「特集」「力こそ正義」新常態にキューバが試金石

川北省吾 共同通信社編集委員兼論説委員
2026年1月5日、米首都ワシントン。米軍が南米ベネズエラを攻撃し、反米左派の大統領ニコラス・マドゥロを拘束してから2日。世界の命運を左右する政治の都は年明け早々、熱気に包まれていた。
午後5時、日没とともにCNNテレビのニュースショーが始まる。名物キャスター、ジェイク・タッパーが司会を務める「ザ・リード」。その日の最重要ニュースを深掘りする報道番組だ。
ゲストは大統領ドナルド・トランプの次席補佐官スティーブン・ミラー(40)。第2次政権の内政・外交に深く関わる若き実力者である。ミラーはホワイトハウスから生出演した。
ベールに覆われた対ベネズエラ作戦。タッパーは質問を浴びせかけていく。冗舌に返すミラーから仰天発言が飛び出したのは、「ベネズエラの統治者」に話題が移った時だった。
「マドゥロは既に米国に連行された。副大統領のデルシー・ロドリゲスが運営しているのか?」と問うタッパー。ミラーは「アメリカが運営している」と述べ、こう言い放った。
「ジェイク、この世界は強さによって支配され、武力によって支配され、権力によって支配されている。太古の昔から存在する世界の鉄則だ」
ミラーの発言は大統領に裏書きされる。「私に国際法など必要ない」と開き直るトランプのインタビュー記事が、9日のニューヨーク・タイムズ紙に1面トップで掲載されたのだ。
ウクライナをじゅうりんする「プーチンのロシア」や、台湾を威嚇する「習近平の中国」の隊列に加わった「トランプのアメリカ」。ベネズエラ攻撃は「力こそ正義」の時代の到来を告げる号砲だった。
「力」の復活
「力」を奉じるトランプ外交を理解する上で、欠かすことのできない必読文献がある。昨年12月、第2次政権で初めて発表された「国家安全保障戦略(NSS)」だ。
30ページほどの文書は「力による平和」という安保観に貫かれている。2016年の大統領選当時からトランプが唱えている戦略概念で、第1次政権のNSSに続いて採用された。
冷戦期、「悪の帝国」ソ連と対峙した共和党の大統領ロナルド・レーガンも提唱した。圧倒的な軍事力で敵を威圧して抑え込み、安定状態をつくり出すことを目指す。
背景には、トランプの前任者だった民主党大統領バラク・オバマの「弱さと失敗がもたらした泥沼の状況」(ロバート・オブライエン元大統領補佐官)への憤まんがある。
オバマは13年9月、内戦下のシリアの独裁政権による反政府勢力への毒ガス攻撃を不問に付し、懲罰攻撃を見送った。「米国は『世界の警察官』ではない」というのが口上だった。
だが、その代償は大きかった。当時の北大西洋条約機構(NATO)事務総長アナス・フォー・ラスムセンが「中露は歓迎したに違いない」と筆者に述べた通り、反転攻勢が始まる。
3カ月後の13年12月、まず中国が南シナ海の埋め立てに着手する。さらに3カ月後の14年3月、ウラジーミル・プーチンはウクライナ南部クリミア半島を併合したと宣言した。
オブライエンが指摘した「弱さと失敗がもたらした泥沼の状況」とは、こうした事態を指す。「力による平和」戦略は、「警察官」の座を降りたオバマへのアンチテーゼだったのだ。
オブライエンと共に第1次トランプ政権の要職に就き、退任後の26年3月に来日したキース・ケロッグは、ホワイトハウスに渦巻いていた不満をあけすけに語る。
「『法の支配』と言えば聞こえはいい。(美しい理念を口にすると)気分も良くなる。しかし、(米国がその理念に縛られている隙に)ロシアはウクライナを侵略した」
西半球重視の意味
「力による平和」を基調とする「国家安全保障戦略(NSS)」には、トランプ外交を読み解く二つの鍵が潜む。一つ目は「西半球(南北アメリカ)重視とドンロー主義」だ。
それは次のように明文化されている。「米国は西半球の優位性を回復するため、モンロー主義を再確認する。(そのために)必要に応じて殺傷力(軍事力)を行使する」
モンロー主義は相互不介入を旨とする。その要諦は、米国が身を置く西半球から域外国の影響を排除することにある。そのためなら、武力行使も辞さないと宣言したのだ。
これこそが「ドンロー主義」の本質である。ドナルドの短縮形とモンロー主義を掛け合わせた造語だ。中国が影響力を増すベネズエラへの攻撃は、この教義の具現化だった。
トランプはグリーンランドをはじめ、なぜ南北アメリカを支配しようとするのか。次第に明らかになってきたことは、孤立主義を志向するものでは決してないということだ。
むしろ逆に、西半球重視は世界覇権回復への布石とも映る。一見、矛盾するようだが、米国における国際政治学の大家ジョン・ミアシャイマーは両立し得ると話す。
ミアシャイマーによると、地球規模で軍事展開するためには二つの条件がある。一つは言うまでもなく、軍事・経済大国であることだ。弱小国には当然、国外派兵など望めない。
だが、それだけでは不十分だとミアシャイマーは言う。25年末、11年ぶりに来日した際に筆者のインタビューに応じ「国の強さは必要条件に過ぎず、十分条件ではない」と断言した。
では、十分条件とは何か。それは「足元の地域を完全に支配すること」だと語る。域内の脅威がなくなってこそ、安心して世界中を動き回れるという。
トランプがベネズエラを攻撃し、マドゥロを排除した深層がうかがえる。足場が揺らいでいては、世界の覇権を回復し「米国を再び偉大に(MAGA)」することなどかなわないのだ。
地域覇権国を阻止
西半球を固めることが最終目標ではなく、そこに至る起点という点を理解すると、西半球を飛び越え、なぜ中東の大国イランを攻撃したのかという理由の一端も見えてくる。
それを示すのが「国家安全保障戦略(NSS)」の二つ目の鍵だ。こんな一節が明記されている。「どの国であれ、米国の利益を脅かす支配力を手にすることは許容しない」
地域覇権国の出現を阻止する決意表明と言える。現在、地域覇権を握る国は西半球の米国しかない。新たな地域覇権国が現れたら、そのお膝元から世界展開することが可能となる。
NSSが想定するのは中国だろう。北京が地域覇権を握れば「東アジア全体を支配し、世界中を自由に動き回り、西半球まで進出しかねない」(ミアシャイマー)からだ。
イランは中国のような大国ではない。だから地域覇権国にはなり得ない。しかし、核・ミサイル開発を継続し、核兵器を保有すれば、地域覇権国に近いパワーを持ち得る。
ホルムズ海峡の封鎖は、そのリスクを十二分に見せつけた。ペルシャ湾岸諸国には世界の原油の確認埋蔵量のほぼ半分がある。イランが核武装すれば米国の中東覇権は根底から脅かされる。
米国が25年6月、イランの核施設を爆撃し、26年2月末にイランとの戦争に乗り出した深層に「地域覇権国の出現を阻止する」というNSSの二つ目の鍵が見え隠れする。
「成功体験」が災い
しかし、「力こそ正義」と言わんばかりのトランプの強硬路線は見直しを余儀なくされている。イランに戦争を仕掛けたのはいいが、予想以上に手こずってしまったからだ。
「トランプのホワイトハウス」で、危機管理を担うシチュエーション・ルーム(作戦司令室)を統括した元高官のマーク・グスタフソンは、イランの核施設爆撃やベネズエラ攻撃の「成功体験」が災いしたとみる。
「いずれの作戦も軍事的には極めてうまくいった。核施設爆撃はイランの核開発を大幅に遅らせたし、ベネズエラ攻撃ではマドゥロを排除し、石油権益を手に入れた」
その結果、政権発足時に掲げていた「米国第一」主義が後退する一方、「力による平和」路線への過信が生まれ、忌避していたはずの対外介入に傾斜していったと筆者に語った。
グスタフソンは「イラン戦争の混乱を踏まえ、トランプ政権は対外介入し過ぎたと判断する可能性がある」と話す。ただ、米軍は空母をカリブ海に派遣し、次の標的とされるキューバへの軍事圧力を強めた。今後の対応が試金石となる。
「戦略的安定」の先に
イラン戦争に足を取られ、弱い立場で北京に乗り込み、習近平国家主席と「建設的な戦略的安定関係」の構築で合意した5月の米中首脳会談も、こうした流れの延長線上にある。
両首脳は台湾問題で隔たりを抱えながらも、台湾が独立に動かない限り、戦火を交えないとの立場を「中米双方の最大公約数」(習)として確認したとみられる。
とはいえ、「戦略的安定」が無限に続く保証はない。習は「今後3年間、さらにはそれ以上の期間」と述べた。「時間は中国に味方する」と考えているようにも映る。
米地政学リスク分析会社「ユーラシア・グループ」中国分析責任者のダン・ワン(王丹)博士は「台湾の現状がこのまま維持されるとは思えない」とインタビューで語る。
「台湾統一は『if(実現するかどうか)』ではなく『when(いつ実現するか)』の問題。(26年11月の米中間選挙を経た)トランプ2期目任期後半以降の焦点になり得る」
ウクライナ南部クリミアから水勢を増し、ベネズエラ、イランに至った「力こそ正義」の大奔流。東アジアに押し寄せてくる日が来ないとは限らない。(本文敬称略)

川北省吾『新書世界現代史』講談社現代新書、2025
共同通信社編集委員兼論説委員 川北省吾(かわきた・しょうご) 1963年、神戸市生まれ。慶応義塾大卒。国際ジャーナリスト。86年に共同通信社入社。ブリュッセル、ジュネーブ、ニューヨーク、ワシントンに駐在。イラクでも移動特派員を務めた。
(Kyodo Weekly 2026年6月8日号より転載)



















