「特集」貧者の脅迫 非対称の世界をどう生きるか

杉田弘毅
明治大学特任教授
米国とイスラエルによるイラン攻撃は、軍事力での劣勢にもかかわらずイランは屈しない。2022年から続くウクライナ戦争も、軍事力で劣るウクライナがドローンを使って戦況を膠着状態に持ち込んでいる。浮かび上がるのは、軍事、経済、資源、技術など各分野でそれぞれが持つチョークポイント、つまり敵対国を窒息させるような最強のカードを駆使して非対称戦を仕掛ける国々の姿だ。そこでは中小国が大国を困惑させる。ポスト・グローバリズムの時代の潮流は、知恵の戦いになるはずだ。
貧者の脅迫
日本円にして300万円で作れるイランのドローン「シャヘド」を米軍が4億5000万円のパトリオット迎撃ミサイルで撃墜する―。2月28日に始まったイラン戦争の非対称性を象徴するのが兵器の段違いの価格差だ。
価格こそ百分の1以下なのだが、シャヘドは飛行距離が2000キロ近くあり中東全体を狙う。爆発物を搭載するから航空機から落とす爆弾や短距離ミサイルの威力を持ち、ペルシャ湾のタンカーの運航や石油・天然ガス施設をまひさせられる。貧者の脅迫である。
ホルムズ海峡の封鎖に当たっては、イランはドローンだけでなく「蚊の船団」と呼ばれる小型船や機雷を使って巨大タンカーや貨物船を封じた。小型船も機雷も安いものは30万円ほどだが、安全第一の巨大タンカーはじっとしているしかない。
トランプ米大統領は攻撃開始から1週間もたっていない3月5日にはイラン軍は「壊滅した」と豪語したが、むしろ米国の方が、パトリオットなど高価な兵器が底を突いてしまい攻撃手段が限られた。
ウクライナ戦争もそうだ。核兵器を持ち軍事力ではウクライナの5倍のロシアがウクライナのドローン戦力に悩まされ泥沼に陥った。ウクライナの情報技術(IT)に裏打ちされたドローン技術は、今や米国が輸入を検討するなど引く手あまたである。
戦火への忍耐度
国際秩序が壊れ世界中で戦争や対立が起きている。しかし、勝敗を決めるのは「力」だけではない。イランのような非対称性をテコに使って勝負をかけられる戦略国家が優位に立つ。
イランと米国の非対称性の極みは、戦争がもたらす混乱や痛みへの対応だ。イラン攻撃で米兵は本稿執筆の6月初旬までで13人が死亡した。イラン側は最高指導者だったハメネイ師をはじめ犠牲者は膨大だ。国土は破壊され経済も大打撃を受けた。一方、米本土は無傷だが、トランプ氏はガソリン価格を気にして継戦能力に赤信号が灯った。
強権国家は、選挙があり世論調査が頻繁に行われる民主主義国より、戦火への忍耐度で勝る。今年1月イランで反体制派デモが鎮圧されたが、その際に政府発表によると3117人が犠牲になった。人権団体の発表ではその数は7000人という。兵士の死や負担を嫌う米国とは正反対だ。
チョークポイント
イランのもう一つの強みは、チョークポイントであるホルムズ海峡を握ることだ。ホルムズ海峡の特徴は迂回路がない点にある。シンガポールとインドネシアの間のマラッカ海峡やスエズ運河(エジプト)、パナマ運河(パナマ)などは封鎖されても、遠回りの迂回路がある。
迂回路がない重要な国際海峡は、ほかに黒海に続くマルマラ海の出口にあるダーダネレス海峡やバルト海の出口に当たるデンマークとスウェーデンの間の海峡群ぐらいだ。ホルムズ海峡の奥にある世界一のエネルギー産地ペルシャ湾は行き止まりであり、同海峡でしか世界とつながらない。陸上パイプラインでの迂回輸送は可能だが、量が限られる。
この記事の見出し「貧者の脅迫」と言えば、北朝鮮の核兵器に触れざるを得ない。崩壊寸前と言われた弱小国が6回の核実験を経て今では50発の核爆弾を持つと推定され、米国も容易に手が出せない。ウクライナ戦争ではロシアの支援で部隊を前線に送り、プーチン大統領に大きな貸しもつくった。
レアアースで揺さぶり
ホルムズ海峡のような地理的なチョークポイントではないが、国家が圧倒的な占有率を擁し、世界を揺さぶる資源も多い。誰もが思い当たるのが中国のレアアースだ。2010年に尖閣諸島に関して日本と対立した際に、対日輸出を制限したのが皮切りで、2025年にトランプ米政権が最高で145%もの関税をかけると表明した際には対米輸出制限の報復に出て、米国の譲歩を引き出した。
中国は昨年トランプ政権の超高関税を受けて、レアアースの輸出を許可制にしたが、米国の巨大軍事企業であるレイセオンは、パトリオットやトマホークなどのミサイルに使う耐熱部品が作れずに、他のレアアース生産国からの入手に走り回った。米軍の最重要兵器だけにその影響は大きかった。
自動車から最新鋭兵器まで広く使われるレアアースは世界産出量の7割が中国産であり、精製は9割が中国に集中する。精製は化学薬品を使い周辺環境を汚染することから、厳しい環境規制の米国などかつての産出国は中国依存を強めてしまった。
「中東に石油があり、中国にはレアアースがある」とハッパをかけたのは鄧小平だが、総合的な国力で米国に劣りながら、互角に渡り合えるのはレアアースという非対称な力を持っているからだ。
製薬、特に抗生物質も中国が握るチョークポイントだ。世界の抗生物質の原薬の9割が中国製であり、日本は100%依存している。その巨大な市場と安価な労働力から価格競争力があり、レアアース同様中国頼みとなってしまった。この現実を知ると中国とは喧嘩しにくい。
EVとシリコンの盾
中国が強さを示しつつあるのが、今や世界の自動車販売の3割を占める電気自動車(EV)だ。中国の比亜迪(BYD)などの自動車メーカーは世界のEV生産の3分の2を占める。その技術の核となる電池技術も6割が中国製である。
今回のホルムズ海峡危機は改めて化石燃料依存の危うさを浮き彫りにしたが、脱石油の主役のEVを中国が独占しそうだ。車と言えば、米国、欧州、日本が世界の王者だったが時代は変わった。
半導体に関して言えば、台湾積体電路製造(TSMC)は世界の最先端の半導体の9割以上を製造している。人工知能(AI)半導体の設計で世界トップのエヌビディアや世界人口の5分の1に当たる16億人が使用するiPhone(アイフォーン)のアップルもTSMCが受託製造する半導体で成り立つ。
台湾は中国による併合のシナリオが注目される。TSMCが破壊されれば、甚大な損失だから、米国は軍事介入するはずだという「シリコン(半導体材料)の盾」が語られる。それを意識してか、米アリゾナ州、熊本県などで工場建設を進めるTSMCだが、最先端技術は台湾に残している。
黄信号のドルの強さ
米国が持つチョークポイントは何だろう。ここでは通貨ドルとエネルギー資源、そして人工知能(AI)を取り上げたい。
世界の基軸通貨ドルが徐々にその占有率を下げているのは知られている。現在世界各国が保有する外貨準備の57%が米ドルだ。1970年代の85%からは大きく落ち込んだ。ユーロの登場や人民元の興隆が原因だ。
だが、貿易や投資などを行う際の為替市場では89%が依然ドルとの交換であり、国際支払い通貨としてドルは50%を超えるが、人民元はわずか7%である。人民元は中国政府の規制が厳しく中国外では敬遠される。ドルは自由でどの国の銀行でも引き受けてくれる。
米国はドルの強みを生かして金融制裁をイラン、中国、北朝鮮など敵対国家にかける。ウクライナ戦争ではロシアの金融機関がドルを使えないように制裁をかけた。
しかしドルの強みは、発行元の米国の信用である。それがトランプ政権になって弱体化した。高関税、無謀な戦争、そして社会の分極化などを受けて、「このまま米国を信用してドルを持ち続けていいのか」と世界から疑念の目を向けられる。
デンマークとスウェーデンの年金基金は昨年、トランプ氏がデンマーク領グリーンランドを獲得するとの野望を口にしたのを受けて、数百億ドルの米国債を売却した。ドル売りである。ポーランドやオランダ、カナダも米国債を売っている。中国やロシアは米国債売却だけでなく人民元貿易に舵を切った。イランもホルムズ海峡を通過する船舶の通行料として人民元払いを通告したほどだ。
トランプ氏はグリーンランド獲得を口にしなくなった。虎の子のドルの価値が減っては元も子もないという本音だろう。米国に対抗する中小国にはドル売却というカードがあるのだ。
強まる石油覇権
イラン戦争でトランプ氏はガソリン高騰を嫌気して早々に幕引きを狙った。だが、石油価格の上昇ぶりを見ると、第1次オイルショック(1973年、4倍に)、第2次オイルショック(1979年、3倍に)と比べて、今回は1・7倍程度だ。2022年のウクライナ戦争の開始時も同様だった。
これは米国がシェール革命の恩恵で石油の純輸出国になったことと、脱炭素の流れで石油消費が減少しているためだ。米軍幹部はイラン戦争開始に当たり、ホルムズ海峡封鎖を警告したというが、トランプ氏は世界の石油事情は変わったと判断してゴーサインを出したのだろう。
トランプ氏の思惑はイラン戦争では外れたが、米国のエネルギー覇権が強まっているのは間違いない。年明けのベネズエラ奇襲作戦で世界最大とも言われる同国の油田の権利を米国は獲得した。ペルシャ湾の石油が失われた埋め合わせで、日本や欧州の国々はワシントン詣でで石油購入契約を結んだ。イラン石油の利権獲得もトランプ氏は夢想しているに違いない。
AI制裁の恐怖
さて、これからの勝負の分かれ目はAIであろう。イラン戦争で軍事関係者がよく語る言葉に「45秒キルチェーン」がある。キルチェーンとは殺害工程という意味だ。攻撃の標的や兵器の選定、さらには攻撃後の効果測定までをわずか45秒で行うことを指す。
もちろんこれは米国が世界に誇るアンソロピックなどのAI技術とパランティア・テクノロジーズなどの情報分析技術を組み合わせた成果だ。人間が数週間かけていた作業が1分以内に短縮された。
戦争初日のハメネイ師の殺害、2時間半で終わったマドゥロ・ベネズエラ大統領の拘束なども、こうしたAI技術が動員された成果である。かつて難しいと言われた斬首作戦の「成功」は、反米国のトップを震え上がらせたに違いない。
多くの国はAIだけでなくIT全体にわたって米企業に従属している。もし米国がトランプ関税や金融制裁のようにAI制裁、つまりAIサービスを提供しないという措置を科したら、対象国の政府、軍事、金融、産業、メディアなどがストップする。この恐怖を見越して中国は独自のAIをつくったし、フランスのAI企業ミストラルは、AI主権の復活を目指している。カナダ、ドイツなどの中堅国は対米依存低減のためAI開発で連携を始めた。
どうする日本
チョークポイントは、圧倒的な占有率、つまり非対称をテコに他国を締め上げる手法だ。それはホルムズ海峡のような地理、ドローンのような兵器、レアアースなどの資源、AIのような技術、そしていざとなれば戦争や国民の死を恐れない国があるのも現実だ。
残念ながら日本には決定的なチョークポイントがない。ただ一部の半導体製造装置や素材は世界一だから、製造装置を磁石にして半導体産業全体を日本で構築するのは有効な策だ。
多国化も必要だ。アップルは最近アイフォーンの生産拠点を中国だけでなくインドにもつくったことが参考になる。石油の輸入先を中東から北米などに広げる必要がある。米国債一点張りの外貨保有も改善したい。
日本は安全保障とAIというチョークポイントを米国に依存している。だが最近カナダは防衛面での米国依存の解消に一歩踏み出した。これは自立という当たり前の政策であり、日本も学ぶべきだろう。
明治大学特任教授 杉田弘毅(すぎた・ひろき) 共同通信テヘラン支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを務め、2022年から現職。BS朝日「日曜スクープ」アンカー兼務。ロシアのプーチン大統領やブッシュ米大統領をインタビュー、英文コラムも執筆し、21年度日本記者クラブ賞受賞。著書は『アメリカはなぜ変われるのか』、『国際報道を問いなおす』(以上ちくま新書)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書)など。
(Kyodo Weekly 2026年6月15日号より転載)



















