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面白くも恐ろしい「サバキスタン」 【沼野恭子✕リアルワールド】

 犬の独裁国家を描いた現在刊行中のグラフィックノベル「サバキスタン」(トゥーヴァージンズ)が抜群に面白い。設定や背景の事情がユニークなのもさることながら、オールカラー作画の質の高さや内容のアクチュアリティー(現実性)は驚嘆に値する。ウェブ上で一部先行公開されていたが、このほど書籍化された。全3巻のうちすでに2巻が刊行されており、最終巻がこの10月11日より発売予定である。
 原作者のビタリー・テルレツキー氏は、ソ連のレニングラード(現サンクトペテルブルク)出身の漫画家。絵を担当したカティア氏は、シベリアで生まれ、ペテルブルクで学んだ漫画家・イラストレーターだ。2人は、ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めた直後の昨年3月、表現の自由に対する締めつけが急激に厳しくなったロシアから漫画王国・日本へ逃れてきた。この独創的な作品をいち早く日本語に翻訳したのは、ソ連建築の専門家で、「幻のソヴィエト宮殿」についての重厚な研究書を上梓(じょうし)している鈴木佑也氏である。
 「サバキスタン」とは、ロシア語で「犬」を表す「собака(サバーカと発音される)」と、国や地方の名前を表すペルシャ語由来の接尾辞「стан(スタン)」を合わせた造語。つまり「ウズベキスタン」や「カザフスタン」などと同じ語構成で、「犬の国」との意味になる。作中「クマの国」や「ネコの国」なども存在しているようだが、サバキスタンでは独裁者である「同志相棒」が君臨し、50年以上にわたり完全な鎖国状態だったという設定になっている。

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 第1巻の物語は、サバキスタンが国境を開き、外国のジャーナリストを受け入れるところから始まる。閉鎖的なソ連社会をモデルにしているのは明らかだ。第2巻では時代が進み、子犬たちが同志相棒とは何者だったのかを探ろうとする。ポストソ連を思わせるディテールが興味深い。第3巻はさらに時代が進んで、ある裁判を中心に物語が展開する。ここには21世紀のロシアの雰囲気が漂っている。
 個人の自由の意味が問われ、催眠効果を持つプロパガンダの役割や、独裁に立ち向かう反体制派の様子などが描かれており、三つの物語をつなぐと、まるでソ連・ロシアの現代史をたどっているかのように思えてくる。テルレツキー氏がこの作品の構想を温めだしたのは5年以上前だというが、恐ろしいことに、現実世界のほうが作品に追いつき追い越してしまう勢いで強権化している。
 動物視点の擬人的な寓話小説といえば、ジョージ・オーウェルの「動物農場」(1945年)を思い出さずにはいられない。こちらでは独裁者になるのはブタだが、ロシア革命前後のソ連社会を皮肉った戯画的作品と解釈されることが多い。もちろん、どちらの作品もロシアに限定して考える必要は必ずしもないかもしれない。危うい未来を見据えて書かれた、人類全体への警告の書と捉えてもいいだろう。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 41からの転載】

沼野恭子

沼野恭子(ぬまの・きょうこ〉/1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。

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