KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

後ろには「現実」はない 【サヘル・ローズ×リアルワールド】

 「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」ふと、寺山修司さんの言葉がこだました。2023年も悲しく心がこぼれ落ちていくような感覚が多くあリました。

 どうして逆行していくのだろう? そんな時、ふと目線を足元に下ろすと美しい蛾(が)が止まっていた。静かに世界を見据えていくかのような羽。よく小さい頃から「蛾は汚いから触らないほうがいい」と聞いていた。その当時から個人的には謎だった。どうして「蛾はきれいではないの? 汚いの?」。

 蝶(ちょう)は愛されるけど、蛾と蝶のその差はなんだろうか? もちろん生物学的に違うのは分かる。だけど、なぜ蛾が汚いのかという理由を尋ねても「分からないがなんとなく」の回答が多くある。ふと、これって差別? もちろん人ではないけれど、蛾からしたら「差別」になるかもしれない。差別をしている人だって、無意識な場合が多くある。悪気はないが、よく分からないことへの恐怖心の防御柵。きっと「蛾」に対しても、ひょっとすると誰かが発した印象からでは?

luminous bulb and butterflies flying on light
イメージ

 ここで気づいてほしい。私たちって、いつの間にか「なんとなく」で生きていることに。なんとなくの日常と、なんとなくの記憶と、なんとなくの情報100%に身を置いているが、それでいいのだろうか? 人間の立場も年齢も役職も関係ない、誰かのせいにすることは簡単かもしれないけど、「なんとなく」の末路は「なんとなく」でしかない。

 近年、国内外問わず無責任な報道や妄想でしか語られていない報道もよくある。だけど、報道の不自由を抱える日本社会の中で正義を貫く方々も多くいる。ところが、被害者がまるで加害者のようになっていく。

 小中学生の頃だったか、学校の課題で自分の新聞を作る機会があった。それぞれのグループで作成。図書館で一生懸命、資料を集めて調べたり、双方からの言葉に耳を傾ける。そして最後に苦戦していたのがタイトル決めだった。中身を読んでもらうために「強い言葉を並べる」「インパクト重視」などと、本来の中身の重要性がどんどん薄まり、気づいたら真実に化粧をさせてしまった。この瞬間に何が起きたかというと、タイトルの2行を読んだだけで知った気になる。そうなっていくことがどれほど危険かを、私たちは考えていかなければならない。

 社会のフェイクがその中に多く含まれているし、そのフェイクを生み出すのも私たち、人。報道の在り方は国民の在り方にもつながっていく。活字に触れる機会をもっと増やし、知識を増やすことは大切。そしてユーザー向けの過激なタイトル付けが時には当事者を追い込んでいくことも忘れてはいけない。

 そういう繰り返しの中で自ら命を絶った方や過激な報道が世間をあおり、中には無実であったのにもかかわらず何十年も人生を奪われた冤罪(えんざい)の方への責任は、誰も取らない。もちろん、日本だけではなく世界中で同じ問題は起きている。自由を不自由にさせたのも消費者である私たちの責任だと感じる。「なんとなく」の人生を終えないように。いつか「蛾」を「きれい」と迎えてくれる世界を願う。寺山修司さんの言葉は現代社会へのシュプレヒコール。「振り向くな、振り向くな、後ろには『現実』はない」

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 52&1からの転載】

_DSC5949

サヘル・ローズ/俳優・タレント・人権活動家。1985年イラン生まれ。幼少時代は孤児院で生活し、8歳で養母とともに来日。2020年にアメリカで国際人権活動家賞を受賞。

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい