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「特集」 大阪・関西万博 深刻な準備不足 求めるべきは規模よりも質

ジャーナリスト
町田 徹

 2025年4月に開幕する大阪・関西万博の準備遅れの実態が浮き彫りになっている。前回の大阪万博は、半世紀以上も前の高度経済成長期の開催。バックグラウンドが違う。果たして前回のような成功を収められるだろうか。

重い腰を上げた岸田首相

 高まる懸念に岸田文雄首相は重い腰を上げ、8月31日には総理官邸に関係者を集めて「海外パビリオン建設やインフラ整備が遅延し、胸突き八丁の状況にある」と自身が先頭に立って立て直しに取り組むと宣言した。

 04年に大阪府知事だった松井一郎氏が最初に誘致を表明して以来、万博を主体的に誘致してきたのは日本維新の会だ。それ故、維新とのパイプ作りに熱心だった故・安倍晋三氏の首相時代と違い、岸田氏は維新の会からも万博からも距離を置いてきた。それが放置できない事態に至ったというのである。

 確かに、パビリオン建設は遅れている。

 今回の万博には今年3月時点で、153の国・地域と八つの国際機関が参加の意向を表明。このうち56カ国・地域は、自己負担でパビリオンを建設するとしている。にもかかわらず、8月末までに着工に必要な申請手続きを始めたのは、韓国、チェコ、モナコとわずか3カ国にとどまっている。

 会場は、大阪市此花区の人工島「夢洲(ゆめしま)」だ。アクセスルートが限られており、着工が遅れて資材の運搬が集中すれば、交通が麻痺(まひ)して一段と遅延が深刻化する悪循環にも陥りかねない。

 運営主体の「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)協会」は、独自のパビリオン建設を目指している参加国に対し、ゼネコンとの交渉の代行や、協会が箱形の建造物を建てて各国に外装などを委ねる方式への移行を提案。なんとか挽回しようと躍起になっている。とはいえ、すべてを間に合わすのは難事業なのである。

 遅れは、外国出展者にとどまらない。日本(政府)館でさえ着工が遅れた。開催国「日本」の情報を発信するほか、各国要人をもてなす場所なのに、経済産業副大臣や大阪府知事らが出席して起工式が行われたのは、当初予定から3カ月遅れの今月(9月)11日だった。

 日本の民間パビリオンも出足が鈍い。協会を取材したところ、13企業・団体が出展を予定しているが、8月23日段階で起工式を済ませたのは、パナソニック、三菱大阪・関西万博総合委員会など3者に過ぎない。

コロナと2024年問題

 なぜ、これほどパビリオン建設が遅れてしまったのか。

 最大の原因は、直前のドバイ国際博覧会が1年遅れの開催となった点にある。参加各国で新型コロナウイルス感染症がまん延したことが響いたのである。

 開催地がドバイであれ、大阪であれ、どこの国でも博覧会への参加・出展を検討するセクションは同じ組織という国が多い。コロナ危機が長引き、協会は大阪・関西万博への参加誘致をなかなか始められず、「大幅な出遅れが生じた」(協会広報部)という。

 拍車をかけたのが、建設を担うゼネコン各社の間に受注を敬遠する風潮が広がっている問題である。

 背景には、人口減少と少子高齢化で人手不足が進む中、建設業界で「2024年問題」が懸念されていることがある。来年4月から残業規制が厳しくなるのだ。ところが、多くの労働者確保は難しく、ゼネコン各社には新たな受注には慎重にならざるを得ない。

 8月2日になって、政府・経済産業省は遅ればせながら、パビリオン建設を促すため、国内の建設業者を対象に「万博貿易保険」を新設することを決めた。仮に、パビリオン建設を発注した参加国などから工事代金が支払われない事態が起きた場合、保険で穴埋めするというのである。政府の焦りの色は濃い。

 極め付きは、折からの資材高騰だ。各国の新型コロナ危機からの脱却に伴う経済の正常化・需要の回復やロシアのウクライナ侵攻に伴い、国際資源価格などが上昇し、参加国とゼネコンそれぞれにとって頭痛の種になっている。

 こうした懸念は、杞憂(きゆう)とは言い切れない。日本政府館の起工式が3カ月遅れたことは既に述べたが、この裏には建設費で折り合えず、施工業者が決まらないという事情があった。

 政府が今年1月、入札を公告した際の予定価格は67億5180万円だったが、予定価格内での応札がなく入札は成立しなかったのだ。

 やむを得ず、政府・国土交通省は、入札による施工業者の選定を断念。随意契約に切り替えて、代金を約9億円高い76億7800万円に引き上げることでようやくゼネコン大手の清水建設との契約にこぎ着けた。

 協会が発注するメイン会場やパビリオンなどの建設費も当初合計で1250億円に抑える計画だったが、デザイン変更もあり20年に1850億円に増額した経緯がある。

バブルの負の遺産

 問題は、パビリオン建設の遅れの他にもまだある。「バブルの負の遺産」である人工島・夢洲を、万博会場として再開発することを通じて負債まみれの過去の清算につなげようともくろんだことが仇(あだ)となっている。

 夢洲へのアクセスルートが、北側の人工島である舞洲との間を結ぶ橋梁(きょうりょう)と、来年度(24年)完成予定の海底トンネルで南側に浮かぶ人工島・咲洲(さきしま)をつなぐ鉄道(大阪メトロ中央線)の2本しかない。

 鉄道に関しては、JR桜島線と京阪電気鉄道・中之島線の延伸計画も取りざたされたものの、画餅に終わった。

 このため、いかにして混雑を起こさず、来場者を円滑かつ安全に移動させるか。協会は現在、通常の物流への悪影響も防ごうと、あの手この手の作戦作りに頭を痛めている。

 具体策は、「チケット・コントロール」だ。入場日を特定日や特定期間に制限したり、入場時間を分散させて、夢洲への移動をコントロールするというのである。

 その上で、道路の混雑が起きないよう、自家用車での来場を認めない方針だ。やむを得ない場合に限って、兵庫県尼崎市、大阪府堺市、大阪市此花区(舞洲)の3カ所に駐車場を設けて、自家用車を駐車、シャトルバスに乗り換えて夢洲に渡ってもらうという。

 この結果、一般の会場へのアクセスルートは、地下鉄、シャトルバス、海上交通の三つに絞られることになる。だが、混雑や天候次第で混乱を避けられないリスクが残る。

「空飛ぶクルマ」商用化

 最後が、万博の目玉の一つと目される「空飛ぶクルマ」の問題だ。

 協会としては、会期中、会場と大阪市中心部、関西国際空港などを国内初となる商用フライトで結ぶ計画で、今年2月、運航事業者としてANAホールディングスと米Joby Aviation、日本航空、丸紅、SkyDriveの4グループ・5社を選定した。

 だが、制度の国際的な調和も重要な分野だけに、関係者の間では、機体の型式認定や乗客の輸送を巡る制度が計画通り本年度中に整備できるか疑問視する声が根強い。最終的に、会場上空でのデモンストレーション飛行のようなものにとどまり、空飛ぶクルマの実用化の難しさを印象付けることになりかねないというのである。

 こうした準備不足に業を煮やし、共産党大阪府委員会は8月30日、万博の開催中止を求める声明を発表した。建設費の上振れなどを根拠に「国民が物価高で生活にあえぐ中、開催すればさらなる負担を強いることになる」と主張したのだ。

 しかし、今さら開催を中止すれば、日本の国際的信用とプロジェクト遂行能力のイメージを傷付けることは明らかだ。

1970年の成功体験

 むしろ、ここで想起したいのは、前回の1970年に開催された大阪万博である。40年後の上海万博に抜かれるまで、博覧会史上の最高記録となった6421万人という最大の入場者を獲得。64年の東京オリンピックと並び、世界に日本の復興を印象付けるとともに、日本と関西の経済発展の起爆剤にもなった万博だ。

 当時、関西在住の小学5年生だった筆者は11回も万博に通った。長蛇の列に並び、丸一日がかりで入館し、ようやく目にすることができた米国館の月の石や、旧ソ連館の宇宙船ソユーズ、日立製作所館のフライト・シミュレーターといった展示には心を躍らせた。

 今回の万博の予想来場者数は2820万人と、前回の半分にも届かないレベルだ。しかも、人工島ならではのアクセスの弱みがあり、高度経済成長期の入場者の規模を求めることは到底無理がある。

 むしろ、求めるべきなのは規模ではなくて、質だろう。何よりも大切なのは、希望の持てる未来を予感させる万博とすることだ。そうすれば、質の面で人々の心に残り、前回に勝るとも劣らない成功を実現することができるはずである。

 政府・関係者はそうした成功を追求する使命を帯びているのではないだろうか。

ジャーナリスト 町田 徹(まちだ・てつ) 1960年大阪府生まれ。神戸商科大学(現兵庫県立大学)卒。日本経済新聞記者、月刊情報誌「選択」の編集者を経て独立。日興コーディアル証券の粉飾決算をスクープし、2007年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」大賞を受賞した。14〜20年ゆうちょ銀行社外取締役。19年から吉本興業「経営アドバイザリー委員会」委員を務めている。

(Kyodo Weekly 2023年9月25日号より転載)

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