【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】別れは会うのはじめ
2026年2月16日=2507
*がんの転移を知った2019年4月8日から起算
▽二つの訃報
2026年2月のある日、出身高校同期のSNS(ソーシャルネット・ワーキング・サービス)に同級生ひとりの訃報が挙げられた。今年62~63歳を迎える学年だ。老衰は考えにくい。病気か不慮の事故等か、詳細は不明だ。ただ「〇〇君が今日亡くなった」とだけある。彼とは普段から付き合いがあった訳ではない。しかし知った仲である。中高6年間で同じクラスになった記憶もある。寂しい。18年がんを発病した私を数年前の同窓会で励ましてくれた彼。元気いっぱいの外見だった。
実は先月にも別の同級生の死を知らされている。こちらはお身内から知らせをいただいた。病と闘ってのことだった。彼とは中学1年の時、同じクラスだった。三重県の片田舎から大都市に通い始め右往左往する村人(〇〇町と呼ばれるようになったのは平成元年)を、校内はもちろん通学途中でもあったかく接してくれた。怒った顔を全く思い出せないくらい温厚な人間やった。血の気が多かった発病前の誰か(自分)と全く違って。
彼も高校卒業後は音信不通だったけれど、がん治療中の私を訪ねてくれた。自ら住む関東からわざわざ。ほぼ40年ぶりの再会だった。うれしかった、そして何より生きる力をもらえた。それから間もなくして本人から病のことを聞かされ、言葉を失った。その後も時々連絡を取り、お互いを励まし合っていた。この私を追い越すなんて。やっぱり寂しい。
ふたりには唯々心よりお悔やみ申し上げたい、とともにがんを生きる私に大いなる力を与えてくれていること、心よりお礼を述べたい。Mくん、Kくん、ホントに本当にありがとお~
▽葬儀のやり方
ここでふと思い浮かべた。「葬儀」について。事情から、私はふたりの告別式には参列できなかった。なので彼らの葬儀の話ではない。己自身のことである。もともと私は一般葬でも家族葬でもなく、密葬を望んでいる。後日に本葬あるいはお別れの会なども全く考えてない。そんなことするのは名だたる著名人くらいだろう。とにかくひっそり死んで、こっそりあちらへ行きたい。百歩譲って、もしも行うならば生前葬。そう考えていた。
ところがある思いが生まれた。それは葬儀のやり方。ひと言で申し上げるならば、結婚式のようにできないかと。ただし通常は何カ月も準備期間がある訳ではない。臨終の時は前もって予期しきれない。だから「〇月〇日ご参列ください」と、招待状も送れない。
でもこんなふうにはできへんかな。たとえば、生前に大好きだった流行り歌や楽曲を会場に流しまくる。ビデオ編集までは無理でも、写真をスライドショーで映し出す。何百枚も。にぎやかで騒々しくてもええんやないか。反対意見もあろう。100歳越えの大往生ならまだしも、10代での悲しい別れにそれはふさわしくないと。でも・・・

叶う叶わぬはおいといて、こんな海に散骨してもらいたい! (三重県鳥羽市のとある海岸より望んだ伊勢湾)
▽大いにたたえたい
たとえ生きていた時間が長かろうが短かかろうが、この世を生きた事実は全く同等のはず。ならばそれを大いにたたえ、新たな門出を祝いながら見送りたい。一方旅立つ当事者ならば、己を褒め、そして決意表明したい。何はともあれ本当によぉ頑張ったぁ、これからはあちらでも好きに生きるぞ!などと。
「別れは会うの始め」
だってこの世であれ、あの世であれ、次なる出会いがきっと訪れてくれるはず。旅立った者にも、旅立たれた者にも。であればこその会にしたい。結婚式のような、いや結婚式にも勝る幸福満載の葬儀に。もちろん故人、さらには遺族の意向によるだろうけれど。
ところで昨年10月にわが書を出版することかないました。「がんになった緩和ケア医が、本気でホスピスを考えてみた」(双葉社より、税込み1650円)もしも関心をお持ちくださったならば手に取っていただけますと甚だ幸いでございます。またわがユーチューブらいぶ配信、こちらもしぶとく続けてます。チャンネル名「足し算命・大橋洋平の間」。配信日時が不定期なためご視聴しづらいとは察しますが、気ぃ向かれましたならばお付き合いくださいな。ご登録も大歓迎。応援してもらえると生きる力になります。引き続きごひいきのほど何とぞよろしくお願い申し上げまぁす!!
(発信中、フェイスブックおよびYouTubeチャンネル「足し算命・大橋洋平の間」)
おおはし・ようへい 1963年、三重県生まれ。三重大学医学部卒。JA愛知厚生連 海南病院(愛知県弥富市)緩和ケア病棟の非常勤医師。稀少がん・ジストとの闘病を語る投稿が、2018年12月に朝日新聞の読者「声」欄に掲載され、全てのがん患者に「しぶとく生きて!」とエールを送った。これをきっかけに2019年8月『緩和ケア医が、がんになって』(双葉社)、20年9月「がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58」(双葉社)、21年10月「緩和ケア医 がんと生きる40の言葉」(双葉社)、22年11月「緩和ケア医 がんを生きる31の奇跡」(双葉社)、25年「がんになった緩和ケア医が、本気でホスピスを考えてみた」(双葉社)を出版。その率直な語り口が共感を呼んでいる。
このコーナーではがん闘病中の大橋先生が、日々の生活の中で思ったことを、気ままにつづっていきます。随時更新。
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