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危険を顧みず踊ることを選び取る 【本の森 田村文】

『DANGER』村山由佳 著 496ページ 2530円(新潮社)

 書店で表紙を見たとき、あっと声を上げそうになった。男性の踊り手が跳躍している絵の横に「DANGER」の文字。一瞬「DANCER」の間違いかと思ったことから、この二つの言葉が1字違いであることに気付いたのだ。

 この発見は物語の中身にもつながっていた。バレエダンサーがいかに怪我や痛みと隣り合わせで踊っているか。トーシューズがどれほど体に負担をかけるか。バレエの華麗さは、過酷さや危うさの上に成り立っていると本書は教えてくれる。そして、シベリアに抑留されているさなか、まさに危険を顧みずに踊ることの喜びを選び取ったダンサーの運命が、この作品には描かれていた。

 舞台は1992年。週刊誌記者の長瀬一平と、同じ出版社の先輩で月刊誌編集者の水野果耶は協力し、それぞれの雑誌でボリショイ・バレエ団来日記念の連載を書くことになる。長瀬はバレエの経験も知識もないが、水野は一流のバレエダンサーを志し、怪我で挫折した過去がある。そんな2人が世界的に有名な振付師、久我一臣への取材を始める。

 久我は20年生まれの72歳。「日本バレエの始祖」とされるエリアナ・パヴロヴァから13歳の時にバレエを習い始めた。16歳で当時租界地だった上海に渡り、さらに本格的なレッスンを受けるが、太平洋戦争が始まると踊りどころではなくなる。一時帰国したものの、徴兵されて戦地へ。衛生兵となった久我が満州の陸軍病院で知り合う翠ら看護婦たちが、徐々に物語の前面に出てくる。

 翠たちは新潟県から「満蒙開拓」の名目で入植した開拓村に住んでいたが、戦争が激しくなると看護婦として働くことになる。ある日、ソ連軍が侵攻してくる。開拓民を置いて逃げた関東軍。迫り来るソ連軍。女性には命の危険だけでなく、性暴力の恐怖が覆いかぶさる。「生きて虜囚の辱めを受けず」という戒めと「何があろうと生き延びなさい」というベテラン看護婦の言葉との板挟みの日々。やがて久我同様、シベリアの収容所に送られる。

 久我や翠らが巻き込まれる過去の戦争の話と、長瀬と水野が取材を進めていく今の話が交互に現れ物語は進む。「戦争を始めるのは権力者たちだが、翻弄されるのは常に弱者だ」。そんな久我の言葉は現代の侵略や紛争にも重なる。戦渦にあっても人を思いやり、愛することのできる人間の底力と、どこまでも踊ることを希求する意志が胸を打つ。

 作者の村山由佳は両親から戦争の話を聞いて育った。父はシベリアに抑留されたと村山本人から聞いたことがある。円熟の作家が、覚悟を決めて記した渾身の一作である。

(共同通信編集委員 田村文)

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.17からの転載】

  • 『DANGER』村山由佳 著

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