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アフガン女性マリアムの冒険 【舟越美夏×リアルワールド】

 オーストラリアのシドニーは夏真っ盛りだった。クリスマス休暇を楽しむ人々でにぎわう通りを、白と黒のストライプのドレスにサングラスをしたロングヘアの女性が歩いて来る。彼女が私の名前を呼ぶまで、それがマリアムだと分からなかった。

 彼女と知り合ったのは2年近く前。イスラム主義組織タリバンが復権して半年近くが過ぎたアフガニスタンの首都カブールだった。20代半ばで、スカーフで髪をきっちりと覆っていたが、巧みにメークをし短めの黒のダウンジャケットを着ていた。女性の服装を厳しく制限するタリバン政権下でも好きな装いをするのは、この世代の女性たちの抵抗方法なのだと、後から知った。

 マリアムはいてつく風の中を連日、私と町を歩き回り、通りで靴磨きや物乞いをする子どもたちの通訳をしたり、ジャーナリストの女性を引き合わせてくれたりした。その傍ら、私立大学でビジネスの勉強も続けていた。「いつかビジネスでアフガン女性たちの環境を変えたい」。そんな夢を語ったが、社会や家庭で起きるさまざまな問題に疲弊していることも伝わった。

 「オーストラリアに家族で到着した」と彼女が連絡をくれたのは、半年近く前だった。どんな思いでいるのだろう。彼女を訪ねてみたいと思った。

 「私、生まれ変わったの」と、お茶を飲みながらマリアムは切り出した。オーストラリアに来たのは、音楽家の弟の尽力だった。宗教音楽以外を禁じるタリバンは、弟の職場の楽器をすべて破壊した。オーストラリア政府が、標的にされている音楽家らを優先的に受け入れていると聞き、弟は一家6人の受け入れを申請するために38ページにわたる書類と格闘した。厳重で複雑な審査を通過し、ビザ発給を待つために、家財道具を全て売って一家で陸路、パキスタンへ。地元警察の嫌がらせにおびえる緊張した9カ月間を送った。ようやくシドニーに着き、空港で入国審査官に「あなたの国にようこそ」と言われた時は、喜びと感謝で胸がいっぱいになったという。

 それからの2カ月は、マリアムは眠ってばかりいた。その後は毎日、町を歩き回り、アフガンコミュニティーで人脈を広げた。「今日死ぬかもしれないなんていう心配はしなくていい。心が安定して、自信が持てるようになった」

 1カ月前、スーパーの一角に自分の店を出すチャンスを得た。故郷の友人たちと連絡を取り合い、服飾や宝石類の輸入業、オンラインビジネスなどを始める準備を進めている。大学で勉強を続ける方向で、いつか女性のための団体をつくるという目標も捨てていない。オーストラリア政府は、意志ある若い世代を支援してくれると感じる、という。

 マリアムが親戚や友人が集まるホームパーティーに招待してくれた。テーブルいっぱいのアフガン料理に歌と音楽、ダンス。「ここに着いて自由と独立を手に入れたと感じて、夫に離婚を言い渡すアフガン女性も多いのよ」。ユーモアいっぱいの女性たちの語りに、私も笑い、食べ、しゃべった。みんな壮絶な体験を経てここにたどり着いた。先のことは分からない。だが喜びと幸せに満ちた夜が過ぎていた。

舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。

(KyodoWeekly 2024年1月15日号より転載)

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