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ハリウッドスターの叫び 【馬場典子 コラムNEWS箸休め】

 2020年11月の米大統領選。バイデン氏は勝利宣言で「私はジルの夫です」と家族に感謝を述べていたが、ある同時通訳AIがジル夫人の名が出る度に「汁」と翻訳していて、なんともほほ笑ましかった。そのわずか2年後の22年11月、チャットGPTの登場により社会は大きな衝撃を受け、生成AIなどから大きな課題を突き付けられている。

 そんな中で起きた米ハリウッドスターらのストライキ。俳優労組に所属しているのは実に16万人。基本出演料と作品の再使用で発生する報酬の引き上げや、AIやコンピューターで生成された顔、声などの使用不可を要請している。

 再使用の報酬の元になるであろう(配信による)再生回数が共有されていないらしい。また「エキストラ俳優にスキャンのため1日分のギャラを払った後は、そのスキャン画像や肖像を所属会社が所有し、永久に使用できる」という事態が起こる恐れもあるらしい。

 米在住のカメラマンに聞いた話だが、ハリウッドのエキストラは、例えば街行く人を演じる時、何テイク重ねても同じタイミングで同じ動きをするとのこと。そうしなければ、編集した際にズレが生じてしまう。一言で言えば、エキストラも紛れもない「プロ」なのだ。

 これに対し「映画制作者協会」は、「ストはもちろん私たちの望む結果ではない。テレビ番組や映画に命を吹き込むパフォーマーたちなしには、制作会社は運営できないのだから」と非難している。

 NHKは5年前から一部でAIによる音声でニュースを伝えているが、ある記事で広報担当者は「AIアナウンスは人間の業務の一部は代替できるが、人間を代替するものではない。人間のアナウンサーの仕事はなくならない」と話している。

 確かに、AIによって効率化できることはあるだろう。一方で、生身の人間としてはこんな経験もしている。ナレーションでは、映像とタイミングを合わせたり、長い原稿を短めの尺(時間)に収めたりする必要がある。25年ほど前は、録音といえど自らの技量でこなさなくてはならなかった。だからこそ鍛えられたし、楽しかった。それがいつの頃からか、音声さんが「上げ下げ」するようになった。技術の進歩により、音声データを自由に動かして合わせることができるようになったのだ。かつては再トライすることで、地味なやりがいとスキル磨きの両方を得られていた時間は、ただブースで待つだけの時間と化した。

 俳優労組が訴える通り、こうした問題は「あらゆる労働市場で起きていることだ」と思う。スーザン・サランドンさんは「いま解決しなければ、将来どうやって解決するのか」「将来のために仕組みを作っておく先見の明がないのなら、大変なことになる」と英公共放送BBCに語っている。

 ネット社会やAIと向き合う時、人の生き方や社会の在り方が問われている。

馬場典子(ばば・のりこ)/東京都出身。早稲田大学商学部卒業。1997年日本テレビに入社し、情報・バラエティー・スポーツ・料理まで局を代表する数々の番組を担当。2014年7月からフリーアナウンサーとして、テレビ・インターネット番組・執筆・イベント司会・ナレーションなど幅広く活動中。大阪芸術大学放送学科教授も務める。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年7月31日号掲載)

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