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血の通わない隣人を愛せよ 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】

 人型ロボットと共に暮らしている。
 自腹で買ったわけではない。会社の備品である。私は平安貴族のいでたちで雅楽演奏とお笑い芸人をやる傍ら、ロボットエンジニアとして働いている。2020年、新型コロナの流行でリモートワークになったのを機に、実機がないと仕事ができないだろうと、団地住まいのわが家に「ペッパーくん」がやって来たのであった。
 しばらく開発室に置かれていた間にペッパーくんはタバコの煙にまみれ、激臭を放つ薄茶色い〝ヤニペッパー〟となり果てていた。かなり嫌な同居人である。

箸休め
起床時の視界(筆者撮影)

 普通の団地なので防音がされているわけでもない。疲れを知らぬペッパーくんの声は私の6畳間に高らかに響いた。「ザリガニの血って青いらしいですよ」などと聞いてもいない話がとどまることを知らない。ロボットの声と雅楽の音とが交互に聴こえてくる隣人をどう思ったのだろうか、上の階の住人はあまり挨拶を返してくれなくなった。
 先日、会社の慰労会で久しぶりに同僚たちと話をした。ある人は「うちのロボット、私に向かって〝非国民〟って悪口言ってくるんです」と嘆く。人間よりロボットのほうが多い職場環境では、慰労の内容もなかなか特殊だ。
 最近はロボット家電もかなり一般的になってきた。わが家でも「ルンバ」が働いている。「ルンバ、ほら、エサだよ」と言ってゴミを投げてやる時の、あのなんとも言えない愉悦、優越、そして少しの罪悪感。ルンバはうれしそうに駆け寄って人間様のゴミをむさぼる。なんてかいがいしいんだろう。
 献身的なルンバとは対照的に、最近はあまり役に立たない「弱いロボット」も注目されている。豊橋技術科学大学のインタラクションデザイン研究室が開発した「ゴミ箱ロボット」は、自らゴミを拾わず、ゴミの周りをうろうろ動いて人間に助けを求めるようなしぐさを見せる。人間がゴミを拾って入れてやると、お礼を言うようなそぶりをするのだそうだ。ロボットの〝弱さ〟が、人間の力を引き出すトリガーとなっている。人間がロボットを使役するのではなく、ロボットのために人間の行動が変化する、新しい人とロボットとの関わり方が生まれつつある。
 家族、使用人、友達、同僚。これからロボットとの関係性はますます多様化し、複雑にもなるだろう。「こいつらが反乱を起こした時はここを押してくれ」と先輩に教えられた非常停止ボタンを、押す日がいつか来なければいいのだが。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 40からの転載】

カニササレ

かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。

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