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災いを遠ざける力  【コラム  カニササレアヤコのNEWS箸休め】

これほどめでたくない新年も初めてだ。元日からの大地震、そして大事故。しかし、年が明けてしまったのを巻き戻しようもない。われわれ雅楽演奏家は寺社や儀式で雅楽を奏し、新春をことほぎ、せいぜい経済を回している。寄付以外にできることも少ない今、せめて雅楽の持つ力を信じたい。

「雅楽」という概念の初見は「論語」にある。孔子いわく、正しい楽は正しい礼を生み、社会秩序を整えるのだとか。乱れなく美しい雅楽は、しばしば災いを遠ざける力を持つともされた。

「甘州(かんしゅう)」という曲がある。元は中国の地名だったものが曲名になったようだ。

「甘州には大きな湖があり、そこに甘竹という竹が多く生えていたが、毒蛇や毒虫に阻まれてこれを切り出すことができなかった。そこでこの『甘州』という曲を奏すと、金翅鳥(こんじちょう)(ガルーダ)の鳴き声だと勘違いした毒虫たちは恐れをなし、人々は無事に竹を切ることができた」という逸話が残っている。東京・足立区の公園に設置されていた不良青年撃退用モスキート音のはしりのようなものだろうか。

また、「慶雲楽(うんきょうらく)」という曲については「本当の名を両鬼楽(りょうきらく)というのだ」と文献に残されている。

〈昔、唐の国に、いつも「食べたい、食べたい」と思っている二人の鬼がいた。名を食鬼、飲鬼という。人間の食事が気になって、人を悩ませる。しかしこの「両鬼楽」の音を聞くと、鬼たちは七十里の彼方まで去っていった〉

このような逸話からか、かつてこの曲は追儺式(ついなしき)(今でいう節分のような、鬼を追い払う宮中儀式)で演奏されていたそうだ。

雅楽で使う鼉太鼓(だだいこ)に彫られた鳳凰(筆者撮影)
雅楽で使う鼉太鼓(だだいこ)に彫られた鳳凰(筆者撮影)

追儺式でもう一つ演奏されていたのが、現行の雅楽で最長の演奏時間を誇る舞楽の大曲「蘇合香(そこう)」。舞人はまるで子どものお遊戯会のような、草を生やした甲(かぶと)を被り登場する。「蘇合香」とはもともと、中国で珍重された西域由来の香料の名前である。道教では不老長寿の霊薬「仙丹(せんたん)」の原料として、また仏教においても災い除けや仏教儀礼に使う霊験あらたかな香料として尊ばれた。

この曲は、古代インドのアショカ王が大病で生死の危機に瀕した際、7日かかって希少な蘇合香という薬草を見つけ出し、無事に病が癒えたので喜び作ったのだという。この草を甲として舞ったところ、建物の中にかぐわしい匂いが満ちた、という話も残っている。

人を楽しませるためではなく、災いに対し祈り鎮めるための音楽の姿も、いまだ確かに息づいている。誰も聴いていない演奏でも、どこかで誰かを救っていることがあるのかもしれない。

声を上げる 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】 画像2

かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。

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