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「特集」 今や経済大国 中国の代わりではない「インド」とのこれから

二階堂 有子 武蔵大学経済学部教授

 米中貿易摩擦やロシアのウクライナ侵攻の影響を受けて、またグローバルサウスの代弁者として、インドの地政学的な重要性が高まっている。G7広島サミットにモディ首相が招待されたのもその表れといえ、日本とインドの関係は政治・防衛分野でその結びつきが一層強化されている。

 他方、民間が中心となる経済分野はどうだろうか。今後も年率6%を超える経済成長を続け、2030年までに日本を抜いて世界3位の経済大国となるインドと、日本はいかに付き合っていくべきであろうか。

日本が追い抜かれる日

 世界銀行の「世界開発指標」によると、21年のインドの名目GDPは旧宗主国イギリスの名目GDPを抜いて世界5位となった。イギリスのシンクタンクである経済ビジネス・リサーチ・センターが20年12月に公表したレポートでは、中国が28年までにアメリカを抜いて世界最大の経済大国になるほか、インドは30年までにドイツと日本を追い抜き、世界3位の経済大国になると予測されている。

 こうした経済予測の背景には、インドが40年ごろまで「人口ボーナス期」にあることがあげられる。国連の22年版人口推計によれば、21年のインドの人口は世界2位の14・1億人であったが、今年中に中国を抜いて世界一の人口国となる。経済成長にとってより重要なのは人口規模よりも人口構成であり、長年にわたり一人っ子政策を実施してきた中国が今後、少子高齢化局面へ進むのに対し、インドでは生産年齢人口(15~64歳)の総人口に占める割合が30年中葉に68・9%のピークを迎えるまで上昇し続け、その後も40年ごろまで高い水準が続く(図1)。

注:2021年までは推計値、2022年以降は中位予測に基づく
出所:国際連合、World Population Prospects 2022

 人口構成が経済成長にどのような影響を与えるかについて、経済成長率を労働の成長と資本蓄積の成長、技術進歩(生産性の向上)に分解する「成長会計」の概念に基づいて説明すると、インドの豊富な生産年齢人口は、労働投入量の増大を通じて経済成長を促すほか、従属人口(14歳以下、65歳以上)に対する社会保障など扶養負担が低下するため貯蓄・投資が増大し、インドの経済活動を活性化させる。さらに、教育の普及が人的資本の蓄積を通じて生産性の向上をもたらしうる。こうした人口動態の優位性は「人口ボーナス」と呼ばれ、インドの潜在成長率を高めているゆえんである。

 もっとも、国民の平均的な豊かさの指標である、GDPを人口で割った「1人当たりGDP」でみれば、インドの1人当たりGDPはまだまだ低い(世界銀行によれば、21年のインドの1人当たりGDP〈名目値〉は2256ドル、日本は3万9312ドル)。しかし、図2の世帯所得に基づく市場分類が示すように、総人口の約30%を占める貧困層(約4・2億人)が少額の商品・サービスを購入するだけでもかなりの市場規模に上るほか、この層がやがて中間層へ移行することを考えると、早くからこの層にブランド名を浸透させることで将来の購買拡大につながる。昔の日本がそうであったように、インドの村では先に参入した企業が有利になるため、インド進出は早ければ早いほどいい。


異なる戦略拠点

 図3は国際協力銀行が毎年実施している「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」から、中期的(今後3年程度)に有望な事業展開先についての回答を得票率で示したものである。中国の人件費上昇のほか、対中関係が悪化するたびにインドへの期待が高まる傾向がうかがえる。ただ、実際にインドへ投資計画があるか進出している企業は、中国や先発ASEANといった東アジア諸国に比べ少ない。図4より、製造業でインドへ進出した日本企業は05年の87社から19年の294社へと増加しているが、中国やタイへの進出も増加しているので、その差はあまり変わっていない。

注:複数回答が可能なため、得票率の合計は100%を超える
出所:国際協力銀行『わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告』各年度版

出所:経済産業省「海外事業活動基本調査」から作成

 東アジアでは、日本企業をはじめとした外資系企業を積極的に誘致し、労働集約的な製品の輸出を通じて経済成長を遂げてきた。同時に東アジアでは日本企業の進出に伴い、日本や中国、他のアジア拠点との生産コストに基づいた垂直的な国際分業体制、すなわちサプライチェーンが構築されていった。その一方で、インドとの関係ではこうした経験が繰り返されていない。その理由として、インドの製造業、特に労働集約的産業が置かれてきた環境にヒントがある。

 インドはイギリスから独立後、自立的な経済発展とその発展の恩恵が国民・地域に公平に行き渡る経済社会を目指して輸入工業化を開始した。具体的には、国有企業主導で重化学工業化を進める一方で、雇用創造や地域分散、公平な所得分配を目的に小規模企業へ支援政策を講じ、労働集約的な消費財の生産は排他的に小規模企業に留保された。そのため、大規模企業は国有企業や小規模企業が担わない業種に参入が許可された。また参入が許可されても、100人以上労働者を雇用する事業所は、解雇に際し州政府の許可が必要であった。1991年の経済自由化以降、小規模企業への製品留保は撤廃されたが、すでに時遅し。グローバル化で国際競争が加速するなか、大規模企業は国内調達・自社生産よりも中国から輸入したほうが低コストのため、対中輸入が増大した。その結果、インドでは東アジアでみられたような光景、大きな工場でたくさんの労働者が働くことが当たり前にならなかった。

 他方、直接投資の段階的な緩和に伴い、自動車など資本集約的な産業に参入した日系企業は、先の労働法の適用外となる請負・派遣労働者を一定期間内で入れ替えるなどで対応してきた。また、日系企業は国内市場向けの販売が多いが、近年は中東やアフリカへの輸出も徐々に増やしており、インドは東アジアとは異なった戦略拠点となりつつある。

日印で相互補完を

 人口ボーナス期にありながら、その豊富な労働力人口に量・質とも十分な雇用が創出されていない現状となっているが、2010年代以降、製造業を取り巻く環境に変化が表れている。まず、毎年労働市場に加わる若年層に対する雇用創造のために、製造業の振興を目指した「メイク・イン・インディア」が開始された。このイニシアチブでは、製造業への投資を促進するために、参入規制の緩和や事業開始に伴う手続きの簡素化などビジネス環境の改善がすすめられている。また、複雑に入り組んだ29の労働関連法を四つに集約する労働改革は2020年に議会で成立し、施行されれば解雇時に州政府の認可が必要な事業所は300人以上労働者を雇用する場合へと緩和される。

 次に、若年層により良い職業機会を与えるため、職業訓練の強化に向けて「スキル・インディア」が開始された。インドには1950年代からITI(産業訓練校)が設立され職業訓練の長い歴史があるが、職業訓練が実際のニーズと合っていないことや訓練の提供される業種が限られることが指摘されてきた。また訓練校を修了しても製造業で働きたがらない若者が多い。近年は、冷房の効いたところで働きたい、上司がいない職場で自分の好きな時間に働きたいと、Uberドライバーなどギグワーカーになる若者も多い。

 こうしたインド政府の試みを具現化させるために日本の強みが生かされよう。インドでは、自分の手を仕事で使う割合と社会的ステータスは反比例するという伝統的な考えがあり、ホワイトカラーが工場の現場を経験することはなかったし、ブルーカラーは数量をこなすことに注力してきた。すでに自動車産業の日系企業が職業訓練校に協力したり、独自の訓練所を開設したりしているが、製造業に対するイメージ改善や品質への理解向上に貢献できる。一般的なインド人の日本のイメージは「技術力が高い」というものであり、こうした動きが自社製品へのファンを増やし、会社への忠誠心を高める可能性もある。

 他方、経済産業省の中位シナリオによると、日本では2030年に45万人のIT人材が不足するという現状で、インドの強みであるIT技術・人材を活用すべきである。インドのエリートは言語の壁がない欧米を目指す傾向にあるが、キャリアパスを明確に示すなど日本で働く魅力を高める努力が必要である。こうしたそれぞれの強みを生かした相互補完により、日印関係は中国とは異なる次元の関係が築けるはずである。

武蔵大学経済学部教授 二階堂 有子
にかいどう・ゆうこ/法政大学大学院博士課程退学、東京大学社会科学研究所助手、武蔵大学准教授、Fellow, Jawaharlal Nehru University (Delhi)、Visiting Scholar, Institute for Social and Economic Change (Bangalore)などを経て現職。中小企業政策の効果や女性のエンパワメントなどインドの包摂成長に関する研究を行っている。

(KyodoWeekly 2023年5月15日号より転載)

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