部署や中東諸国の日本大使館に勤務した経験を持つ。30年以上にわたる中東ウオッチャーとしての経験をベースに、本稿では、中長期的な視点から、中東と世界への影響について述べたい。

反米感情の高まり

 第一に、中東諸国の反米感情の高まりと、米国の安全保障体制の揺らぎである。
 イランは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など周辺アラブ諸国の米軍施設なども攻撃をしており、攻撃にさらされたアラブ諸国にしてみれば、反米よりも反イラン感情が高まっているようにも思える。
 しかし、筆者がアラブ諸国の民間の有識者と話をした場合に見えてくる姿は違う。
 「近隣のアラブ諸国を攻撃するイランは問題ではあるが、その原因を作った米国・イスラエルは、ある意味もっと問題だ。過去の中東への介入の失敗と同じことを繰り返している」との声である。
 過去の失敗とは、2001年9月の米同時多発テロを受けたアフガニスタンへの介入(2001〜21年)や、イラク戦争(2003年)とその後のイラクの統治への介入の失敗である。イラク戦争では、無辜の市民が20万人も殺戮されたとの分析もあり、米国への怨念は強い。
 今回のイラン戦争では1千人以上の無辜のイラン市民が殺戮されている。アラブ人からすれば、「また米国が自分たちの正義を振りかざしている」ということになる。
 米国は、イランのドローン反撃を受けて、米軍施設が破壊され、有効な対応ができずにいる。
 「米国は思いのほか弱い」「米国に安全保障を委ねるとかえってリスクが高まる」といった見方が広がっていくであろう。
 冷戦後、シリアやイランを除き、中東では米国の影響力が強く、米国中心の安全保障体制が築かれてきたが、その構造が揺らいでいることは確かである。

米と対峙するイラン

 第二に、中東におけるイランの影響力の拡大である。
 筆者を含む数多くの中東ウオッチャーの予想を超えて、イランは軍事的に強いことが証明された。
 イエメンの代理戦争などを含め、イランとの外交関係が良好とは言えないサウジアラビアの事実上の統治者であるムハンマド皇太子も、イランの底力に恐れをなしているのではないか。中東諸国の政府レベルではイランへの警戒感は依然として強い。
 一方で、アラブ諸国の民衆レベルでのイランに対する見方は、仮想敵国から「米国と対峙し得る強い国」に一部変化していると思われる。
 ペルシャ民族のイランは、アラブ民族ではないので、アラブ人はイランに反発的であるという意見がある。ただ、イスラム教徒という共通点もあり、また、アラブ人もイラン人も、近代以降に受けた、ロシアや英国による植民地化や石油権益への介入などのため、西側諸国への恨みは強い。それらの点の共通項は、決して軽視できないだろう。
 第三に、軍事的には強いことを示したものの、イスラエルの中東での孤立である。
 今回のイラン戦争では、イスラエルの軍事力が存分に示されたといえるだろう。中東で唯一の核兵器を保有する国でもあり、イスラエルの中東における軍事的優位性は揺るがないことが分かった。
 中東諸国の政府レベルでは、イランへの対抗上、イスラエルの軍事力に期待する動きも出そうである。
 一方で、民衆を含めた中東全体でのイスラエル孤立は高まる。
 イスラエルは、特に2010年以降アラブ諸国との外交関係樹立、関係改善に注力をしてきた。中東湾岸諸国の大国サウジアラビアとの外交関係樹立も秒読みと言われて、筆者も情報を細かくフォローしていた。
 しかし、2023年のガザでの紛争ぼっ発でこれらの動きはとん挫した。サウジアラビア政府としても、民衆の反イスラエル感情は無視できないのだ。
 今回のイスラエルのなりふり構わないイランへの攻撃は、他の中東諸国のさらなる離反を招くであろう。エジプト、ヨルダン、トルコ(アラブではない)といった相対的にイスラエルとの外交関係が良かった国々においても、民衆レベルの対イスラエル感情の悪化が懸念される。
 第四に、中東の不安定性による世界における地位低下である。
 これまで中東の繁栄と安定の象徴でもあったドバイやアブダビ、ドーハといった都市が、安全保障上、脆弱であることが白日の下にさらされ、イメージが悪化した。中長期的に、経済ビジネス上の優位性が大きく失われたといえるだろう。
 ドバイは、エミレーツ航空の拠点であり、乗客数で世界3位となっていた。晴れることが多く、天候による遅延が少ないことも奏功して、2000年代後半から乗客数の順位を上げてきていた。
 筆者も頻繁に使うが、アジアとヨーロッパのハブであるだけではなく、サンパウロなど南米にまで直行便を持っている点も、とても都合が良い。ドバイにいけば、世界とつながるという状態だったのだ。
 しかし、今回のイラン戦争で、ドバイやドーハの危険性が大きくクローズアップされてしまった。
 航空機だけでなく、経済ビジネス一般に対するイメージの悪化は避けられない。中東への投資が忌避される可能性がある。このイメージの回復は容易ではないだろう。

エネルギー動向の分岐点

 次に世界全体への影響を見てみたい。
 第一に、化石燃料離れと再生可能エネルギーの拡大だ。
 今回のイラン攻撃で、仮にホルムズ海峡経由の原油でなくても、同海峡が封鎖されることで原油価格上昇や石油製品不足に悩まされることを世界が強く認識した。
 米紙ニューヨークタイムズ(3月27日)は、「今回のイラン戦争は、化石燃料から再生可能エネルギーへの過渡期の戦争になる」との記事を掲載している。
 同記事においては、「太陽光パネルをめぐって戦争が起きたことはない(No one has ever started a war over solar panels)」というレトリックを使って、太陽光パネルや風力タービン、蓄電池には地政学的ショックがない(少ない)ことを提示している。
 ガソリン車から電気自動車(EV)へのシフトも促されるであろう。中国も原油高の影響を受けているが、EV車の比率が50%を超えているため、ガソリン価格の上昇の影響は相対的に小さい。
 EU諸国に比べ再生可能エネルギーやEVへの転換が遅れ気味であった米国でも、今回の原油高の苦境を経験して、再生可能エネルギーやEVへのシフトの気運が高まる可能性が高い。
 今回のイラン戦争は、世界のエネルギー動向の歴史的な分岐点になるかもしれない。
 第二に、人工知能(AI)・ドローン戦争時代の到来である。
 今回のイラン戦争で最も象徴的なことの一つが、AIを使ったドローン攻撃の有効性である。高額なミサイルや戦闘機に代わり、費用対効果が大きいことが見せつけられた。軍事超大国でなくても、ドローンを効果的に使うことで、自国の安全保障が維持されうるモデルを提示した点は、世界の安全保障全体に大きな影響があるだろう。
 第三に、米国の世界における影響力の低下と多極化である。
 これまでのアフガニスタンへの介入やイラク戦争と比べ、今回のイラン攻撃は、事前に先進7カ国(G7)諸国との協議どころか、通告もなかったと考えられる。
 この通告の有無は、外交上大きな意味を持つ。筆者も外務省時代、米国の事前通告の場に末席で同席をしたことがある。「事前通告をしたのだから支持するように」との無言の圧力を感じたことがあった。

 今回の場合、過去の軍事介入と比較をしても、国際法違反の可能性が高いとの指摘もある。スペインのように自国の軍事基地を使わせないという国だけでなく、G7諸国首脳からも批判を受けている。
 2年8カ月後にトランプ氏が米大統領を退任した後も、米国への信頼や信頼に基づく影響力は、簡単には戻りにくいのではないだろうか。
 米国の影響力の低下は、世界の多極化を促し、さらなる地殻変動を生む可能性がある。それが、中国、ロシアの過剰なまでの台頭ではないことを強く望むばかりである。

山中俊之
「世界のエリートが学んでいる教養としての超現代史」SB新書、2026

著述家・コンサルタント 山中俊之(やまなか・としゆき) 1968年兵庫県生まれ。外務省、日本総研を経て、株式会社グローバルダイナミクス設立。世界108か国の社会課題の現場を回り、著述・コンサルティング活動に従事。近著が、発売1カ月で三刷となるベストセラーになっている。

(Kyodo Weekly 2026年6月1日号より転載)

  • 山中俊之 「世界のエリートが学んでいる教養としての超現代史」SB新書、2026
  • 山中俊之 著述家・コンサルタント

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