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「特集」 犯罪の対象に 「性的グルーミング」とは何か

櫻井 鼓 追手門学院大学准教授

 「グルーミング(grooming)」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。ペットを飼っている人などは、動物の毛づくろい、ということをイメージするのかもしれない。しかし、ここで取り上げるのは、性的グルーミングのこと。にわかに注目されるようになった言葉のほうである。

刑法改正案で規定

 今年3月、1年以上にわたり国において審議をされてとりまとめられた刑法改正案が閣議決定され、現在国会で審議中になっている。その改正案に、新たに盛り込まれたのが、いわゆる「性的グルーミング罪」である。 性的グルーミングとは、若年者をわいせつ目的で懐柔する行為のことを指す。この行為が犯罪として新設されたのには、こういった手なずけなどの行為によって若年者がだまされたりして、性交などやわいせつ行為をされてしまう実態が知られるようになってきた背景がある。ある意味、詐欺のようなものといえるかもしれない。

 加害者が脅したり暴行を加えたりするという手段を用いていないために、性交などやわいせつ行為がなされている時点を切り取ってみれば、現行の法律では性犯罪として扱われないが、加害者が、若年者をだましたりしてわいせつ目的を達成できてしまっている現状を何とかしなければならない、という問題意識に基づいている。架空事例ではあるが、次のようなケースが挙げられる。

 ある中学生Aが塾に通っていて、塾講師Bに勉強を教えてほしいと訴えた。BはSNSアカウントを交換することを提案し、Aは勉強を個人的に気軽に教えてもらえるなら、と抵抗なく伝えた。Bは、SNS上では、始めこそ勉強を教えていたけれど、次第に家庭のことなどAの個人的悩みを聞くようになった。そして、Aが実は両親の仲が悪く、家に居場所がないのだという悩みを打ち明け始めると、Bはそれならば、ウチに来ればよいと提案してきた。Aは、勉強も教えてくれ、自分に優しく接してくれるBに好意を抱くようになっていき、次第に寂しい時などはBの家で過ごす時間が増えていった。そうこうするうちに、ある日、AがBの家でくつろいでいると、BはAにいきなりキスをしようとしてきた。Aは、「付き合っているわけじゃないから」となんとか拒否したが、Bから「好きだ」と告白されたので断りきれず、キスをした。さらに下着の中にも手を伸ばされたが、Bを怒らせるのも嫌なのでそのまま受け入れた。後日、Aの保護者が知るところとなり、Bを問い詰めると、BはAに好意など寄せていなかったのである…。

SNSを介して被害も

 刑法改正案では、若年者が性被害に遭う事態を未然に防止することが必要であるとされ、性行為に至るよう若年者をミスリードする性的グルーミング行為を処罰することになった。犯罪が実行される前を捕捉しようというのだから画期的であるといえるだろうし、それゆえ、当初、性的グルーミング行為を法律上処罰するのは難しいのではないかとの声もあった。

 今回の改正案では、性的グルーミング行為について大まかに二つの類型が想定されている。一つは、先の事例のように、家やホテルなどに誘われるような対面の状態で行われるものを想定し、16歳未満にわいせつ目的で、だましたり、お金を渡したり、拒まれたのにもかかわらず繰り返したりして、面会を要求する行為を処罰することになっている。

 もう一つは、最近の情勢を反映し、対面でなくても、オンラインなど遠隔で行われる性犯罪が捉えられている。児童がだまされたりして自分の裸体などの映像を送信してしまういわゆる「自画撮り被害」の増加が社会的に問題になっているが、改正案では、16歳未満に、一定の性的な姿態を撮ってその映像を送信することを要求する行為を処罰することになっている。

 SNSを介して知り合った相手と共通の話題で盛り上がり、かわいいと褒められたことでうれしくなって、求められるままに自分の裸の画像を送信してしまったというのは典型例である。

出典:櫻井 鼓「性犯罪・性暴力被害の実態と課題 -ネットを介した性被害調査-」に関する報告資料より抜粋
(「全国犯罪被害者支援フォーラム2022」 2022年10月17日報告)

 対面型と遠隔型と書くと手口も二分されるように思われるかもしれない。しかし、実際に性的グルーミングが行われる手口自体は、本当にさまざまだというのが実感である。

 例えば、リアルな世界の知り合いから、SNS上で、繰り返しわいせつ行為をすることを求められたというケースがある。このケースでは、成人の加害者は、対面場面では1度も要求はせず、何もなかったかのようにそれまで被害児童が抱いていた尊敬できる人として変わらず振る舞っていた。

 しかし、帰宅して2人でSNS上でやりとりをする場面では、冗談めかしたり見返りを求めたりするような、普段とは異なるありようで、繰り返しわいせつ行為を要求する。児童はそのギャップに混乱していく。そして最終的には、わいせつ行為を断れなくなったのだった。

  今回の改正案では、性的同意年齢が16歳に引き上げられたことも話題となった。ただし、例えば15歳同士が同意した上で行う性的行為を処罰することのないよう、13歳以上16歳未満の者については、5歳以上年上の者が相手であった場合に限られることになっている。

 先に、性的グルーミング罪の被害者の年齢は16歳未満であることを書いたが、この年齢は性的同意年齢と呼応して設定されている。すなわち、性的グルーミング罪が成立するのも、被害者が13歳以上16歳未満の場合は、相手が5歳以上年上の者に限られている。

 しかし、実際には、高校生が中学生に対して行う性的グルーミングも起きている。相手の悩みを聞き出し、会話の中に性的話題を入れ始め、徐々に行為をエスカレーションさせ、わいせつ行為に至る。そしてその高校生が、別の中学生にも同じ行為を繰り返す、ということがある。もちろん、法律に当てはめることが問題解決の本質ではないし、青少年の場合、家庭内のしつけや教育上の指導で対処されることもあるだろう。しかし、5歳まで年齢が離れていないこういったケースをどうしていくのかは、今後の課題だと感じている。

子どもの孤独感を利用

 被害者がだまされるのだから、性的グルーミングには心理的な操作が用いられている。被害を被害として認識できずに相手と付き合っていた、と主張するのは、むしろ被害児童のほうであったりする。だからこそ、被害防止のためには、そのプロセスを明らかにすることが重要になる。

 現在私は、SNSで展開される子どものオンライン・グルーミングに関心を寄せ、研究を行っている。オンライン調査会社に委託し、若年成人2万人を対象に18歳未満での経験を尋ねた調査を行った。

 自画撮り画像を送信した経験のある人に、その当時の相手の言動がどうであったかを尋ねると、「強要されたり、脅されたりした」よりも、「何度も」や「普段と同じ気軽な調子」で言われた場合に、画像送信している割合が多かった。

 つまり、子どもは、畏怖して送ってしまうというわけではなさそうなのである。実際、何度も言われる、ということはオンライン・グルーミングの特徴だという気がする。SNSでは、頻繁に連絡がくればメッセージはたまっていく。特定の相手とのやりとりが読み返しやすくなる。

 心理学の分野では、何度もその情報に接することで好印象を抱くことを「ザイオンス効果」と呼ぶが、相手に興味を抱くきっかけだと思う。そして、頻繁に連絡が来ていた相手から急に連絡が途絶えることがあり、今度は不安な気持ちをかき立てられ、さらに相手のことが気になってしまう。

 加えて調査では、子ども側の要因を分析したところ、孤独感が関連していることが推測された。居場所がなくどこか寂しさを抱える子どもが、相手から褒められて画像送信してしまうことはある。

 また、そもそも心に傷をもつ子どもが、加害者から家庭がうまくいっていないなどの相談を持ちかけられ、加害者の傷つきに同一化することで同情し、要求に応じてしまう、ということも起きている。

 加害者はそういった子どもの孤独を見抜いており、利用する。性的グルーミングとは、子どもの孤独感につけ込んだ「疑似的つながり」のギミックである。

私たちに求められること

 私は捜査機関に勤務していたころから、性的同意年齢が13歳であることは知っていたにもかかわらず、法律に定められているのだからそういうものだと思っていた。しかし、現状に照らせば改善されるべきだという声が挙がり、世の中が変わろうとしている。

 性的グルーミングは、刑法改正案に新設されたことや、その言葉の使いやすさからか、メディアにも頻繁に取り上げられるようになった。被害者支援に携わってきている立場からすれば、潜在化しやすい被害を顕在化させ、広く関心をもっていただけるようになることはありがたい。今は「性的グルーミング」という言葉が先走っている感が否めないが、さらに解像度を上げ、その実態を知り、対処法を明らかにしていくことが必要だろう。

 そして、子どもの心に思いをはせたい。SNSが広がり、「いいね」欲しさに、等身大の自分ではないところで、他者と結び付いてしまっている子どもたちがいる。子どもが、疑似的つながりではない、真のつながりを得て大人になっていけるような働きかけをしていくことが、今、私たちに求められている。

追手門学院大学准教授 櫻井 鼓(さくらい・つつみ)/横浜思春期問題研究所研究員、公認心理師、臨床心理士、博士(教育学)。警察庁犯罪被害者支援室、神奈川県警察本部被害者支援室で初の心理職員として犯罪被害者支援に従事した後、現在は子どものトラウマや性犯罪被害者、交通事故事件被害者の研究、犯罪被害者の精神鑑定などに携わり、警察庁交通事故被害者サポート事業検討会委員も務める。

(KyodoWeekly 2023年5月29日号より転載)

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