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「特集」近づく衆院選の足音 サミット閉幕後 各党臨戦態勢へ

本田雅俊 政治行政アナリスト

 

 東京・永田町では、6月解散説や9月解散説がまことしやかに囁(ささや)かれている。少なくとも年内に衆院選が行われるであろうという点では、おおむね一致している。しかし、解散権は首相の専権事項。ポーカーフェースの岸田文雄首相の表情から解散時期を読み取ることは難しいが、G7広島サミット後に吹く〝風〟次第では、永田町はいっきに選挙モードに突入する。

65歳の転機

 わが国では過去に6回、サミット(先進国首脳会議)が開催され、うち3回は東京が会場となった。残りの3回は九州・沖縄と洞爺湖、そして7年前には伊勢志摩で開かれた。たとえ広島が被爆地として特別な意味を持つ都市であっても、首相のお膝元でのサミット開催は初めてであり、故郷に錦を飾った感がある。安倍晋三首相(当時)でさえ成し遂げられなかった。

 しかし、昨年の秋から冬にかけ、政治状況はまったく異なっていた。昨年7月の参院選で勝利したものの、安倍元首相の襲撃事件を機に噴き出した旧統一教会問題や国葬問題などで内閣支持率は3割近くまで激減し、「サミット花道論」さえ唱えられた。11月に3閣僚が相次いで辞任した際には、「万事休す」(官邸関係者)のため息が漏れた。

 通常、新政権が発足すると、ご祝儀相場も手伝って、高支持率を記録する。しかし、さまざまな政策課題に取り組むと、当然のことながら批判も高まるため、支持率を大きく上向かせることは難しい。このため、歴代政権は「いかに支持率を下げないか、下げ止まらせるかに腐心してきた」(元首相秘書官)という。発足直後に比べ、支持率が大きく上昇したのは小渕恵三内閣くらいである。

 岸田首相の場合、支持率が激減しても、土俵際で踏みとどまり、辛うじて3割を維持できたことが大きい。3割を下回れば求心力はいっきに弱まり、水面下で「岸田降ろし」が始まっていたはずである。ギリギリのところで岩盤保守層が守ってくれたとの分析は信憑性(しんぴょうせい)を帯びる。

 だが、なぜ支持率がV字回復しつつあるのかは、必ずしも明らかでない。岸田内閣の支持率が緩やかに回復しはじめたのは今年の3月である。共同通信社の3月調査では、内閣支持率は前月に比べ5ポイント上昇して38・1%となった。さらに、4月調査では46・6%となった。この間、岸田首相が何か画期的な政策を打ち出したわけではない。拍手を浴びるようなパフォーマンスを見せたわけでもない。「支持率の下落に不思議はないが、上昇には説明できない要素が働く」(閣僚経験者)のかもしれない。

 注目に値するのは、新型コロナウイルス感染症の終息と、内閣支持率復調の時期が重なっていることである。つまり、感染者数の収束による国民の精神的な解放感と経済活動の回復が、結果として不支持率を減らし、支持率を押し上げたといえる。「日韓の関係改善なども多少は影響しているだろうが、支持率回復はまさに幸運の女神のおかげ」(前出・閣僚経験者)だと見ることができる。

 一方、昨年7月に65歳になった岸田首相が何か吹っ切れ、とらわれない発想に大転換したことが、潮目を変化させたのではないかとの憶測もある。岸田首相の父・文武氏も、尊敬する郷土の大先輩・池田勇人元首相も、享年65歳で他界している。年齢に関係があるのかどうかは定かではないが、昨年12月ごろから岸田首相がいい意味で変わり始め、自我を強く出すようになった、との証言もある。「かくなる上は」と腹をくくったことも、支持率上昇に結びついたのかもしれない。

すべては総裁再選のため

 岸田首相が高校時代、「8番セカンド」の球児だったことはよく知られている。政治家になってからも、決して「俺が、俺が」のタイプではないことから、岸田氏の権力欲や野心、本気度を疑問視する声もあった。安倍首相(当時)に対しても政権の禅譲を期待したし、一昨年の自民党総裁選までは、人を押しのけることもしなかった。だが、ひとたび首相となると、意外なのか当然なのか、すさまじい権力欲を示している。

 永田町では今、国会や外交を含めた政治日程は、すべて来年の総裁選が念頭に置かれている。「『すべての道はローマに通ず』といわれるが、今や『永田町のすべての予定は総裁選に通ず』だ」と不満そうに吐き捨てるのは、非主流派のベテラン議員である。総裁選は1年以上も先の来年9月であるにもかかわらず、岸田首相やその周辺は、早くも総裁再選を最優先課題に位置づけ、万全の態勢で臨もうとしている。

 総裁選の日程はほぼ固定されているため、現職でも、その時々の政治状況で貧乏くじを引かされることがある。菅義偉首相(当時)は総裁再選をもくろんだが、コロナ禍の拡大によってその芽が摘まれた。しかし、岸田首相の場合、支持率が回復してきていることで、衆院選を中心とした〝スケジュール力〟を発揮することが可能になり、自身に有利な政治状況をつくり出せる。

 昨年、一部のマスコミは、参院選が終われば岸田首相は「黄金の3年間」を手に入れられ、国政選挙を意識することなく、取り組みたい政策課題に傾注できると煽(あお)った。しかし、岸田首相はこの3年間に乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負をかけるのではなく、来年の総裁再選を優先した。このため、「ただ総理でいたいためではないか。そもそも衆院の任期はまだ半分以上も残っている」(維新・中堅議員)といった冷ややかな見方もある。

 政権を担っても、安倍元首相や菅前首相、麻生太郎副総裁、二階俊博元幹事長といった〝大御所〟が羽振りを利かせてきたため、岸田首相の政権基盤は安定せず、思い通りの政権運営ができなかったという同情論もある。その意味では、政権発足から1年半が過ぎ、ようやく他の実力者たちをあまり気にせずに国家のかじ取りができるようになった。「見てろよ。次の内閣こそ本当の『第1次岸田内閣』であり、『真正内閣』だ」と豪語する主流派の参院議員もいる。

 中には「サミット後に支持率が5割を超えればすぐに衆院解散。与党の圧勝で岸田首相の再選は確実」(主流派中堅議員)と息巻く者もいる。だが、そもそも衆院選は総裁選の具として用いられるべきではない。衆院選は国民に政権の選択を求めたり、現政権の信を問うたり、国会だけでは解決しづらい重要政策の判断のために行われるべきものである。防衛費や子ども・子育て予算のための負担増を真正面から問うのであれば、衆院選の意義はそれなりに見いだせるが、単に総裁選を有利に戦うための衆院選ならば本末転倒である。

 支持率が高まれば、首相が衆院解散の欲に駆られても無理はない。だが、その欲で〝落とし穴〟が見えなくなることもある。4月の衆参5補欠選挙で自民党は4勝したものの、いずれも辛勝に近かった。維新の躍進に比べ、公明党の衰退も浮き彫りになっている。諫言(かんげん)や苦言を呈する側近がいないためか、岸田首相は自身のギャンブル運を過信しているのかもしれないが、捕らぬ狸(たぬき)の皮算用で終わる可能性がないとも言えない。

「ポスト岸田」は岸田か

 今年の大型連休、岸田首相はアフリカ4カ国を歴訪し、帰国するやいなや、今度はソウルに飛んだ。その岸田首相に劣らず翼を大きく広げ、外遊で存在感をアピールしたのが茂木敏充幹事長である。ワシントンで米国政府の主要閣僚と相次いで会談するなど、得意の外交を披露した。本人は「焦っていない」と冷静さを装うが、「ポスト岸田」を強く意識していることは間違いない。

 林芳正外相や高市早苗経済安保相、河野太郎デジタル担当相、西村康稔経産相、萩生田光一政調会長らも色気を見せるが、「帯に短し、たすきに長し」(三役経験者)のようである。来年のことを言えば鬼が笑うというが、現時点では、岸田首相の再選を脅かすほどの有力候補は見当たらない。

 本人たちの資質だけが問題であるわけでもない。岸田首相が政権を担ったとき、当初は今以上にぎこちなさが目立ったし、菅首相(当時)のときは、しばらくは官房長官のイメージが付きまとった。だが、中曽根行革や橋本行革などで官邸の機能が著しく強化されてきたため、よほどのことがない限り、首相は徐々に、そして必然的に突出した存在になる。気がつけば「岸田1強」の政治状況に近づいているのも、このためである。

 一方、麻生政権の時代、「次の総理」を問う世論調査で、当時の民主党代表の鳩山由紀夫氏が上位に入ったことがある。翻って、現在の立憲民主党に有力な首相候補がいると思う人は皆無である。のみならず、一時期は野党間の連携と協力が自民党にとって脅威となったが、今や立憲と維新は「不倶戴天(ふぐたいてん)」(維新・参院議員)の関係であり、当分の間、野党議員が有力な首相候補になることは考えにくい。

 自民党内外に有力な「ポスト岸田」候補がいないことは、内閣支持率にも大きな影響を与えている。4月の世論調査では、「支持する」最大の理由は「他に適当な人がいない」で実に半数近くを占めた。「首相を信頼」(14.3%)、「外交に期待」(11.5%)、「経済政策に期待」(7.8%)などを挙げる人が著しく少ないことを踏まえると、岸田内閣はあくまでも消極的な理由で支持されている。

 しかし、他に適当な人がいない以上、順当にいけば、岸田首相が来年の総裁選で再選される可能性は9割以上であり、「ポスト岸田」の抜きん出た最有力候補は岸田首相本人にほかならない。衆院選の結果次第では無投票再選もあり得るし、岸田首相はまさにそれを狙っているとされる。そして干されることを覚悟で総裁選に挑む〝勇者〟がいなければ、岸田首相が思い描く筋書き通りになる。
 総裁再選のための衆院選は是とされないが、百歩譲れば、岸田首相が腹をくくって「真正内閣」の審判を国民に仰ぐのであれば、それは否定されるべきではない。国民もこの際、コロナ対策という煙幕でかすんでいた政権の政策やその取り組みを十分に吟味して意思を示すべきである。ただ、「正しい判断ができるかどうか、ボールは国民の側に移った」(全国紙デスク)との指摘はその通りであるが、またまた選択肢がない不幸に突き当たるのは、至極残念なことである。

政治行政アナリスト 本田 雅俊(ほんだ・まさとし)/1967年生まれ。慶應義塾大学卒。内閣官房副長官秘書などを務めた後、98年慶應義塾大学大学院博士課程修了。武蔵野女子大学(現武蔵野大学)助教授、米ジョージタウン大学客員准教授、政策研究大学院大学准教授などを経て現在、金城大学客員教授。その間、衆院事務局顧問などを歴任した。富山県在住。

(KyodoWeekly 2023年5月22日号より転載)

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