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東方正教会、復活祭の光と闇 【沼野恭子×リアルワールド】

 ロシアもウクライナも主要な宗教は東方正教会。今年は4月16日が正教会の復活祭「パスハ」だった。パスハは春分の後の満月直後の日曜と定められた移動祝日で、信者にとって一年で最も重要な祝祭である。慣習では、彩色卵、ピラミッド型の「パスハ」というチーズケーキ、円筒形の「クリーチ」というパンを教会に持っていき、清めてもらう。そして「キリストは復活せり!」「じつに復活せり!」とあいさつを交わしながら、頬に3度キスをし合うことになっている。

 この日、ウクライナとロシアの間で「復活祭の捕虜交換」が実現した。捕虜の交換はこれまでも何度か行われてきたが、今回は130人のウクライナ捕虜が解放され帰還したというから、かなり大規模だったといえよう。その中には、現在激戦地となっているウクライナ東部のバフムト近郊で戦った兵士も含まれていたし、負傷している人、手足を失った人もいたという。ロシア側の捕虜が何人解放されたのかはわかっていない。

 言うまでもなく復活祭とは、キリストが亡くなってから3日後に復活したという奇跡を思い起こしてその苦難を心に刻む行事であり、蘇生・生命・平和への希求を象徴している。そうだとしたら「復活祭の」と銘打つ捕虜釈放は、じつに時宜を得た計らいだった。まことに喜ばしいかぎりだ。

 ところが、そうした一条の「光」をもたらす報道の直後、翌17日に、復活祭に逆行するような「闇」の判決が世界に衝撃を与えた。モスクワ市裁判所が、反体制活動家でジャーナリストのウラジーミル・カラ=ムルザ氏に対して、「虚偽情報」を広めて国家に反逆しロシア軍の信用を傷つけた(要するに戦争を非難した)など複数の罪状をもとに禁固25年の判決を下したのである。これは異常な厳しさであり、スターリン時代の弾圧に匹敵するものだ。

 カラ=ムルザ氏は長年プーチン政権を強く批判してきて、何者かに毒を盛られたこともある。2022年2月にウクライナ侵攻が始まるとただちに反戦を表明し、同年4月、国家反逆罪で逮捕された。それから1年を経て今回の過酷な判決に至ったという次第だ。アムネスティ・インターナショナルや「メモリアル」などの人権団体、イギリス、ドイツ、フランス、ノルウェー、アメリカなどの政府が一斉にロシア当局を非難している。

 カラ=ムルザ氏は、非公開で行われた裁判の最終弁論でこう述べたという。「わが国を覆う闇はいつか晴れ、黒は黒、白は白、戦争は戦争と言える日がやってくる」「この戦争を開始した者こそが犯罪者であり、戦争を止めようとした者は犯罪者ではないと認められる日が来る」「その日はかならず来る。どんなに凍てつく厳しい冬の後でもかならず春がやってくるように」

 その日が一刻も早くやってくることを心から願う。そして、そのときには「ロシアは復活せり!」「じつに復活せり!」と祝福の言葉を交わそう。

沼野恭子(ぬまの・きょうこ)/1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。

(KyodoWeekly 2023年5月15日号より転載)

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