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「特集」  私はなぜ原発を止めたのか なぜ日本はやめられないのか

樋口英明

 私は2014年5月21日、福井地方裁判所の裁判長として大飯原発運転差し止めの判決を出しました。

 皆さんは、原発の運転差し止め裁判では何が争われていると思いますか? 多くの方は、住民側は「強い地震が原発を襲った場合に原発は耐えることができない」と主張し、電力会社側は「強い地震に原発は耐えることができる」と反論し、裁判所はどちらの主張が正しいかを判断していると思っていることでしょう。ところが、現実の裁判はそうではないのです。大飯原発の裁判では、関西電力は「耐震設計基準である700ガル(ガルは地震の強さを示す加速度の単位)を超えるような強い地震は、大飯原発の敷地に限っては将来にわたって来ませんから安心してください」と主張したのです。この電力会社の主張を信用するか否かが原発差し止め裁判の本質なのです。

 例えば、「このダムは上流で1日あたり○○○ミリを超える雨が降れば放水量を超えてしまい、崩壊の危険がありますが、この付近では将来にわたって○○○ミリを超える雨は降りませんから安心してください」と言われたら、まずわが国で1日あたり○○○ミリの雨量がどの程度観測されたかを調べるでしょう。○○○ミリがめったにない雨量ならひとまず安心です。しかし、珍しくもない雨量ならそのダムが安全だとは決して思わないはずです。また、そのように地域ごとに最大の雨量を将来にわたって予測する能力が現在の気象学にあるのかという強い疑問を持つはずです。

 わが国で記録された最高の地震動は08年の岩手宮城内陸地震の4022ガルです。「防災科学研究所の強震動観測網」のサイトを開いて、データ検索ダウンロード欄の検索条件を例えば、「20年1月1日から22年12月31日」「最大加速度を700ガル以上」と指定すれば、700ガルを超える地震が観測された観測地点の一覧表が出てきます。たった3年間だけでも1432ガルを筆頭に700ガル以上が観測された地点が13カ所に及ぶことが確認できます。
 わが国の原発は耐震性が低いのです。そのために、熊本地震のような震度7の激震に襲われたわけではなかったにもかかわらず、今までに延べ5カ所の原発で耐震設計基準を超えてしまったのです。分かりやすくいえば、わが国の原発は、震度6弱が来ると危なくなり、震度6強が来ると極めて危なくなり、震度7が来ると絶望的な状況になるのです。電力会社は「これ以上の強い地震は来ない」という地震の予知予測によって耐震設計の低さを正当化しているのです。そのような非科学的なことは認めるわけにはいかないのです。

 これが、私が大飯原発の運転を差し止めた理由です。

司法はなぜ止めないのか

 福島原発事故後においても、原発の差し止めを認めた裁判長は少数です。多くの法律家は、最高裁が「原発訴訟は専門技術訴訟で複雑困難だ」というと、原発訴訟は難しいと思い込んでしまうのです。多くの法律家が、原発の耐震設計基準である基準地震動、例えば700ガルが地震観測記録に照らして高い水準にあるのかどうかを争点とするのではなく、700ガルを導き出した計算過程や活断層の調査方法など専門技術分野の問題点を争点としています。その結果、法廷は技術論争の場となり、10年経過しても一審で判決も出ず、出ても住民側敗訴の判決が多いという状況が続いているのです。

 しかし、原発問題は決して難しい問題ではありません。大事なことはたった二つです。原発は地震に襲われたとき運転を止めるだけでは安全にならず、水と電気で原子炉を冷やし続けないと必ず事故になるということです。そして、二つ目はその事故の被害はとてつもなく甚大であるということです。現に11年の東京電力福島第1原発事故では、当初〝東日本壊滅〟の危機に陥ったのです。だから、原発が安全といえるためには原発の配電、配管に高い耐震性が必要なのです。訴訟では、原発の配電、配管に高い耐震性があるかを問題にすればいいだけなのです。

パーフェクトの危険

 多くの国民は、多くの法律家と同様に、原発問題は難しい問題だという強固な先入観を持っています。加えて「原子力規制委員会が審査をしている以上、少なくとも、福島第1原発事故後に再稼働した他の原発にはそれなりの安全性があるだろう」という先入観、「政府が原発を推進しているのだから原発は必要なのだろう」という先入観を持っています。

 また、多くの国民は福島第1原発事故で何が起きていたのかを知りません。福島第1原発の故吉田昌郎所長、近藤駿介原子力委員会委員長(当時)、菅直人首相(同)のいずれもが〝東日本壊滅〟を覚悟したのです。数々の奇跡によってこの危機を免れたことを知れば、多くの国民は「わが国を滅ぼす恐れがある原発はやめるしかない」と考えるはずです。

 しかし、東日本壊滅の事実を知ったとしても、次のように考えてしまう人も少なからずいるのです。「原発事故が日本を滅ぼす恐れがあるのなら、原発はそれなりに安全性が高められているはずだ」と。新幹線と在来線の特急を比べても、新幹線は大型トラックと衝突して脱線すれば悲惨な事故になるために踏切自体をなくしている、大型旅客機とセスナ機を比べても、事故の被害が大きいものは事故発生確率が低い。だから原発も同じはずだと。理知的な人ほどそう考えてしまうのです。
 しかし、原発だけは違います。原発事故は被害がとてつもなく大きく、しかも耐震性が低いために事故発生確率も高い、いわば「パーフェクトの危険」なのです。

100年分の利益消失

 電力会社は長い目で見れば、原発推進が良くないことを知っています。

 しかし、今、原発を完全にやめてしまうと、例えば原子炉も核燃料も直ちにマイナス資産になるため短期的には大きな経済的負担となってしまいます。これを避けるために「原発は必要だ」「原発がないと電気が足りなくなる」、ウクライナとロシアの戦争を機に電気代が上がったのを好機と捉えて「コスト的にも原発が安い」というような雰囲気を醸成させています。そして、経済界全体もこのような電力業界の意向に強い影響を受けています。

 経済とは「経世済民」のことなのですから、短期的で一部の人たちの利益に資するのではなく、長期的でわが国全体の将来にわたる展望を持たなければならないはずです。このような視点に立てば、ひとたび事故が起きると極めて多くの人の生命や生活が奪われることになる原発について、コスト論を持ち出すこと自体許されないはずです。しかし、ここであえて数字を挙げると、東京電力の売上高は年間約5兆円で、利益率が約5%だとすると年間2500億円程度の利益となります。これに対して、福島第1原発事故の被害は、現時点で最も控えめに見積もっても約25兆円です(80兆円余とする試算もあります)。東電は、原発事故で100年分の利益を吹き飛ばしてしまったことになります。その結果、東電は事実上国有化されました。世界に冠たる大企業であった三菱重工業、日立製作所、東芝は原発に手を出したためにかつてない苦境に陥っています。

 そして、福島第1原発事故は東日本壊滅の恐れもあった大事故で、もし東日本壊滅となったならば、東電だけでなく全ての大企業の100年分の利益が吹き飛んでしまっていたのです。

 それでも、そのような原発にコスト論を持ち出しますか、それでも原発はコストが安いといえるのですか。

福島原発事故の教訓

 岸田文雄政権は、11年3月11日に発出された「原子力緊急事態宣言」が解除されていない中で、GX(グリーントランスフォーメーション)を掲げて原発回帰に舵(かじ)を切りました。GXとは、化石燃料エネルギー中心の産業構造・社会構造を二酸化炭素(CO2)を排出しないクリーンエネルギー中心のものに転換し、「持続可能な社会」と「経済発展」を両立させるものであるとされています。

 しかし、原発事故が起きるとわが国の存続自体が危うくなるのですから、経済の基盤自体が失われることになり、もはや「経済発展」などあり得ないのです。そして、原発事故はわが国の歴史を途絶えさせる恐れがあるのですから、「持続可能な社会」を目指すことと原発推進は真逆の政策なのです。

 福島第1原発事故は、原子炉の運転を止めることには成功したのですが、停電したことで原子炉を冷やすことができずに過酷事故となったのです。福島第1原発事故以前に、原発がそのような他の技術とは異なる性質を有することを知り「原発の危険性」を訴えてきた人々と、原発のそのような性質を知りながらあるいは当然知るべき立場にありながら「わが国の原発は絶対に安全だ」と発言していた人々がいました。私を含む多くの人は「わが国の原発は絶対に安全だ」と言う人々のほうを信用してきたのです。しかし、原発事故が実際に起きてしまったことによって、誰が誠実で賢明であったのか、そして、誰が不誠実で愚かであったのかが明白になったのです。

 それにもかかわらず、岸田政権は、安倍晋三政権や菅義偉政権でさえ明言しなかった原発の新増設まで言い出したのです。岸田首相は「聞く力」があるとアピールしていますが、誰から聞くのかが最も重要です。福島第1原発事故を教訓にこの国の未来を考えるならば、原発事故で明白になった誠実で賢明な人々の声にこそ耳を傾けるべきです。

元裁判官 樋口 英明(ひぐち・ひであき) 1952年三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、83年4月福岡地裁判事補任官(35期)。以後、各地の地裁・高裁判事を歴任し2014年5月21日に大飯原発3、4号機の運転差止め判決を、15年4月14日に高浜原発3、4号機の運転差止の仮処分決定を出した。17年8月定年退官。著書に「私が原発を止めた理由」「南海トラフ巨大地震でも原発は大丈夫と言う人々」(旬報社)

(Kyodo Weekly 2023年9月11日号より転載)

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