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初夏の夜のあかり 【カニササレアヤコ コラムNEWS箸休め】

 各地から梅雨入りの報が聞かれる季節となりました。連日の雨と湿気は少しうっとうしいですが、清少納言が「雨など降るもをかし」と書き残したように、現代を生きるわれわれもその時その時の季節の粋を楽しみたいものです。

 2年前の初夏。その日は皆既月食が見られるというので、私と夫は家の近所をそぞろ歩きながら夜の空を見上げていました。地球の影に月が全て隠れ、赤い月が見られるというので外には多くの人が出ていました。しかしその日は雲が多く、なんとか切れ間から月が見られないかと粘りながら、目的地も決めずにただつらつらと歩いていたのです。

 川沿いに歩いて、人も家もだんだんと減り周囲は畑ばかり。月を探すのにも首が疲れ、そろそろ帰ろうかとふと目を下げると、そこに小さな光るものがありました。ホタルが1匹、川辺の草の上で休んでいたのです。月が隠れて暗かったのがホタルにとっては都合がよかったのでしょう、そのまま川の上流へ進むにつれてホタルの数は多くなり、谷戸に入るとたくさんのホタルが飛び違う光景を見ることができました。家の近くでホタルが見られるなんて思いもしていなかったわれわれにとっては、皆既月食の代わりに大きな収穫のあった夜でした。

 生息域が減ってしまったホタルですが、都会でも鑑賞の機会はあります。大きな庭園を持つ有名ホテルが、庭のホタルを無料で公開してくれていると聞いて行ったことがありました。緑に囲まれた橋を渡ると、池へと注ぐせせらぎがあり、なるほどホタルがあちこちで光っています。夏の夜の草いきれと若いカップルの多さに圧倒されながら小道を進むと、いっそう人が集まっている場所がありました。

 隙間からのぞき込むと、他の場所とは比べ物にならないほどたくさんのホタル。これはすごい、どうしてここにだけ? 水が甘いのかしら、なんて話をしていたのですが、このホタルたち、どうしてか全く飛びません。それに、集まった光がなぜか直線に並んで、直方体を形作っているのです。これはどうしたことだろうと暗闇の中よくよく目を凝らすと、そこにはホタルたちを閉じ込める金網の檻(おり)が…。都会にいながらホタルを見たいなどという人間の強欲が招いたホタルの悲劇。甘いのはわれわれの考えであったと己の欲深さを恥じながら、静かに庭園を後にしました。

 夏は夜。月のころはさらなり、闇もなお 蛍(ほたる)を光らせる。肝心なのはその時そこにあるものに美しさを見出す心なのでしょう。月もホタルも無いならば、霧雨ににじむ街の灯りもまた〝をかし〟かもしれません。

カニササレアヤコ(かにさされ・あやこ)/お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。

(KyodoWeekly 2023年6月12日号より転載)

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