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【週末映画コラム】役所広司が演技力と表現力の高さを示す『PERFECT DAYS』/実際の「エメット・ティル殺害事件」を映画化『ティル』

『PERFECT DAYS』(12月22日公開)

 東京の下町で暮らし、渋谷でトイレの清掃員として働く平山(役所広司)。一見淡々と同じ毎日を繰り返しているように見えるが、彼にとっての日々は常に新鮮で小さな喜びに満ちている。

 平山の楽しみは、昔の音楽をカセットテープで聴くことと、休日のたびに古本屋で買う文庫本を読むこと。そんな彼の人生は風に揺れる木のようでもあった。そして木が好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、木々の写真を撮っていた。ある日、そんな彼の静かな日常にちょっとした変化が訪れる。

 渋谷区内の17カ所の公共トイレを、世界的な建築家やクリエーターが改修する「THE TOKYO TOILET プロジェクト」に賛同したビム・ベンダース監督が、渋谷の街、そして同プロジェクトで改修された公共トイレを舞台に描く。役所がカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞。共演に中野有紗、田中泯、柄本時生、石川さゆり、三浦友和ら。

 ベンダース流の“現代の小津安二郎映画”とも呼ぶべき傑作。役所演じる主人公の名字が、小津映画でよく笠智衆が演じた役名と同じというところで、すでにベンダースは種明かしをしているわけだが。

 さてこの映画、事件らしい事件はほとんど起こらない。そして全てを語らない省略の妙(例えば平山の過去)や、几帳面でこだわり性の平山が、毎日繰り返す規則性のある動きや丁寧な仕事ぶりを見せながら、見る者に不思議な安心感を抱かせるあたりに、小津の影を感じる。

 一方、寡黙な平山が表情や目線で語ることによって、彼がふとした瞬間に浮かべるほほ笑みの効果が倍増する。加えて、終盤の三浦と影踏みに興じるシーンから、エンディングの、平山の泣き笑いの表情をアップで捉えた長いショットにつながる一連が、平山の人生に対する満足と後悔を同時に表現していて見事だった。全ては役所の演技力、表現力の高さによるもの。平山と接する人たちや街の点描も秀逸だ。

 役所が主演した『銀河鉄道の父』の成島出監督にインタビューした際に、「役所さんのすごいところは、本当に役に成り切るところ。あの年齢で、自分の我や個性よりも役が強いという。あのレベルの俳優でそれができるのは、僕が知っている範囲では役所さんだけ」と語っていたが、この映画を見て、その言葉に納得した。

『ティル』(12月15日公開)

 1955年、米イリノイ州シカゴ。夫を戦争で亡くしたメイミー・ティル(ダニエル・デッドワイラー)は、空軍で唯一の黒人女性職員として働きながら、14歳の息子エメット(ジェイリン・ホール)と平穏に暮らしていた。

 ある日、エメットは生まれて初めて故郷を離れ、ミシシッピ州マネーの親戚宅を訪れる。しかし彼は飲食雑貨店で白人女性キャロリン(ヘイリー・ベネット)に向けて口笛を吹いたことで怒りを買い、キャロリンの夫らに拉致され、激しいリンチに遭い、殺されてしまう。

 変わり果てた息子と対面したメイミーは、この陰惨な事件を世間に知らしめるべく、息子の遺体を公開することにするが…。

 1950年代のアメリカで、アフリカ系アメリカ人による公民権運動を大きく前進させるきっかけとなった実際の事件「エメット・ティル殺害事件」を映画化。監督はシノニエ・チュクウ。ウーピー・ゴールドバーグがメイミーの母親役で共演し、製作にも名を連ねる。

 アメリカでは、ボブ・ディランの「エメット・ティルの死」という歌があるほど有名な事件のようだが、恥ずかしながらこの事件のことは全く知らなかったので映画の内容は衝撃的だった。だが、数々の映画賞で女優賞を受賞したデッドワイラーが、前回のアカデミー賞やゴールデングローブ賞では候補にすらならなかったところに、まだまだ根強い差別が内在すると考える向きもあるようだ。

 試みとして、この映画の前後に、30年代を舞台に白人女性への暴行の罪に問われた無実の黒人青年の裁判を描いた『アラバマ物語』(62)と60年代の白人によるリンチ殺人を描いた『ミシシッピー・バーニング』(88)を置いてみると、一つの線でつながる気がする。

(田中雄二)

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