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「男どもがつくったばかみたいなこの世界」で 【コラム 本の森 田村文】

 朝鮮戦争が終わりかけている1953年、かつて大きな遊郭があったという港町の歓楽街で、7月31日に町が焼かれるといううわさが流れる。「これまでに積もった恨み」から、朝鮮人が町に火を投げるというのだ。なぜ、そんな不穏なうわさが流れることになったのか。

 この町でからだを売って暮らしている女たちにとって、戦争は終わっていないも同然だった。戦争という名の暴力や狂気の最大の犠牲者はいつも、弱い立場の人間だ。ここで働く女たちは時に心とからだを切り離し、誰かに支配されることを拒み、あえぐように生きている。

 土門蘭の『戦争と五人の女』に圧倒された。『死ぬまで生きる日記』『ほんとうのことを書く練習』などで話題の文筆家による初めての小説だ。2019年に私家版として出版、7年を経て河出書房新社から新装版が出された。土門は1985年、広島県呉市生まれ。自らの出身地を初小説の舞台に選んだ。

『戦争と五人の女』土門蘭 著(312ページ、1848円、河出書房新社)

 日本や朝鮮などにルーツを持つ5人の女が登場する。主人公は章ごとにかわり、各章の登場人物が絡み合う。視点がかわることで人間関係や出来事が立体的に見えてくる。

 最初の章の主人公は13歳のユウ、娼婦の母に育てられた。時折訪れる父らしき人は朝鮮人で、妹や弟の父とは別の人だ。母はユウの後に5人の子を産んだが、うち2人は不発弾で死んだ。今また母のからだには新しい命が宿る。神社にはユウのからだを触りたがるおじさんがいて「もうすぐ、この町が焼かれるど」と言う。幼なじみの男の子、ジンが14歳になるとき、「からだを正しく使えるように」と遣り手の「婆」が英子ことヨンジュを最初の相手に選ぶ。ユウはその英子が気になって、共同風呂で彼女のからだを観察する。初めての生理がくる。いらだつユウはおじさんを誘うことにする―。

 戦争で指を1本失った元兵士と関係を持つクンヒ。娼婦として働きながら子どもを産み続けるユウの母、世津。朝鮮でからだを売る仕事を始めた後、弟と日本に来て、遣り手婆となったジュンヒ。ジュンヒの娘で、一人の男を待ちながら日記を書く英子・・・。

 暴力や貧困、差別の下でもがき続ける者たちの内面に入り込み、共に生き、共に痛もうとする作家の覚悟が伝わってくる。これは文学にしかできない営みではないか。

 「男どもがつくったばかみたいなこの世界で、あたしは長く生きようと思わない」「戦争が終わったら、今のわたしたちも終わり、新しいわたしたちになるのだろうか」。絶望に限りなく近いそんな言葉が、読後も心に居座り続けている。

(共同通信編集委員 田村文)

  • 『戦争と五人の女』土門蘭 著 ・312ページ、1848円、河出書房新社

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