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「特集」大谷翔平 米国も震撼の水原ショック 乗り越える力

 

志村 朋哉
在米ジャーナリスト

 世界の野球ファンが心待ちにしていた、「大谷翔平劇場」の新天地での幕開け。フィールドでの大谷は好調なスタートを切ったが、そのお祭りムードをかき消してしまうほどのインパクトがあったのが、銀行詐欺の疑いで訴追された水原一平・元通訳の違法賭博疑惑である。

 スポーツ専門メディアや地元メディアはもちろんのこと、普段はスポーツを取り上げない全米局のニュース番組ですら、スポーツ界の大スキャンダルとして〝水原ショック〟を報じた。

 「これは普通のスポーツニュースではありません。友情、裏切り、そして多額のお金が絡み合った話です」。米時間3月23日、ABC局の朝の人気情報番組「グッド・モーニング・アメリカ」はそう伝えた。

 アメリカでこれだけ大きく話題になったのは、大谷の存在の大きさの裏返しでもある。北米スポーツ史上最高となる総額7億ドル(約1千億円)でドジャースと契約した時は、スポーツの枠を超えてアメリカ人を驚かせた。スポーツに興味がなくても、「超大金持ちの野球選手」として大谷を認知する人は増えた。今や大谷は「米球界で唯一のセレブ」と言っても過言ではない。

 それに、賭博はメジャーリーグ関係者が敏感になるスキャンダルの火種でもある。

 1919年のワールドシリーズで、シカゴ・ホワイトソックスの選手たちが賭博組織から賄賂を受け取り、わざと負けるという八百長事件が起きた。「ブラックソックス事件」と呼ばれるこのスキャンダルは、メジャーリーグへの信頼を揺るがした。89年には、通算最多安打記録を持つピート・ローズが、友人やブックメーカーを通して自身の試合にお金を賭けていたとして永久追放処分を受けた。

 野球界最大のスターである大谷に最も近い人物が、違法賭博に絡んでいたという疑惑が浮上したのだから、マスコミが放っておくわけがない。

日米で異なる「大谷観」

 水原ショックからは、日米の大谷に対する見方の違いも浮かび上がってくる。

 日本では当初から大谷を完全に被害者だと見る人は多かったが、連邦地検が捜査を明らかにするまでは「大谷の説明を完全には信じられない」というアメリカ人は多かった。

 なぜ水原容疑者が大谷の銀行口座にアクセスできたのか。何百万ドル(何億円)もが送金されたことに、大谷も周囲の人間もなぜ気付かなかったのか。ほとんどの記者やファンが腑(ふ)に落ちないと感じていた。

 日本人にとって大谷は、誰もが知る国民的英雄である。メジャーリーグという世界最高峰の舞台で頂点に君臨する大谷は、日本人にとって憧れであり、誇りを感じられる存在だ。それに日本では、グラウンドのごみを拾ったとかファンやスタッフに「神対応」したとか、大谷の一挙一動が報じられ、多くの国民が大谷という人間を少なくとも「知った気」にはなっている。

 その大谷に「完璧」な存在であってほしいと願い、大谷が嘘(うそ)などつくはずがないと思う国民が多いのは当然のことだ。

 しかし、アメリカでの大谷は、トップアスリートとして尊敬を集めるものの、ファンが自身を重ねて誇りを感じるほどの存在ではない。

 大谷の人間性も世間にあまり伝わっていなかった。スーパースターにしては、メディア露出が少なく、あまり取材にも応じてこなかった。アメリカ人にとっては、通訳を介してしか話を聞けないため、性格をイメージしづらい。プライベートについても、ほとんど語らないので、「ミステリアス」との印象を持たれている。

 そういう背景もあって、アメリカのほうが、ニュートラルな見方をしている人が多いのは間違いない。

 実際、何人もの友人たちから、「本当に大谷は賭けていないのか?」と聞かれた。「そんなふうに大谷を見るなんて不謹慎だ」と日本人は思うかもしれないが、何の思い入れもない有名人が似たようなスキャンダルに巻き込まれたら、同じような好奇の目で見てしまう可能性はある。

異例だらけの事件

 告訴状によると、水原容疑者は電話で大谷になりすまして銀行に送金を許可させたり、代理人を騙(だま)して大谷の口座を管理できないようにしたりしていたという。こうした証拠をロサンゼルスの連邦地検が発表したことで、大谷の説明に納得するファンは増えた。

 「大谷に何か責任があるとしたら、告訴状に基づくと、友人だと思っていた人物を信頼し過ぎたこと、自分の財務に注意を払っていなかったこと、そして純真過ぎたことだろう」とスポーツ専門メディア「ジ・アスレチック」のケン・ローゼンタール記者はつづった。(4月11日配信)

 法曹関係者を驚かせたのが、連邦地検が訴追に至ったスピードである。3月20日に水原容疑者の解雇が報じられてから、3週間ほどで訴追された。

 大谷だけでなく水原容疑者まで自らの携帯電話を明け渡すなど協力的だったことが捜査を容易にした、と司法事情に精通するメーガン・キューニフ記者は分析する。連邦地検が、こうした有名人などが絡んだ「大型事件」に力を入れている事情もあるという。

 罪状認否すら済んでいない時点で、水原容疑者が大谷やドジャースなどに謝罪したのもアメリカでは異例である。罪を認めることになり、検察と取引を行う上でも、自らを不利な立場に追い込むからだ。

 アメリカでは、刑事事件のほとんどで司法取引が行われる。検察側と被告人・弁護士が交渉して、被告人が罪を認める代わりに、裁判で有罪になるよりも量刑を軽くしてもらう制度のことだ。水原容疑者の弁護士も司法取引での解決を望んでいると述べている。

 量刑は、被害額に基づくものの、裁判官の判断に委ねられるため推測するのは難しいとキューニフ記者は言う。検察側が主張する銀行詐欺罪は、最長で禁錮30年になるが、反省の意思を示していることなども考慮されて、5年以下になる可能性もあるという。

 この特集の執筆時点で5月9日に罪状認否が行われる予定だが、それ以前に司法取引が成立する可能性もある。

 良くも悪くも、今回のスキャンダルによってアメリカでの大谷の知名度は上がった。「お金に興味がない野球一筋のアスリート」というイメージも世間に広まった。

 真の人間性というのは、こうしたスキャンダルや逆境の時にこそ見えてくる。

 筆者の友人で、大学教授をしている女性が、大谷が7億ドルで移籍した際に「ただでさえ格差が広がっているのに、1人のアスリートがそんなに稼ぐなんて良くない。何てがめつい人間なんだ」と憤っていた。「大谷はお金を稼ぐことには興味がないと思う」と説明したが、「そんな人間はいない」と納得いかない様子だった。

 しかし、捜査結果が報じられてから会う機会があり、「信じられない。こんなにもお金に興味がない人間が本当にいたなんて」と驚きの表情で話しかけてきた。

 ドジャースに移籍してから、大谷のメディア露出が増えて、親しみが増したという野球ファンもいる。結婚報告も、大谷が普通の人と変わらない面があることを印象づけた。

 「スプリングトレーニングの時に、チームメートと楽しそうにスペイン語を話している大谷の動画をSNSで見た」とロサンゼルス郊外に住み、物心ついた時からドジャースファンだというジョージ・メディーナさんは語る。

 「エンゼルスの時は犬の名前さえも明かさなかったけど、ドジャースに来てから愛想が良くなっている気がします。野球には、自分のことをさらけ出して、ファンが親しみを持てるようなスターが必要だと思う。だから大谷が心を開いてくれるとすごくうれしい」

 常にそばにいた水原容疑者がいなくなったことで、大谷がチームメートやコーチと英語でコミュニケーションをとる機会が増えたとドジャースのデーブ・ロバーツ監督は言う。

 「チーム内での関係にとって良い方向に働くと思う。翔平はこれまで以上にチームメートと積極的に関わるようになった。プラスでしかないよ」

世界一の野球少年

 超大型の7億ドル契約を結んだことで、メディアやファンの大谷への期待はこれまでとは比較にならないほど大きい。大谷や山本由伸などの補強で一気に優勝候補の筆頭に躍り出たドジャース。プレーオフ進出は当たり前、優勝以外は失敗と考えるファンも多い。

 メディーナさんも例外ではない。大谷には史上初の50本塁打、50盗塁を達成してほしいと話す。「最低でも30本塁打、90打点は期待しています。でも数字よりも、チームの勝利のために何をしてくれるかが重要です」

 金に物を言わせて大型補強をしたドジャースは、今や他球団のファンにとっては〝悪の軍団〟である。大谷が敵地でヤジやブーイングをくらう可能性はある。ポストシーズンで活躍できなかった場合は、ドジャースファンからもバッシングを受けるかもしれない。

 注目度が高まれば、批判される材料も増える。人気が出るほどアンチの数も増える。アメリカでセレブになる「宿命」だといえる。

 しかし、大谷自身は、そんな重圧も水原ショックの影響も全く感じさせない好スタートを切った。記者の質問にも、いつもと変わらず淡々と答え、クラブハウスでは笑顔を見せている。そんな大谷の精神力には、メジャーリーガーたちも舌を巻く。

 「彼の非常に冷静なところは尊敬に値するよ」と同僚のタイラー・グラスノー投手はポッドキャストのインタビューで語った。「たとえ30回連続で失敗しても、周りからいろいろと批判を受けても、笑顔でいられるんだから。毎日が夏休みであるかのようにね。これまで会った中で、一番ストレスを感じさせない、ハッピーな男だよ。彼の立場でそれができるのは本当にすごいこと」(The Chris Rose Rotation、4月15日配信)

 まさに「世界一の野球少年」なのだ。

 そんな大谷が、新天地での一年目にどんなドラマを見せてくれるのか。楽しみでならない。

在米ジャーナリスト 志村 朋哉(しむら・ともや) 1982年生まれ。国際基督教大学卒。テネシー大学スポーツ学修士課程修了。米地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターとデイリープレスで10年間働き、現地の調査報道賞も受賞。大谷翔平のメジャーリーグ移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者を務めた。主な著書に「ルポ 大谷翔平」(朝日新書)、 編著に「米番記者が見た大谷翔平 メジャー史上最高選手の実像」(同)。


(Kyodo Weekly 2024年4月29日・5月6日号より転載)

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