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拳銃の弾頭がプラ製になっても 【平井久志✕リアルワールド】

 韓国は「安全な国」とされてきた。その韓国で通り魔事件が相次ぎ、社会不安が広がった。

 7月21日に地下鉄の新林駅付近で、30代の男が通行人を刃物で次々に襲い、20代の男性が死亡し3人が負傷した。8月3日には城南市の商業施設内で20代の男が通行人を刃物で襲い、男女9人が重軽傷を負った。男はその前に乗用車で歩道に乗り上げ5人が重軽傷を負い、このうちの60代の女性が同月6日に死亡した。

 城南市の事件後、ネット上では、「駅で人を殺す」などと殺人予告の書き込みが相次いだ。警察庁国家捜査本部は8月11日、同日午前9時までに全国で315件の殺人予告を摘発し、投稿者119人(重複投稿4人)を検挙したと発表した。8月7日までに検挙された容疑者65人のうち34人は未成年者で、満14歳以下も多数含まれた。

 韓国政府は8月29日に来年の予算案を発表したが、「通り魔犯罪対応予算」として、警察官に「低威力拳銃」を支給するための予算86億ウォン(約9億5千万円)を計上した。2024年には約5700丁を、3年間に2万9千丁を導入する計画だ。

 この低威力拳銃は、弾頭がプラスチック製で、その威力は警察がこれまで使ってきた38口径拳銃の10分の1程度だという。太ももを撃った場合は、銃創の深さは約6センチで骨までは到達しないように開発された。これまでの銃より25%軽く、発射時の反動も小さいという。

 韓国では19年から21年の3年間で、警察官が犯人鎮圧過程で拳銃を使ったのは15件(殺人4件、暴力11件)だった。これは拳銃使用に厳しい基準があり、第三者に被害を出さない必要があるからだ。さらに、後で拳銃使用に対し訴訟が起こされる場合などを考えると、警察官も慎重にならざるを得ない。警察官が低威力拳銃だからといって、やたらと拳銃を使用するようになっても困る。

 検事出身の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は1年前に交番の警察官に会った後で「射撃訓練を強化し、警察官一人一人に専用の拳銃を支給する案を検討すべきだ」と警察庁に指示した。現在は、交番などには約5万人の警察官がいるが、38口径拳銃2万2千丁の拳銃が支給されている。今後は「低威力拳銃」を配備し、既存の拳銃と合わせて「1人当たり1丁」の水準に高める方針だ。

 夏休み休暇中だった尹大統領は8月4日、城南市の通り魔事件が起きると「警察力を総動員して超強硬対応を取るように」と指示した。尹政権は通り魔事件やネットの殺人予告事件に「厳罰主義」で臨む姿勢だ。しかし、ネットの殺人予告の容疑者には未成年者も多く含まれている。

 通り魔事件の犯人の多くは「なぜ自分だけが疎外されているのか」などと考え、社会との回路が閉ざされている場合が多い。SNSの発達で、こうした事件が発生すると、社会不安が一気に広がってしまう。

 低威力拳銃は確かに一つのアイデアかもしれないが、若者が社会から途絶しないような社会をつくる、もっと本質的な対応を取る必要もあるように思うのだが。

平井久志(ひらい・ひさし)/共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年9月18日号掲載)

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