大雪山麓の旅、AIがアイヌの伝承へ誘う Plaruのルート提案、リコーの音声ガイド

北海道内最高峰の旭岳をはじめ20以上の山々が連なる大雪山。その麓には、名所を眺めるだけでは見えてこない物語がある。石狩川上流域に暮らしてきた「上川アイヌ」と呼ばれる人々が「神々の遊ぶ庭」とあがめてきたこの地で、上川町など12市町が、AI(人工知能)を使った旅の案内に取り組んでいる。旅行者の関心に合わせてAIが史跡や資料館を旅程に組み込み、現地では多言語の音声ガイドがアイヌの伝承を語る。2026年8月には、滝や湖、アイヌの伝承地など38カ所を巡るスタンプラリーも始まった。参加は無料で、27年1月末まで楽しめる。
取り組みの中心は、上川町が事務局を務める大雪山麓上川アイヌ日本遺産推進協議会だ。AI旅行計画アプリ「ぷらる」を手がけるPlaru(東京都杉並区)、多言語の音声ガイドを提供するリコーITソリューションズ(横浜市)の民間1社と連携。旅行者が関心や使える時間に応じて周遊先を選べるようにし、これまで見過ごされがちだったアイヌ文化の関連施設にも足を運んでもらう。名所を点で訪ねる観光から、地域の物語をたどる旅への転換を目指し、2025年10月から26年2月にかけて、観光庁の事業として実証に取り組んだ。AIは「神々の遊ぶ庭」をどう案内するのか。

▽「神々の遊ぶ庭」をAIが案内
「神々の遊ぶ庭」とは、上川アイヌの人々が「カムイミンタラ」と呼ぶ大雪山のこと。人々は川を山へさかのぼる生き物と捉え、最上流にある大雪山を神々の国に最も近い場所とみてきた。自然界のあらゆるものにカムイ(神)が宿ると考え、自然と共に生きてきた歴史や伝承は2018年、「カムイと共に生きる上川アイヌ」として日本遺産に認定された。
構成するのは上川町や旭川市など上川・十勝地方の12市町。大雪山の雄大な景観からアイヌの伝承が残る史跡、文化を紹介する資料館まで、観光資源は広い地域に点在する。一方、観光客の訪問先は有名な景勝地などに偏り、文化関連施設への周遊や滞在時間、地域消費の拡大が課題となっていた。
そこでPlaruと組み、2025年9月に連携事業を始めた。実証は観光庁の「観光現場におけるICTサービス等利活用促進事業」として行った。
協議会事務局の井上隆博氏(上川町産業経済課商工観光係長)は、これまで大雪山と上川アイヌ文化をつなぐ周遊促進策を実施できていなかったと説明。Plaruとの協働によって「観光振興に結びつく取り組みが実現できた」と受け止めている。

「ぷらる」の特徴は、利用者が地図や観光サイトから行き先を一つずつ探し、順番を考える手間を減らせることだ。関心のあるテーマや旅行に使える時間、移動条件などに応じ、AIが複数の立ち寄り先を結ぶ周遊ルートを提案する。
例えば、上川町の景勝地「層雲峡」にある名瀑を見に行こうとする旅行者に、周辺の史跡や資料館を組み合わせた旅程を示せれば、知らなかった文化資源を訪れるきっかけになる。広範囲に名所が点在する12市町では、自治体ごとに観光情報を探す負担を減らせる利点もある。
Plaruの各務泰生COOは「AIの力で旅行者と地域の新たな出会いを生み出し、これまで十分に知られていなかった観光資源にも足を運んでいただくこと」を目指すと説明する。旅行者の興味や滞在時間に応じたルート提案が、新たな周遊のきっかけになるとみている。
現地では、「ぷらる」の旅行計画と連携して、リコーITソリューションズの音声ガイド「デジタルガイドデッキARGS(アーグス)」が旅をサポートする。日本語、英語、中国語、韓国語による案内で、アイヌの伝承や文化的背景、訪問時のマナーを伝える。景観を見るだけでは分からない土地の意味を理解できれば、文化施設を訪ねる動機や旅行体験の深まりにつながる可能性がある。
Plaruによると、実証で得られた旅行計画や利用者の行動に関するデータを分析した結果、観光客の目的や同行者などを含む詳細な属性情報のほか、関心を集める場所と実際の訪問地の違いなども分かった。案内情報や周遊施策を改善する材料が得られたという。
▽38カ所巡るスタンプラリー

実証事業では、アプリのダウンロード実績が目標の181%に当たる271人、位置情報の取得は目標の約239%となる239回を記録した。音声ガイドを利用した旅行体験の満足度は、利用しない場合に比べ、10段階評価で2.8ポイント高かった。訪日客が参加したモニターツアーでは、欧米豪やアジアからの参加者に音声ガイドへの支払い意欲も確認された。
2026年度には、アプリを活用したスタンプラリーを新たに展開。同年8月10日から始まった「日本遺産×ジオパーク カムイミンタラ スタンプラリー」では、日本遺産と「大雪山カムイミンタラジオパーク構想」の観光資源を結び、38カ所を対象にした。
日本の滝百選に選ばれた上川町の銀河・流星の滝、柱状節理の岩壁が並ぶ大函、魔神と英雄神が戦ったとの伝説が残る旭川市の神居古潭(カムイコタン)、鹿追町と上士幌町にまたがる、道内有数の高地にある然別湖など、自然景観と文化関連施設が対象だ。アイヌ文化の資料館として日本最古とされる川村カ子ト(かねと)アイヌ記念館(旭川市)や各地の郷土資料館も含まれている。
参加者は「ぷらる」を使い、対象スポットに近づくとスマートフォンの位置情報によってスタンプを取得できる。38カ所のうち10カ所を巡れば、アプリ内から景品の抽選に応募でき、計20人に地域の特産品やアウトドアグッズが当たる。参加は無料で、2027年1月31日まで実施する。冬は積雪で入れない場所もあり、主催者は交通情報や各スポットの情報を確かめてから参加するよう呼びかけている。
著名な景勝地を訪れる旅行者に、近隣の文化施設や別の市町の観光スポットにも足を延ばしてもらう。スタンプラリーは、広い地域に散在する観光資源を一つの旅として結び付ける仕掛けでもある。スタンプの取得地点や周遊の傾向を分析できれば、どの施設の紹介を強めるか、どの地域間をつなぐかといった誘客策の見直しにも活用できる可能性がある。
井上氏によると、スタンプラリーの参加者からは「近隣にいながらこれまで訪れたことがなかった場所や、知らなかった場所もあり、アイヌの歴史を学びながらとても楽しむことができました」といった声が寄せられているという。今後はスポットごとの訪問者数などを分析し、事業展開に生かしたいとしている。
▽12市町をつないだ官民の役割
事業の特色は、民間アプリの導入だけではない。広域にまたがる12市町が、共通の仕組みを使って誘客に取り組む点にある。
観光庁が2026年3月に改訂した「地域主体とインバウンドベンチャーの連携促進に向けたノウハウ集」によると、実証の準備段階では、自治体によって実証への温度差があり、調整に時間を要した。
協議会の事務局を担う上川町とPlaruは、週次の定例打ち合わせを設け、協議会の連絡会も開催。さらに自治体を個別に訪問して事業内容や役割分担を説明し、参加に向けた合意形成を進めた。協議会側が観光スポットのデータ提供や登録、関係施設との調整を担い、Plaruがアプリの開発、観光ルートの実装、データ分析などを担当した。
各務氏は「12市町が連携し、行政区域を越えて地域全体の魅力を一つの旅行体験として届けられる点にも大きな意義がある」と話す。多言語音声ガイドとの連携についても、歴史や文化への理解を深める旅行体験につなげたい考えだ。
費用面では、複数の地域でアプリを共同利用することにより、サービスの共通費を分担し、1地域当たりの負担を抑える仕組みを採った。
観光庁は、こうした官民の役割分担によって周遊環境が整備され、観光データを施策の検討に生かす体制ができたことを成果として紹介している。
もっとも、アプリの利用と実際の誘客増は同じではない。現時点で公表されている実証結果だけでは、文化関連施設の来訪者が何人増え、地域の宿泊や飲食などにどれだけ結び付いたかは分からない。
今後は、旅行者が実際に訪れた地点や周遊の傾向を分析し、観光施策の改善にどう生かすかが問われる。日本遺産として受け継がれてきた地域の物語を、旅行者の新たな行動につなげられるか。大雪山麓の12市町と民間企業による取り組みは、実証から実際の誘客効果を確かめる段階に入っている。(株式会社共同通信社 垂見和磨)
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