「特集」「ゲームチェンジの行方」 海峡〝封鎖〟が世界に、日本に与えた衝撃

深沢幸治
日本エネルギー経済研究所 中東研究センター 研究主幹
2月28日に開始されたアメリカ・イスラエルによる攻撃で、イランは最高指導者をはじめ、多数の高官が殺害され、軍事関連施設を中心に大きな被害を受けた。これに対し、軍事的に劣勢なイランがとった生き残りのための選択肢は、ホルムズ海峡の〝封鎖〟や、周辺国のインフラへの攻撃であった。
アメリカ・イスラエルによる攻撃が始まると、イランの革命防衛隊はすぐさま、ホルムズ海峡封鎖に動いた。2月28日、複数の船舶が革命防衛隊から「ホルムズ海峡を通過してはならない」と通告を受け、多くの船舶はホルムズ海峡の航行を断念した。
3月2日には、革命防衛隊はあらためてホルムズ海峡の閉鎖を宣言した。ホルムズ海峡はこうして実質的に封鎖されることになった。
これまで、ホルムズ海峡の封鎖は、エネルギー供給などに多大な影響をおよぼし、周辺国だけでなく世界中の多くの国との関係を悪化させること、軍事的に長期間海峡を封鎖することは困難と考えられること、封鎖によりイラン自身も石油などを輸出できなくなること、などの観点から、実行される可能性は低いとの見方が一般的であった。
しかし今回、こうした見立ては覆されることとなった。
イランは、体制崩壊の危機に直面し、対外的な配慮よりも海峡封鎖により脅威を与えることで、アメリカの譲歩を引き出すことを選んだ。海峡の封鎖は、航行する船舶に警告を与えるとともに、一部船舶に実際に攻撃を行うことで達成された。
アメリカは、ホルムズ海峡を航行する船舶を護衛する構想も提示したが、結局は見送られた。イランによる船舶への攻撃を完全に防ぐことは、アメリカ軍であっても不可能との判断であったと推測される。
また、イラン関係の船舶は、ホルムズ海峡封鎖後も同海峡を航行しており、石油輸出も継続しているとみられる。海峡を通過する船舶をイラン側が選択できることも、これにより明らかになった。
価格の影響は継続も
ホルムズ海峡を通過する石油は、日量約2千万バレルで、これは世界の石油需要の約2割に相当する。また、世界の液化天然ガス(LNG)輸出の約2割もホルムズ海峡を通過する。
このほか肥料や石油化学製品、アルミなどの金属、半導体製造などに使用されるヘリウムなどにとっても、重要な航路となっている。海峡封鎖はこれらの供給を大幅に減少させている。
イランによる湾岸産油国のエネルギー関連施設への攻撃もエネルギー供給への脅威となっている。イランのミサイルやドローンなどによる攻撃は、油田、製油所、出荷施設、LNG生産施設、パイプラインなど広範囲に及んだ。
特にカタールのLNG生産施設は甚大な被害を受け、その後、同施設の修復には3年から5年かかると発表された。カタールで計画されているLNG生産能力拡張プロジェクトにも遅れが出るとみられ、中長期的なLNG供給にも影響が出ることとなった。これ以外の被害について詳細は明らかにされていないものの、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、サウジアラビアなどのエネルギー関連施設も被害を受けており、中には復旧に数カ月以上を要するような被害も発生している模様である。中長期的なエネルギー供給への影響が懸念される。
国際エネルギー機関のデータによると、3月の湾岸産油国の原油生産量は、2月と比べ日量1千万バレルと大きく減少しているという。
これにより、3月の米国産標準油種(WTI)原油先物価格は、2月から4割程度も上昇した。また、世界銀行のデータによれば、3月の欧州のガス輸入価格は2月と比べ約6割、上昇しているという。すでに相当量のエネルギー生産が失われているため、ホルムズ海峡封鎖が終了しても、価格への影響は一定期間、継続するものとみられる。
国ごとに大きな差
ホルムズ海峡封鎖後の湾岸産油国のエネルギー輸出は、国ごとに大きな差が生じている。ホルムズ海峡の外に位置しているオマーンは、輸出に制約が生じておらず、また施設への攻撃も開戦直後に若干の攻撃があったものの被害は軽微であった。エネルギー輸出は湾岸産油国の中では小規模だが、今後、オマーンの優位性が高まる可能性がある。
サウジアラビアとUAEは、ホルムズ海峡を迂回する輸送ルートを有していることから、ある程度石油輸出を維持している。
サウジアラビアのペルシャ湾側から、紅海側に原油を輸送する東西パイプラインは日量700万バレルの輸送能力を持つ。このうち日量500万バレルを輸出に向けることができる。UAEは原油を生産するアブダビから、ホルムズ海峡の外に位置するフジャイラへの日量180万バレルのパイプラインを有している。戦略的に建設された迂回ルートが今回役立った。ただ、迂回ルートも攻撃の対象となっており、今後も利用できるかどうかは、不透明であることには留意が必要だ。
これに対し、クウェート、カタールは、ホルムズ海峡以外に代替となるエネルギー輸出経路を有しておらず、イラクはトルコに向かう原油パイプラインを有するものの、輸送能力はわずかな規模にとどまる。
そのため、これらの国ではエネルギー輸出量は大幅に減少している。なお、イラク、クウェート、カタールは、湾岸産油国の中でもエネルギー輸出収入への依存度が高い経済構造となっており、仮に海峡封鎖が長期間続く場合、各国の経済に大きな打撃となることが懸念される。
備蓄放出で危機回避
一方、日本の湾岸産油国への原油輸入依存度は9割を超えており、4月に到着する原油は大幅に減少することが見込まれるが、約250日分の原油備蓄を有していることから、すぐに原油供給に問題が出ることはない。
備蓄の放出も速やかに決定され、実施されている。今後もサウジアラビアやUAEの迂回輸出ルートが維持されれば、湾岸産油国以外からのスポット調達なども行うことで、ホルムズ海峡が閉鎖された状態が続いても平常時の5〜6割程度の原油を確保できるのではないかと推測する。仮に輸入量が平常時の3割程度まで落ち込んでも、備蓄の活用により1年程度は持ちこたえることができる計算となる。LNGについては、備蓄は限られるものの、ホルムズ海峡を経由して日本に輸入されるものは6%程度であり、当面の間、スポット調達を増やすことで供給に大きな支障が出ないよう対応することが可能とみられる。
イランと共存するには
今回、ホルムズ海峡の封鎖や湾岸産油国への攻撃が実際に発生したことで、これまで積み上げてきた湾岸産油国の安定供給に対する信頼が脅かされることとなった。
湾岸産油国は、脆弱性を見直し、改善を図ることで信頼を取り戻そうとするだろう。
原油輸送における迂回ルートの有効性が示されたことで、追加の迂回パイプラインを建設することが選択肢として考えられる。ペルシャ湾の奥に位置し、現在、迂回ルートを持たないクウェートやイラクなども、他の湾岸諸国とも協力し、オマーン湾などに向かうパイプラインの設置を検討するのではないだろうか。
また、パイプラインへの攻撃に備えて、設備を〝冗長化〟することや複数のルートが検討される可能性も考えられる。加えて、オマーンなどホルムズ海峡外に立地する国や、消費国などにおける原油貯蔵を増やすことも検討されるだろう。
湾岸産油国は、エネルギーインフラの防空体制の強化についても考えなければいけないだろう。アメリカ製の武器だけではなく、戦場でドローン戦の実践経験を有するウクライナの技術など、あらたな技術の導入なども検討していくものと思われる。
ホルムズ海峡の閉鎖に対抗する手段は、現時点では外交などを通じて解除を働きかける他に方法がないように見えるが、今後イランによる船舶への攻撃を軍事的に抑制する体制の構築が可能なのかどうなのか、といったことも検討されるのではないかと思われる。
さらに、外交面でも各国でイランとの共存を図るのか強硬姿勢をとるのかといった議論が行われるだろう。
日本の果たす役割を議論
日本のエネルギー安全保障政策も再検討が必要となる。日本はこれまで原油の90%以上を湾岸産油国からの輸入に頼ってきており、今回の紛争によりその多様化についての議論が高まると思われる。
ただ、大きな輸出余力があり、日本の製油所に適した原油の性状を持ち、日本から近いという条件をすべて満たすのは、湾岸産油国をおいて他になく、原油購入先を大幅に変更することは現実的ではない。
引き続き湾岸産油国との関係強化に努めるとともに、備蓄と石油精製能力を維持していくことが重要となる。
その上で、アメリカ産など他地域からの原油輸入割合を増やす努力も必要となるだろう。今回のケースに基づいて、備蓄量や備蓄品目などを再検討することも有効と思われる。また、石油のエネルギー全体に占める割合を減らすなど、エネルギーミックスについての議論も必要となってくる。
ホルムズ海峡のみならず、エネルギーの輸送にとって重要なルートの安全をどのように保障していくのか、そのために日本がどのような外交的・軍事的役割を果たすのかについて、見直すことになるのではないか。さらに日本のエネルギーインフラが攻撃を受けた際の防空体制についても、再点検が必要であろう。
日本エネルギー経済研究所 中東研究センター 研究主幹 深沢幸治(ふかざわ・こうじ) 石油会社で25年以上にわたって勤務し、原油・石油製品の国際取引などに従事。この間北京や米国ヒューストンなどに駐在。外務省中東アフリカ局で2年間の勤務経験。2022年より現職。早稲田大学政治経済学部卒業。
(Kyodo Weekly 2026年5月11日号より転載)














