夢があるワクワクする会社へ 美大出身のクリナップ新社長 未来像から考える、藤原亨さん
キッチンメーカー大手クリナップ(東京都荒川区)の代表取締役 社長執行役員に6月25日就任した藤原亨さん(59)。入社は昭和が平成に変わる1989年。入社試験から採用決定までのわずか2週間が、クリナップのみを目指していた藤原さんの全就活期間である。
▼美大生―対抗心
当時は特段、クリナップ愛に目覚めていたわけではない。藤原さんが就職先をクリナップ1社に絞ったいきさつは、青年らしい稚気と覇気を感じさせて面白い。
「美大で共にデザインを学んだライバルにして尊敬すべき友人が、あるキッチンメーカーの内定を先に取り、ならば僕も、と対抗心を燃やしてその友人からライバルメーカー2社を聞き出した。その一つが念願の東京生活もかなうクリナップだった」
そんな入社動機の美大生が37年の時を経て東証プライム上場メーカーの社長に上り詰めた。「入社時は社長になるとはまったく思ってもいなかったです」と漏らした一言には実感がこもる。
▼達成感と自由感じる規模
結果的にライバルへの対抗心がもたらした選択は大正解だった。商品開発部署に配属された藤原さんにとっては「超大企業ではない」クリナップの“規模感”は、開発者が創造力を発揮し達成感を得るには最適だった。
「巨大企業では商品全体の一部にしか関与できないことが多いと思いますが、クリナップには、アイデアのある開発者がやりたいことにチャレンジでき、商品全体に対して“自分でやった感”のような達成感を味わえる規模感と自由な空気感がありました」
▼業界初のアイデア
商品開発者が伸び伸びと仕事ができるこのような社風から、藤原さんの業界初となる「フロアコンテナ」のアイデアが生まれる。このアイデアはシステムキッチンの足元空間を収納スぺースにするもので、それまでのシステムキッチンの「基本形」を変えた。フロアコンテナ搭載のシステムキッチンが1999年に発売されると評判を呼び、瞬く間に“標準モデル”として業界に広がった。
このアイデアが生まれたのは、藤原さんの入社10年目。会社の業績は落ち込み、主力商品であるシステムキッチンのモデルチェンジが求められている時期だった。藤原さんは当時をこう振り返る。
「この主力商品のモデルチェンジというテーマにプロジェクトリーダーとして参画しましたが、このこと自体が私にとっては大きな挑戦でした。入社以来ずっと担当していたのはお風呂の仕事で、キッチンの仕事はこの時が初めてでした。またモデルチェンジのような大きな開発プロジェクトのリーダーは企画系が務めることが多く、私のようなデザイン系がやることは当時ほぼ皆無でした。フロアコンテナの企画段階での社内評価は芳しいものではありませんでしたが、最後はわれわれのチャレンジを認めてくれ、商品化を押し通すことができました」
▼未来像からの逆算思考
「開発者としてやりたいことはほとんどやらせていただきました。会社から止められることはあまりありませんでした」
存分に腕を振るえた幸せな30数年の開発者時代をこう語った藤原さんの双肩にはいま、商品の「開発」だけでなく、商品を造る「生産」や商品を売る「営業」などクリナップの全事業がのっかっている。社長就任に際してはクリナップ創業家の井上強一・同社代表取締役会長から「クリナップを若い感覚で、新しい方向に導いてほしい。思い切ってやりたまえ」と力強いエールを送られた。
藤原さんは7月下旬に還暦を迎える。「“若い”感覚というのは、年齢的な意味合いではないでしょうね。業界の既成概念にとらわれずに、未来に大きな希望を抱く若者のように、クリナップの良さを生かした夢のある将来像を描いて、そこに向かってほしいということだと思います」とエールの含意を受け止めている。
社長就任時にすぐ直面したのが中東危機。資材・部品調達への影響があった。またこのような国際情勢の変化だけでなく、現下の状況は、人工知能(AI)をはじめとした先端技術の急速な進展や家族観・働き方の多様化に伴う生活様式の変化など、事業環境の「不透明性」「不確実性」を増す材料には事欠かない。
このような「大変な時期に自分が社長になる意味(=自分の強み)」を藤原さんはあらためて自問自答した。
頭に浮かんだのは「バックキャスト」という考え方。目指すべき将来像から逆算して現在何をすべきかを考える思考法の一つで、開発者時代の藤原さんの思考回路の「7~8割を占めていた」という。
藤原さんは「開発者時代にこのバックキャストの思考法を身に付けました。この思考法は商品開発だけでなく、会社全体の新しい方向性を考える際にもきっと活用できるはずです。これからのクリナップの発展に生かせると考えています」と自身の強みをあらためてとらえ返した。
▼モビリティキッチン
このバックキャストの思考回路からは「ライフスタイルの変化」「社会の危機」への対応をテーマにした「未来キッチンプロジェクト」など藤原さん主導のいくつかの取り組みが生まれた。プロジェクトの成果の一つが、水循環ろ過装置を備えた持ち運び可能な屋外レジャー・防災対応の「モビリティキッチン」。武蔵野美術大生らの協力を得て試作品を誕生させた。
このモビリティキッチンを報道陣に披露した2024年3月の発表会には当時常務執行役員の藤原さんの姿もあった。モビリティキッチンを実際に使いながら、そのコンセプトを熱心に説明する若手社員を一歩引いた所から見ていた。やりたいことに挑戦していた昔を思い出していたのかもしれない。

2024年3月7日 モビリティキッチンの試作品発表会で=東京都新宿区の武蔵野美術大市ヶ谷キャンパス。左から3人目が藤原常務(当時)
▼最上位理念
社長就任間もない7月3日に開いた記者懇談会で藤原さんは、「方針というよりまだ“所信”レベル」と断った上で、クリナップが向かうべき軌道を導く基本的な思いをこう語った。
「クリナップの新しい方向性を具体的に示すまでにはまだ至っていませんが、クリナップが目指すべき“最上位の理念”は、社員のアンケートも踏まえ明確に決めました。それは“いまよりもっと夢があるわくわくする会社”です」
▼3・11の教訓忘れず
藤原さんが開発者時代の一時期、商品デザインの説明のため「図面を持って1年の半分以上、足を運んだ」のが、福島県いわき市にあるクリナップの生産工場群。これらの工場群は2011年3月11日の東日本大震災で被災し、板金工場は津波で流され、原発事故から身を守るために工場の社員は一斉に避難した。他の主要工場は操業停止に追い込まれた。避難していた社員が工場に戻り商品を出荷できたのは4月18日だった。
「いろいろな偶然が重なって、当社はいま事業を続けられていますが、あの時もし風向きなどのマイナス要因が重なったら事業継続はどうなっていたか分からないところまで追い込まれました。工場に戻って生産を再開してくれた社員はもちろん、当時いろいろ助けていただいた地域の方々への感謝の気持ちは、クリナップがあり続ける限り永遠に忘れることはできません」と藤原さんは言う。
「今般の中東危機では受注停止もありましたが、社内に動揺はありません。東日本大震災のことを思えば、今回の危機は乗り越えられると冷静に対処できています。3・11の被害を乗り越えた経験は当社の財産です。あの時(3・11)の対応、判断の基準はいまも社内に脈々と受け継がれています」
災害や有事、危機に耐えうる強靭(きょうじん)さは、クリナップの強さ・良さの一つだと、藤原さんは胸を張る。
▼社員の高い志に響く発信
もう一つ、クリナップの強さ・良さと感じるものが藤原さんにはある。工場や営業、企画、開発、ショールーム、総務財務などさまざまな部署の社員に接して日々感じている「一人一人の社員の高い志と環境次第で伸びる可能性の大きさ」だ。
「私が自分に課していることは、社員一人一人の持つ高い志と豊かなアイデアをいかにして表に引き出し、形あるものにできるかです。4月からはやる気のある人を抜てきできる人事制度が始まりました。現在いる10.7%の女性係長が、実力を発揮して女性管理職として活躍できるよう後押しもしていきます。私の使命は、社員の高い志に“火”を付けることです。社員の挑戦を応援する実のある熱いメッセージを発信していきます」
美術青年時代のライバルに感じたような覇気ある熱い思いは、社長になってもいささかも衰えていないようだ。
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ふじわら・とおる 1966年7月生まれ、京都市出身。89年3月東京造形大造形学部卒業、同年4月クリナップ入社。開発本部長や常務執行役員、新事業推進部長、リテール事業企画部長などを経て、2026年6月25日から現職。
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