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フィリピン、邦人社会の変遷  【水谷竹秀✕リアルワールド】

 日本全国で相次いだ広域強盗事件で、フィリピン拠点の特殊詐欺グループの指示役とされる今村磨人容疑者(39)ら4人が9月12日に再逮捕され、再び「ルフィ」報道が過熱している。東京都狛江市で1月に住人の女性が死亡した事件では、今村容疑者がフィリピンの収容先から「困ったら無理やり殴ってもいい」と指示したとされ、犯行の残忍さが明らかになった。

 一連の事件はこの幹部4人だけでなく、20代の日本人女性も複数関与し、約1万5千人いるフィリピンの邦人社会に、こうした若者たちが潜んでいた実態に改めて驚かされる。

 というのも、私がフィリピンで新聞記者として働き始めた約20年前、日本とフィリピンを往復する飛行機に乗る邦人の大半は中高年の男性で、若者の姿は珍しかった。

 首都マニラでは当時、日本人絡みの事件が多かった。観光客は頻繁に睡眠薬強盗に巻き込まれ、殺害事件も多い年では5件以上発生。加害者としては、薬物所持や詐欺などの逮捕事例が相次いだほか、日本で犯罪に手を染めた逃亡犯も潜伏していた。

 そんな取材が立て続けに入り、警察と現場を駆け回っていると、南国独特の「裏社会」が垣間見えてきた。

 歴史をひも解けば、フィリピンの治安に対するイメージを決定づけたのは、1986年11月に起きた三井物産マニラ支店長誘拐事件だ。その頃、日本の夜の街ではフィリピンパブが繁盛し、ホステスを日本に招聘(しょうへい)するブローカーや暴力団関係者がフィリピンとの間を行き来し始めた。こうした背景が、保険金絡みの邦人殺害事件や逃亡犯の巣窟と化す“呼び水”になった事実は否定できない。やがて「フィリピン=治安の悪い国」というイメージが定着した。

 その潮目が変わった最初の出来事は、2005年3月に日本の法務省令改正が施行され、パブで働く女性らの査証審査が厳格化されたことだ。これによって来日するフィリピン人女性は激減し、パブも軒並み閉店に追い込まれた。

人懐こいフィリピンの子どもたち=2021年、マニラ(筆者撮影)

 

 フィリピンの語学留学が10年頃から盛んになったのも大きい。欧米に比べて授業料が安く、そして何よりも先生と生徒によるマンツーマンレッスンが好評を博し、日本の大学生や若者を中心に一気に広まった。観光地としても有名なセブ島には、語学学校が雨後のたけのこのようにできた。IT系の若手起業家も集まり、フィリピンに新しい風が吹き始めたのだ。

 この潮流に呼応するかのように、邦人殺害事件の発生件数は明らかに減り、ここ最近は年間1件ペース。だからもう、かつてのようなネガティブな印象は払拭されたと思い込んでいた。

 ところがだ。フィリピンを拠点とする特殊詐欺グループの実態が今年に入って次々に明るみになり、またフィリピン入管当局の腐敗体質にも批判が集中し、せっかく築き上げられてきたイメージがぶち壊された。

 フィリピンはホスピタリティーにあふれる温かい国だ。この負の一面だけが今後、一人歩きしないかが気がかりである。

水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年10月2日号掲載)

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