KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

「特集」ミャンマー国境「無法地帯」 流入した中国系犯罪組織 特殊詐欺を強制、日本人も 内戦状態が生んだひずみ

伊藤 元輝
共同通信バンコク支局記者

 ミャンマー東部が「無法地帯」と化し、犯罪組織が外国人を拉致・監禁して特殊詐欺に従事させていた―。その恐るべき実態が今年2月、日本の新聞やテレビで大々的に取り上げられた。タイとミャンマーを日々ウオッチしている特派員にとって、この問題は数年前から継続取材していたテーマだった。シンクタンクが報告書を出し、働いていた人が実態を証言したこともあったが、全体像は謎に包まれていた。それが2月、潮目が変わった。国境を接するタイ当局が対応を本格化したのをきっかけに、保護された外国人は計約7千人に上った。中国の組織が「犯罪特区」を形成し、中国を中心に世界各地から人を集めていた事実が明るみに出たのだ。そして、日本人の少年2人がタイからミャンマー側に陸路で連れ込まれていたことも判明。かねてから日本社会は「オレオレ詐欺」の被害に苦しみ、「闇バイト」による強盗殺人事件で震撼(しんかん)していた。これに追い打ちをかけるように「ミャンマー特殊詐欺拠点問題」は衝撃をもって受け止められたようだ。それにしてもなぜ、犯罪組織がこれほど大規模に活動できる環境がミャンマー東部にあるのか。判明した実態と背景、今後の展望を紹介しよう。

知り過ぎてはいけない

 タイ北西部にミャンマーと国境を接するメソトという貿易の町がある。西部にモエイ川が流れ、それを越えればミャンマーだ。タイ側はトウモロコシ畑が広がりのどかだが、ミャンマー側は対照的にビルが乱立し、夜には煌々(こうこう)とネオンが輝く。「夜景」を見にタイ人が訪れるようになり、タイ側に「チャイナビュー」という名のオープンテラスの飲食店ができた。

 事態が大きく動くおよそ半年前の2024年6月、ミャンマー側の町で美容師として働くミャンマー人男性に頼んでタイ側に来てもらい、話を聞いていた。「ビルのほとんどは詐欺拠点か違法カジノだ。カラオケを併設した風俗店もあって、夜は売春婦がずらりと道に並ぶ。中国人がつくった無法地帯で、地元のカレン族の武装勢力が協力して警備している」。内部の写真を示しながらそう教えてくれた。潜入取材する手立てはないか。定期的にミャンマー側に渡って風俗店に勤務しているという中国人女性に出会った。彼女は眉をひそめて忠告した。「絶対にミャンマー側に来てはいけない。記者と分かれば殺されてもおかしくない。深く知り過ぎない方がいい」

タイ当局が対応本格化

 時は流れて今年1月、事態が動いた。髪をそられて憔悴(しょうすい)しきった中国人男性俳優の写真が、タイと中国のメディアをにぎわせた。タイ当局に保護されたこの男性は「映画の撮影」との偽の求人にだまされてタイに到着後、ミャンマー側の詐欺拠点に連れ去られていたという。タイ渡航前はミディアムカットにさわやかな笑顔。ハンサムな彼がミャンマーで何をされたのか。かねてから詐欺拠点問題が報じられていた中国とタイで、市民は恐怖にさいなまれた。

 中国政府は国内で詐欺被害が広がっていた背景もあり、行動を起こす。タイに圧力をかけ、対応を迫った。実はこのミャンマー東部地域はタイから電気が送られ、インターネットも供給されていたのだ。タイの野党議員は「犯罪組織の運営を助けている」と繰り返し批判していたが、電力や通信の事業者が絡み、タイ政府の腰は重かった。それがついに2月5日、一部地域への送電・電波の遮断を決断した。

 すると約1週間のうちに、タイ北西部で外国人300人以上の保護が実現する。2月12日、メソトの隣町ポップラの施設前で保護されたばかりの人に声をかけた。フィリピン人男性は「監禁下で詐欺をさせられていた」と証言。ネパール人男性は「電気ショックで拷問された」と脚の傷を示した。外国人の保護は続き、3月中旬時点で約7千人に上った。国籍は約30カ国で、中国が最多の約4800人。ベトナムとインドがそれぞれ500人以上、エチオピアが400人以上と続く。

 外国人保護が実現したのは、地域を実効支配する少数民族武装勢力が協力したからだ。ミャンマーは内戦状態に陥っており、東部のタイとの国境地域は中央の統治が及んでいない。そこでこの地域を実効支配する「国境警備隊(BGF)」など複数の武装勢力に対し、タイは送電と電波の停止で圧力をかけ、特殊詐欺拠点を捜索するように促したというわけだ。

 ところで、そもそも「少数民族武装勢力が支配する」とはどういうことなのか。実はミャンマーは主要民族のビルマ族を中心に、多種多様な少数民族が地方各地に住んでいる。自治を求めて武装する民族も多く、全国に約20の武装勢力が存在。規模や歴史、支配地域の大小、中央との距離感はさまざまだ。その中で2021年2月にクーデターが発生。アウンサンスーチー氏率いる民主政府が倒れ、軍事政権が樹立された。ここから民主派が「国民防衛隊(PDF)」を結成して国軍に武力で抵抗。一部の少数民族武装勢力が共闘して内戦状態に陥った。詐欺拠点問題が表面化したミャンマー東部に関してはカレン族の武装勢力が複数存在している。主要都市ミャワディなどはBGFが支配。BGFは国軍に融和的な態度を取っている。

 そのミャワディ周辺ではクーデター以前から中国系企業がホテルやカジノの開発で進出していた。カジノはマネーロンダリングに利用されることが指摘されており、犯罪の土壌があった。その後、内戦と新型コロナウイルス禍の混乱が続く中で、既に進出していた中国系企業を足掛かりに、中国の犯罪組織が流入してきたとタイ警察の幹部は分析する。ミャンマー北部の中国との国境地域にも同様の無法地帯があったが、23~24年に摘発が強化され、犯罪組織がミャワディ周辺に南下してきたという背景もある。当初は中国人が中国人をだましていたが、だんだんと外国人も呼び寄せて強制労働させるスキームを確立していった。BGFは町の警備を担当して外部からの接触を遮断。犯罪収益の一部を受け取り、軍政にも資金を流していたとされる。それが2月、タイ当局への協力姿勢に転じたということになる。

 外国人解放が進む中で、日本人が巻き込まれていた実態も明らかになる。1~2月にタイ当局が高校生2人を保護していたことが判明。オンラインゲームで知り合った男に海外での仕事があると誘われて渡航し、連れ込まれていたことが分かった。犯罪組織に協力していた疑いがある日本人の男の拘束も相次いだ。タイ警察幹部のタッチャイ氏は「日本語が話せる中国人と日本人が協力し、日本の高齢者を標的に詐欺をしている。ただ、全体からみれば日本人はごく小規模だ」と指摘。一部はミャワディ周辺に残っているとみている。

 保護された約7千人の外国人について、タッチャイ氏は3月、人身売買の被害者は1割程度で、大半は高給を目当てに詐欺行為と知りながら働きに来ていた人だと推計した。ただ1割としても約700人もの人が「奴隷」のように扱われていたことになる。

幕引き図る武装勢力

 保護が7千人程度に達し、母国への移送が進んでいた3月12日、BGFからミャンマー側での取材を許可された。ミャンマー人、タイ人以外では初めて外国人記者として、詐欺拠点集積地のシュエココに入った。半年前はタイ側から眺めることしかできなかった地域だ。新しい建物に舗装された道路。中国語とビルマ語を併記した看板が並び、飲食店や日用品店、ガソリンスタンドに風俗店までそろう「ニュータウン」が広がっていた。聞いていた通りの光景だ。ただ、BGFが取材許可を出した狙いは別のところにあった。車で案内されたのは郊外の大規模な養鶏場。BGFは中国系企業が運営していると説明する。さらに別の場所のリゾート施設も見せられた。大きなウオータースライダーに人工の砂浜を備えたプール。これも中国系企業の投資で開発されたという。BGFの幹部は言う。「ここに犯罪はもうない。もともと一般市民が住み、合法なビジネスが展開されるというビジョンがある。今後はそうなると信じている」。学校や病院を誘致する考えも示した。中国系企業は犯罪組織の流入に関与したとみられているが、BGFは記者の懸念払拭を狙ったというわけだ。

 当然ながらその主張をうのみにはできない。BGF幹部の言葉が理想論にすぎないことは明らかだ。そもそもこの地域は犯罪収益があったからこそ発展したとされる。それに匹敵する別の健全な産業がこの地で拡大するとは考えにくい。内戦状態の不安定な地域に進出するメリットを見いだせないからだ。犯罪やグレーなビジネスこそ統治が不安定な地域は都合が良い。

 それでもBGFが「健全化」を訴えるのは、タイ当局に「十分に協力した」と示し、手打ちとしたい思惑があるからだろう。約7千人の外国人保護は大規模ではあるが、タイ警察はミャンマー東部で約5万人が詐欺に関わっているとみている。一部の犯罪組織がBGFに金を払って捜索を逃れたとの情報もある。インターネット上には詐欺要員を集めているとみられる求人も出ている。そのことをBGF幹部に問うと「求人はフェイクだろう」とかわされた。

 タイ治安当局によると、ミャワディから約200キロ南方のパヤトンスや、最大都市ヤンゴンなどにも犯罪組織は拠点を移転させている。タイメディアは組織の一部がタイを横断し、カンボジアに拠点を移す動きがあるとも報道。その後、3月28日にはミャンマー中部を震源とする大地震が起きた。ミャワディやシュエココで大きな被害の情報はないが、内戦状態に大地震が重なってミャンマー情勢はいっそう混迷。犯罪組織の「壊滅」は遠のいてしまった。

共同通信バンコク支局記者 伊藤 元輝(いとう・げんき)1989年福岡県生まれ。早大卒。2011年共同通信入社。高松支局、大阪社会部、神戸支局、政治部で勤務後、23年9月から現職。ASEAN首脳会議やラオスの貧困問題などを取材。著書にタイの性的少数者向け医療ツーリズムを描いた「性転師 『性転換ビジネス』に従事する日本人たち」(柏書房)。

(Kyodo Weekly 2025年4月14日号より転載)

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい

「誰もが輝いて働く社会へ」の特集記事を読む