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消えゆく氷河は警告していた 【リアルワールド✕舟越美夏】

 地球が怒っているみたい。酷暑と豪雨の繰り返しと地震の後で、安否を尋ねてくれた外国の友人に、そう返信した。

 ヒマラヤ山脈のネパールと中国の国境地帯で、大規模な鉄砲水が起きたと知ったのは、その直後だった。ネパールから届いた動画に震撼した。逃げ惑う人々の背後に巨大な波が迫り、建物の屋上にいた人たちが、建物ごと濁流にのまれていた。背後に青空が見えた。

 黒い濁流が襲いかかるコンクリートの建物には見覚えがあった。3年前、「解けるヒマラヤ氷河が警告する」という取材をした時に訪れた、中国の国境検問所だ。山間には不釣り合いな、威厳のある頑丈なコンクリートの建物を背に、記念撮影をしたのだ。衛星写真では、この検問所も、ネパールのトレッキング拠点シャプルベシの町も消えていた。呆然とした。首都カトマンズに住む友人は、登山ガイドや里帰りでこの地域に入った10人ほどの知り合いと連絡が取れないと、悲痛な声を上げた。

 米国地質調査所によると、鉄砲水は、ランタン・リルン(標高7234メートル)付近の氷河が大崩落したことが背景にあるという。

 ヒマラヤ・ヒンドゥークシ山脈は北極、南極に次いで膨大な量の氷を保有し、「第3の極」と呼ばれる。アジアの数々の大河の水源で、文明と生態系を育んできた。だが、氷河と雪が、人為的な温暖化で科学者たちの予想をはるかに上回る速さで消えている。標高3400メートル付近にあるランタン村で話を聞いたニマさんは、真冬でも雪が降らないこと、生態系の変化などを話してくれた。「私たち山の民には自然の変化がよく分かるんです」。

 ネパールに本部がある政府間機関「国際総合山岳開発センター」(ICIMOD)は2023年6月に発表した報告書で、「20億人の生活と自然に壊滅的な影響を与える可能性がある」と警鐘を鳴らした。「温室効果ガスの排出量を抑えられなければ、今世紀末までに最大80%の氷河が消える可能性がある」「永久凍土が前例のない速度で減少し、そのために地滑りが起きやすい」。切迫した内容だったが、なぜかあまり注目されなかった。

 科学者や国際機関が「残された時間は少ない」と危機を訴えても、環境問題には国益と企業利益などが絡み合い、大惨事を防ぐための国際間協力は進まない。軍事活動による温室効果ガスの排出量さえ明らかにされない。1997年の京都議定書で米国が、軍事活動の排出量は報告から除外するよう圧力を掛けたからだ。

 今年の夏は世界各地で異変が起きた。だがマサチューセッツ工科大学が発行するテクノロジー誌は「今回のエルニーニョは観測史上最強級となる可能性があり、影響は2027年に最大化する見通し」と、来年への備えを促し、「個人の適応策に加え、化石燃料依存からの脱却が根本的解決策」と指摘する。

 ランタン渓谷を4千メートルまで登り、目にしたランタン・リルンの神々しさ。畏れを忘れてはならない。大自然は容赦ない。そう語っていた。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.35からの転載】


舟越美夏(ふなこし・みか) 1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。

  • 鉄砲水で消えた、ネパール・中国国境にあった中国の国境検問所=2023年6月、右から2人目が筆者

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