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「特集」 迷走する総合経済対策 持続的な実質賃金増加を

木内 登英
野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト

期待薄の景気浮揚効果

 岸田文雄政権は11月2日に総合経済対策を決定した。その中で、賛否入り乱れて大きな議論に発展したのが、所得減税と給付金である。4万円の所得減税と扶養家族への4万円の給付金の総額は3・6兆円程度となり、それは実質国内総生産(GDP)を1年間でプラス0・12%押し上げると試算される。

 これに、非課税世帯への7万円の給付金などを加えると、総額は5・1兆円程度、実質GDPの押し上げ効果はプラス0・19%になる計算だ。さらに、来年4月までのガソリン補助金、電気代・ガス代補助金という物価高対策は総額1・2兆円、実質GDPの押し上げ効果はプラス0・05%になると試算される。減税、給付金、補助金の経済効果をすべて足し合わせると、1年間の実質GDPの押し上げ効果はプラス0・23%となる。

 総合経済対策の目玉である所得減税・給付金及び補助金は、総額6兆円超の規模に達するにもかかわらず、実質GDP押し上げ効果はプラス0・23%と限定的であり、費用対効果は概して低いと感じられる。恒久減税ではない時限措置の減税や、一時的な給付金は貯蓄に回る割合が高くなることが、経済効果が限定される大きな理由である。

 総合経済対策全体でみれば、実質GDP押し上げ効果は推計でプラス1・2%と、多少の経済効果は期待できるものの、そのうち比較的大きな効果を生むと推定されるのは、景気浮揚効果が大きい公共投資中心の「国土強靭化、防災、減災」という項目だ。しかしこれは、毎年秋の経済対策、補正予算に計上されているものであり、いわば常連だ。そのため、前年と比べた場合の景気浮揚効果はあまり期待できないはずである。

 この「国土強靱(きょうじん)化、防災、減災」の、実質GDP押し上げ効果の推計値であるプラス0・6%を除くと、総合経済対策全体の実質GDP押し上げ効果は約プラス0・6%に過ぎない。

補助金制度延長の問題

 政府は、ガソリン、電気・ガス代の補助金制度を来年4月まで延長することを決めた。物価高騰が国民生活を圧迫する中、国民の間では補助金の延長を歓迎する向きは少なくないだろう。しかしそれには、いくつかの問題があることを忘れてはならない。

 第1に、時限措置として始めたはずの補助金制度の延長が繰り返され、出口が見えなくなってしまったことだ。ガソリン補助金は2022年1月から続けられている。この先も原油高、円安が定着する場合には、財政支出が際限なく増加を続けていくことになってしまうだろう。その結果、財源を担う国民の負担も同様に膨れ上がっていくのである。

 第2に、原油価格の上昇や円安といった環境の変化を受け、企業や国民は、自らの経済行動を柔軟に変えて、それに順応していくことが、本来は求められるところだ。過去のオイルショック(石油危機)のように、それが経済をより効率的にさせることもあるだろう。しかし、政府が補助金制度を通じてエネルギー価格の上昇を抑え、市場機能をゆがめることで、そうした市場経済のダイナミズムは失われてしまうのである。

 第3に、ガソリン補助金制度は、ガソリン需要を抑え二酸化炭素排出量を減らしていくという、政府の脱炭素の方針に反するものだ。ガソリン価格の上昇は、個人がガソリン車の利用を減らし、EV(電気自動車)や公共交通機関の利用にシフトすることで二酸化炭素排出量を減らすように、個人行動を大きく変える好機でもあるはずだ。

 このように、補助金制度の安易な延長には問題が多い。一方、物価高で経済基盤を失ってしまう人や零細企業を救済することは重要である。そこで、所得制限付きの補助金、給付金など、一部の弱者に絞って支援する新たなセーフティーネット策へと、今の補助金制度を全面的に衣替えすべきではないか。

大義なき減税・給付金

 今回の経済対策では、何のために減税・給付金が必要なのかについて、国民に十分に説明されていない点が大いに問題だ。いわば「大義」が感じられないのである。

 景気刺激のため、物価高対策のため、デフレ脱却を確実なものにするため、税収の上振れ分を国民に還元するため、といった政府の説明は、いずれも説得力を欠くものである。

 日本経済全体の需給関係を示す需給ギャップは、内閣府の推計では23年4〜6月期にプラス0・1%と、19年7〜9月期以来3年9カ月ぶりにプラスに転じた。この観点から、現状では財政政策を通じた需要創出策は必要ないことになる。

 また、物価高による国民生活の打撃を和らげるための減税・給付金ということであれば、それは補助金制度の延長と重複した政策となってしまう。さらに政府は、所得減税や給付金について、デフレ脱却を確実なものとするための施策、と中長期の観点に基づくものであるとの説明もしている。しかし、既にみたように、短期的な経済効果が限られる施策が、中長期的に大きな経済効果を発揮することはないだろう。

「国民への還元」は何か

 今までは、マイナスの需給ギャップを穴埋めすために経済対策が必要、と与党内ではしばしば主張されてきた。しかし、需給ギャップがプラスになったことで今度は、税収の上振れ分を還元するため、と経済対策が必要な理由の説明を変えたように思われる。

 政府は、税収増加分を国民に還元する、と説明している。20年度から22年度までの2年間の所得税、住民税の増収分が約3・5兆円であることから、それとほぼ同額の所得減税及び扶養家族への給付を決めたとみられる。

 過去2年間での税収増加は、経済がコロナ問題の打撃から立ち直ってきたことが背景にある。しかし、コロナ問題が深刻な局面では、国債発行を通じて政府は歳出を急増させ、財政赤字は大幅に拡大したのである。その際の国債発行増加は、経済がコロナ問題の打撃から立ち直る中で、増えてくる税収によって後に賄うのが建前ではなかったか。

 そもそも、巨額の財政赤字が続いているということは、構造的に歳入を上回る歳出が行われていることを意味する。税収は余っているわけではなく、絶対的に足りないのである。この点から、税収の上振れ分は、国民に還元するのではなく、財政赤字の穴埋めに使われるべきだ。

 鈴木俊一財務相は、所得減税と給付金の原資はなく、それは新規の国債発行で賄われると説明している。この点からも、「税収増の国民への還元」は意味不明ともいえるだろう。

 今回の経済対策は、国民受けを狙って、総花的でバラマキ的な性格が見られる。春の骨太の方針では、コロナ禍で増加してしまった歳出を、平時に戻す「正常化」がうたわれた。しかし、今回の経済対策は、そうした方針を短期間でほごにしたようにも見える。

 また、基金を多用することで、対策規模を大きくする狙いも感じられるが、国会、国民の監視が行き届きにくい基金の活用は、重要な国民の税金の無駄遣いにつながりかねない。

 このように、今回の総合経済対策は、以前から政府の経済運営、財政政策が抱える問題を、まとめて一気に露呈させたようにも感じられる。将来に大きな課題を残した経済対策となってしまったのではないか。

労働生産性上昇率向上を

 今回の所得減税・給付金では、政府の大盤振る舞いが目立ったが、重要なのはその財源は税金や国債であることだ。それらは現在および将来世代の国民の負担である。所得減税・給付金は決して政府から国民への〝施し〟なのではなく、国民が負担するものだ。この点を理解していれば、多くの国民は、所得減税・給付金によって将来の生活が良くなるとは感じにくいのではないか。

 物価高という逆風のもとでも、国民が先行きの生活に明るい希望を持てるようになることが最も重要なことであり、時限的な所得減税や給付金では役に立たないだろう。政策面で最も重要なのは、日本経済全体の成長力を強化し、労働生産性上昇率を引き上げることであり、それに見合う形で実質賃金が上昇していくという展望が持てるようにすることだろう。

 9月の実質賃金上昇率(名目賃金上昇率ー物価上昇率)は前年同月比マイナス2・4%と18カ月連続のマイナスとなり、物価上昇率に賃金上昇率が追い付かず、国民生活は圧迫され続けている。企業は賃上げに前向きになってはいるが、近い将来、実質賃金がプラスになる可能性は低い。政府は、所得減税や給付金によって個人の可処分所得を引き上げる、と説明しているが、一時的に所得が増えても、実質賃金が継続的に上昇するという展望が開けてくるわけではない。

 企業と労働者の間の分配に変化がない場合、実質賃金の上昇率は労働生産性上昇率に一致する。持続的に実質賃金が高い上昇を続け、将来の生活が改善していくとの明るい展望を個人が持てるようになるには、労働生産性上昇率を引き上げることが最も重要だ。

 バブル期には年間プラス3%台半ば程度であった労働生産性上昇率は、現在ではせいぜいプラス0・5%程度まで落ちてしまっている。政府に求められるのは、一時的なバラマキ政策ではなく、労働生産性上昇率の向上につながる成長戦略の推進である。

 岸田政権が打ち出している構造的賃上げ実現に向けた三位一体の労働市場改革、有効な少子化対策、持続的なインバウンド需要の拡大を可能とするインバウンド戦略、外国人労働者の活用強化、大都市集中の是正など、骨太の成長戦略を集結させ、先行きの成長期待を高める努力を政府には強く期待したい。

野村総合研究所 木内 登英​(きうち・たかひで) 1963 年生まれ。千葉県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。1987年野村総合研究所入社。野村総合研究所ドイツ、野村総合研究所アメリカ勤務などを経て2004年野村證券に転籍。07年経済調査部長兼チーフエコノミスト。12年7月〜17年7月、日本銀行政策委員会審議委員。17年7月から野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストを務める。

(Kyodo Weekly 2023年12月11日号より転載)

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