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「特集」心もよう・からだ模様 「カスハラ対策法」義務化前に考える 本当に従業員を守るための〝予防の心構え〟とは

 

 

谷口良太『3分で相手が笑顔に変わる しつこいクレーム・カスハラ交渉術クレーム対応は「第一声」が成功の鍵!』(2025年・アルソス)

 カスタマーハラスメント(カスハラ)対策法が成立し、来年には企業や自治体に防止措置が義務づけられます。

 しかし、法律が施行されてから取り組むのでは遅すぎます。すでに現場では、従業員の離職やメンタル不調が深刻化しています。私は元自治体職員として20年以上クレーム対応に携わり、現在は「3分で相手を笑顔に変えるカスハラ交渉術」を企業や自治体に伝えています。

 義務化前の今こそ、「対処」ではなく「予防」の視点で、従業員を守る土台を築くことが必要です。

〝外的な仕組み〟だけでは足りない理由

 カスハラとは、顧客らが正当な範囲を超えて従業員を威圧したり、過度な要求を繰り返したりする行為を指します。

 厚生労働省の調査によると、民間企業の従業員の約1割が、また総務省の調査では自治体職員の3人に1人がカスハラ被害を経験しているといわれています。
 昨今の深刻化を受け、2025年6月に成立した改正労働施策総合推進法(いわゆる「カスハラ対策法」)では、来年から企業・自治体に防止措置が義務づけられます。

 ただ、ここで一つ大きな誤解があります。
 それは、「法律で義務づけられたから対策をする」という発想では、カスハラはなくならないということです。
 法整備を含め、さまざまな対策が進められていますが、その多くは対症療法的で、表面的な対応にとどまっており、根本的な解決には至っていません。
 録音体制やマニュアル整備などの〝外的な仕組み〟だけでは、現場を本当の意味で守ることはできません。
 法律で定められた枠組みを整えることは重要ですが、それはあくまで「発生後に備えるための対処」に過ぎず、根本的な解決にはつながらないのです。

 本当の目的は、「クレームを排除すること」ではなく、従業員が安心して本来業務に集中できる職場をつくり、顧客満足度を高めることにあります。

カスハラ対策が機能しにくい3つの壁

 全国の企業や自治体で研修やセミナーを行う中で、カスハラ対策がうまく機能しない組織には共通する3つの壁があることに気づきました。

 それが、「対処の壁」「現場の壁」「心理の壁」です。

①対処の壁―「守ること」が目的化してしまう組織
 ここでいう「対処」とは、トラブル発生後に、法令遵守(じゅんしゅ)やマニュアル整備など、外的な仕組みでリスクを減らす取り組みを指します。
 もちろん、制度整備は不可欠です。しかし現場では、「何をどう整備すればよいかわからない」「ルールで守るしかない」という〝対処一辺倒〟の声が少なくありません。
 結果として、ルール遵守や責任回避が目的化し、従業員が「人として対応する余地」を失ってしまうのです。
 これが、私が「対処の壁」と呼ぶ構造です。
 対処の壁とは一言で言うと、「組織や従業員が自分たちを守ることに集中しすぎて、結果的に現場も顧客も苦しくなる構造」です。
 たとえば、「ルール上できません」「それは担当外です」という言葉は、正しい判断かもしれません。
 しかしその瞬間、相手は「聞いてもらえなかった」と感じ、怒りがエスカレートします。結果、クレーム対応も長期化します。
 また、形式的な対応になることで、顧客満足度も低下します。
 つまり、マニュアルは盾になる一方で、〝心の壁〟にもなり得るのです。
 本当の対応とは、〝相手の怒りを静め、自分の心も守る〟こと。
 今こそ、法律整備よりも先に、〝心の持ち方でトラブルを防ぐ予防〟を現場に根づかせる必要があります。

②現場の壁―孤立が生む〝見えない疲弊〟
 2つ目は「現場の壁」です。
 これは、クレーム対応が担当者に過度に依存している構造を指します。
 最近では、「カスハラの線引きやエスカレーション体制※を整えたい」という声も増えています。
 しかし、上司や本部に報告しても、「なぜこじれたの?」と責められることが少なくありません。
 これでは、従業員は〝組織の中で孤立する〟構造のままです。
 たとえば、電話応対中に周囲が黙々と作業を続け、誰も助けに入らない。
 本人も「自分が我慢すればいい」と思い込み、孤立していく―。
 こうした職場では、心理的安全性が低下し、離職やメンタル不調が起きやすくなります。
 また、「カスハラは一部の担当者の問題」と捉える組織もあります。
 しかし実際には、〝クレーム対応が属人化している職場〟こそ、〝学びの共有が進まない職場〟なのです。
 成功例を共有し、上司が初動から関与する仕組みをつくることで、現場の壁は確実に薄くなります。
 孤立を減らす仕組みづくりこそ、現場の安心を生む第一歩です。

③心理の壁―「お客様=怖い存在」という思い込みがカスハラを助長
 3つ目は「心理の壁」。
 これは制度や組織の問題ではなく、対応者の〝心構え〟にあります。
 カスハラが社会問題化する中で、現場が〝お客様は危険な存在〟と無意識に構えてしまい、結果的にコミュニケーションが硬直化する状態です。
 また、多くの従業員が「自分は悪くないのに、なぜ謝らなければならないのか」と感じています。
 この思いがあると、表面上は丁寧でも、声のトーンや表情に〝身構え〟や〝距離感〟がにじみ、相手に伝わります。
 結果として、相手は「言いくるめられた」と感じ、さらに攻撃的になるのです。
 私は自治体職員時代、同じ経験を何度もしました。
 しかし、動物行動学者ローレンツ氏の著書『ソロモンの指環』を読み、人も動物と同様に非言語で相手の感情を察知することを理解してから、対応が劇的に変わりました。
 「恐れを理解し寄り添う」ことで、1時間かかっていたクレーム対応が3分で終わったのです。

※エスカレーション体制=トラブル発生時に上司などに対応を委ねる仕組みのこと

3つの壁の先にある共通点

 これら3つの壁―「対処の壁」「現場の壁」「心理の壁」には、ある共通点があります。
 それは〝恐れ〟が根底にあるということです。
 ルールに頼るのも、孤立してしまうのも、身構えてしまうのも、すべては「責められたらどうしよう」「助けを求めたら弱いと思われる」「お客様に何を言われるかわからない」という〝恐れ〟から始まっています。
 そしてこの〝恐れ〟は、従業員だけではなく、お客様側にも存在します。

カスハラの本質は「恐れ」にある

 では、そもそもなぜカスハラは起きるのでしょうか。

 私はこれまでの現場経験から、クレームには大きく2種類があると考えています。
 一つは「感情的なもの」、もう一つは「金銭を目的とするもの」。
 そして、実際のカスハラのほとんどは前者の〝感情的なもの〟です。
 お客様も、あなたと形は違えど、何らかの原因で「自分という存在が脅かされている」という〝恐れ〟を抱いています。
 その恐れが、怒りや強い言葉として表に出てくるのです。

 つまり、怒りの裏側には「自分はないがしろにされた」「大切に扱われていない」という不安が隠れています。
 「お客様=怖い存在」ではなく、「お客様=恐れを抱えた存在」と捉えるだけで、対応の質は大きく変わります。問題解決のプロであり、サービス提供者である私たちが、この〝恐れ〟を理解し、解消する方向で対応できれば、攻撃的な言動の多くは静まります。
 具体的には、お客様の恐れを理解し、その問題解決をするという心構えが必要です。
 それがあれば、身内に相談するように自然に質問し、「できる・できない」ではなく、ルールの範囲内で「こういう形ならできます」と提案できるようになります。

〝3分で笑顔〟に変える「予防の3ステップ」

 カスハラを予防し、クレームを最短で解決するためには、「心構え」「ヒアリングと承認」「交渉」の3ステップが重要です。

 ①お客様の〝恐れ〟を解決するという心構えを持つ
 怒りの裏には「恐れ」や「不安」があります。
 「なぜ怒っているのか?」よりも「なぜ不安なのか?」を考えることで、対応の方向性が変わります。
 ②ヒアリングと承認
 相手の話をさえぎらず、まず感情を〝受け止める〟こと。
 「ご不安だったのですね」「そこまでお困りだったのですね」と、感情に焦点を当てて言葉を返すだけで、相手の緊張が和らぎます。
 ③交渉―できないことを明確に伝える
 カスハラを助長しないためには、「できないことを曖昧にしない」ことも大切です。
 ただし、「できません」と突き放すのではなく、理由を添え、「この範囲なら対応可能です」と代替案を提示することで、相手の納得度は大きく高まります。

 この3つを意識するだけで、再発率は減少し、多くのクレームは〝3分以内〟に沈静化します。
 これが、現場に「予防文化」を育てる第一歩です。

義務化前に整えるべき3つの視点

 法施行前の今こそ、組織が本質的な「予防の体制」を整える絶好の機会です。
 次の3点を意識することで、義務化後に慌てず対応できます。
 ①制度整備(外的対処)
 録音・通報・エスカレーション体制など、最低限の〝守る仕組み〟を整える。
 ②風土改革(組織的支援)
 クレーム対応を〝個人戦〟から〝チーム戦〟に変える。事例共有・ロールプレイ・上司同行などで支援文化を育てる。
 ③意識改革(心理的予防)
 制度や風土を動かすのは〝人の意識〟。共感の姿勢こそ最大の予防策です。
 つまり、「制度と共感」の両立が現場を強くします。

義務化の前に〝予防〟の一歩を

 来年の「カスハラ対策法」義務化を前に、多くの企業や自治体で「何から始めればいいか」と模索が続いています。
 マニュアルや体制整備も大切ですが、本当に従業員を守るのは制度ではなく〝人の声〟です。
 現場が安心して「助けて」と言える。
 上司が「一緒に考えよう」と寄り添える。そんな〝共感の循環〟こそ、法令よりも強い防止策になります。

 本当の意味で従業員を守るために―。
 今こそ、「対処」だけではなく「予防」の心構えを、組織全体で育てる時です。

株式会社めんたいバース企画代表取締役社長 谷口良太(たにぐち・りょうた) 福岡県生まれ。元自治体職員。起業コンサルタントとして自治体と関わる中で、自治体のWeb3、メタバースの活用を知り、研究に没頭する。現在、その知見を生かし、Web3を絡めた「地域活性化プロジェクト」を進行中。VR(仮想現実)を活用した、「離職率を低減し顧客満足度を向上させる!3分でハードクレーム含めて現場で解決!クレーム・カスハラ交渉術研修」を実施している。近著に独自開発のクレーム・カスハラ対策を紹介した『3分で相手が笑顔に変わる しつこいクレーム・カスハラ交渉術クレーム対応は「第一声」が成功の鍵!』(2025年・アルソス)がある。

(Kyodo Weekly 2025年11月17日号より転載)

  • 谷口良太『3分で相手が笑顔に変わる しつこいクレーム・カスハラ交渉術クレーム対応は「第一声」が成功の鍵!』(2025年・アルソス)

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