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「特集」 マイナンバーカードトラブルなぜ続くのか 〝安全装置〟整備を

武蔵大学社会学部教授
庄司 昌彦

 マイナンバーカードのトラブルに関する報道が連日続いている。トラブルは主に、「コンビニで他人の住民票が交付された」、「マイナ保険証で他人の情報が登録されていた」、「公金受取口座で本人のものではない口座が登録されていた」、「マイナポイントが別人に付与されていた」、「マイナポータルで別人の年金記録が表示された」、「同姓同名の別人のマイナンバーカードが交付されていた」といったものだ。マイナ保険証については、「病院窓口で顔認証がうまくできない」、「暗証番号での認証に切り替えても利用者が思い出せない」というトラブルも報告されている。

 こうした事態を受けて、政府は秋までにマイナポータルで閲覧可能な全てのデータの「総点検」を行うこととし、8月上旬には中間報告を公表する方針を示している。今後、点検が進む中で、誤登録などのトラブルがさらに発見される可能性は十分にあるだろう。マイナンバーカードに関する報道や議論は、まだしばらく続いていくと考えられる。

 ただ、マイナンバーとマイナンバーカードは技術的にも制度的にも仕組みが複雑であることもあり、ソーシャルメディアやマスメディアで行われている議論の中には技術や制度への正しい理解に基づいていないものや、事実やデータに基づかない憶測を交えたものも少なくない。政治的な対立の材料ともなっており、議論が熱くなり過ぎているともいえる。

 データや事実を確認すると、6月25日現在で9730万枚(77・3%)ものカードが交付申請されているのに対し、多くのトラブルは数百件といった規模であり、決して多いとはいえない。公金受取口座で本人のものではない口座が登録されていたトラブルについては約13万件と件数が比較的多いが、大半は子供のマイナンバーに親の口座情報を意図的に登録したもので、無関係の他人の情報が紐(ひも)づく他のトラブルとは性質が異なる。単純に全ての件数を足しても1億枚近いマイナンバーカードの1%に満たない割合であり、ほとんどの原因がヒューマンエラーであることから、これらのトラブルによってマイナンバーカードのシステムや制度が破綻をしていると捉えることはできない。

 だが、交通事故と同じように、個人情報の誤登録は全体に対する割合は小さくてもトラブルに見舞われた各個人にとっては重大な出来事である。過小評価せず一人一人に寄り添って被害の回復やサポートをしていかなくてはならない。

個人情報利用の透明性

 交通事故が起きているといっても社会的なメリットが大きいため自動車社会をやめようという議論にはならないように、トラブルが現時点の規模であれば社会的なメリットの方が大きいためマイナンバーカードの普及や活用を停止する必要はないだろう。

 だが、自動車社会のメリットだけを説明してアクセルを踏み続けるのではなく、ブレーキやシートベルト、エアバッグなどの安全装置も整備し、自動車保険などの仕組みを用意した方が安心して自動車社会を築いていくことができるはずだ。しかし、これまで政府におけるマイナンバーカード関連の議論では利用拡大に関する議論に対して安全・安心に関する議論が不足していた。つまり、マイナンバーカードを巡るトラブルが続く理由は、こうした安全装置の準備が不足していたということにあるのではないだろうか。今後は安全や安心のための仕組みを全力で整備していくことが求められる。

 では、マイナンバーやマイナンバーカードの活用を進める上で必要な安全装置とは何か。一つは、日々、自治体の現場で起きているさまざまなトラブルや、今後トラブルになるかもしれない課題を集め、整理・分析し、現場のマニュアルやシステムの改善に役立てたり、適切な広報を行ったりするような仕組みではないだろうか。トラブルが起きてから一時的にそうした仕組みを用意するのではなく、定常的に運用していれば、もっと早い段階から対策を取り、一度にトラブルが吹き出すこともなかっただろう。たとえば航空業界では「航空安全情報自発報告制度」という仕組みがあり、いわゆる「ヒヤリハット」の事例を関係者が自発的に報告し、対応策などのレポートを業界内で共有している。医療業界などでもそうした事例収集は行われている。今後はこのような仕組みづくりが求められるのではないだろうか。

 個人情報保護委員会の存在も忘れてはいけない。個人情報保護委員会は独立性の高い第三者機関として設置されており、マイナンバー関連の情報やその他の個人情報の活用を監視・監督する役割を担っている。個人情報保護委員会のモデルとなった欧州各国の個人情報保護機関であれば政府機関に厳しい要求などもして個人情報の管理などに緊張感をもたらす場面ではないかと考えられるが、これまでのところ一連のトラブルに対して個人情報保護委員会がデジタル庁や総務省・厚生労働省などに何らかの働きかけなどをした様子は見られず、存在感がない。今後はこのような時に個人情報保護委員会がどのような役割を果たすべきか、議論を深めるべきではないだろうか。

 利用者の不安や不信感を低減するためには、個人情報利用の透明性向上も重要だ。たとえば現在、マイナポータルにログインすると、自分の所得、個人住民税、年金、医療費、予防接種、児童手当、障害保険福祉、雇用保険などさまざまな分野の情報を確認することができる。それらの情報が外部に提供された履歴を確認することも可能だ。行政による情報管理を信用できない人にこそ、この機能をお勧めしたいが、実際に使いこなしている人は非常に少ないだろう。またこの機能を改良し行政内部でいつ・誰が・何のために自分の情報を参照したのかという詳細まで確認できるようにすることや、対象となる情報を増やしたり、情報をより分かりやすく見せたりすることも今後の課題だろう。

自治体行政の危機

 少し視点を変え、そもそも何のためにマイナンバーカードを普及させようとしているのかという目的や、今後どこへ向かうべきなのかという目標を改めて確認したい。

 新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言の中で行われた2020年の特別定額給付金の手続きでは、マイナンバーカードとマイナポータルを利用した申請が採用されたが、申請を受け付けた各自治体ではデータをデジタルのまま処理する体制が整っていなかったり、誤記入のある申請も受け付けたことにより人海戦術で申請内容を確認しなければならなかったりするなどの支障が出た。また、そもそもマイナンバーカードの普及率が低く、オンラインで申請できる人が少ないことも問題となった。

 オンライン手続きの課題が続出し「デジタル敗戦」とも呼ばれたこの経験の反省を踏まえ、また今後の超高齢社会に備えるためには、申請書類を郵送したり提出のために役所へ出向いたりする手間を削減し、誰もがいつでもどこでもオンラインで簡単に行政手続きを行えるようにしていく必要がある。そこで「デジタル社会の基盤となる本人確認手段」となるのがマイナンバーカードである。

 行政サービスを手がける公務員の側からも、マイナンバーやマイナンバーカードを活用した業務のデジタル化を進める必要性を確認したい。鍵は「2040年問題」だ。40年には団塊ジュニア世代が65歳以上になり、仕事から引退する。そうなると64歳より下の現役世代(生産年齢人口)が相対的に少なくなり、逆三角形の人口ピラミッドになる。そうなると社会全体でも公務員でも大幅な人手不足が生じる。この問題について総務省の「自治体戦略2040構想研究会」の報告書は、「2040年代には従来の半分の職員でも自治体として本来担うべき機能が発揮でき、課題を突破できる必要がある」と述べている。17年後の40年までに、従来の半分の職員で仕事を回せるようにするというのは極めて困難なことだ。したがって、急速に進む人口減少・人手不足の中でも自治体として本来担うべき機能が発揮できるようにするためにはデジタル化の推進が不可欠なのである。

情報管理の信頼回復を

 トラブルの件数が割合としては小さいといっても、安全装置の整備が遅れていた政府に求められるのは情報管理に対する信頼の回復である。

 長年、マイナンバーのような個人番号制度は国民やメディアの強い反対を受けてきた。そもそもマイナンバー制度が成立したのも、政府が信頼を獲得したからではなく、政府がデータを適切に管理できず給付漏れなど制度が機能していなかった年金記録問題や、東日本大震災の際に迅速に義援金を配分できなかったことなどが契機であった。政府はアクセルを踏み続けるだけでなく、「安全装置」も全力で整備することによって透明性を高め、国民が安心・信頼できるようにしていかなければならない。

武蔵大学社会学部教授 庄司 昌彦(しょうじ・まさひこ) 1976年生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)研究員、同准教授・主幹研究員を経て2019年から現職。デジタル庁でマイナンバー制度に関する会議の構成員や総務省「自治体システム等標準化検討会」座長などを務め、行政デジタル化に関する研究などを行っている。

(Kyoodo Weekly 2023年7月10号より転載)

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