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「特集」 大谷翔平 1千億円移籍契約 ドジャースをなぜ選んだか

 

志村 朋哉
ジャーナリスト

 世界中の野球ファンが熱い視線で見守った大谷翔平争奪戦は、ドラマチックに幕を閉じた。

 米国時間12月9日、大谷がロサンゼルス・ドジャースに入団を決めたと自身のインスタグラムで発表。代理人のネズ・バレロ氏によると、契約はなんと10年総額7億ドル(約1015億円)。これまで野球界最高だったマイク・トラウトの4億2650万ドルを64%も上回った。サッカーのリオネル・メッシを超えて、スポーツ史上最高とも報じられている。

 最有力候補と言われていたドジャースを選んだことに驚きはない。しかし、5億〜6億ドルくらいとの予想をはるかに上回ったこともあり、スポーツ専門局や地元メディアだけでなく、ニューヨーク・タイムズなど普段はスポーツを大きくは扱わないような有力メディアも速報で「記録的契約」と報じた。スポーツ大国のアメリカでも類を見ない規模の契約だということだ。

 前日に、大谷がブルージェイズを選んだという誤報が流れたのも、話題を盛り上げることになった。エンゼルスの本拠地アナハイムからトロントに向かうプライベートジェットの飛行経路を野球ファンが追い、さらには菊池雄星がトロントの高級すし店を貸し切ったなどという噂(うわさ)がソーシャルメディアに出回り、狂騒劇が繰り広げられた。今オフ最大の注目だった大谷の去就について、大谷側も球団側も全くと言っていいほど情報を漏らさなかったので、メディアやファンのやきもきする気持ちが最高潮に達したのだろう。

当然のMVP受賞

 メジャーリーグでは、日本に比べてオフシーズンの移籍が活発だ。各球団が有力選手の争奪戦やトレードで戦力補強をはかる。熱心な野球ファンにとって、その動向を追うのは楽しみの一つでもある。

 そんなオフの目玉はもちろん大谷だった。ここ3年間の活躍で「世界一の野球選手」としての地位を確固たるものにしたのだから当たり前である。メッシの移籍先が気にならないサッカーファンがいないのと同じことだ。

 今年の大谷は、打者として自身最高の成績を残した。メジャーでは、出塁率と長打率を足し合わせたOPSという指標が打撃力のわかりやすい物差しとして使われているが、そのOPSでメジャー1位の数字を残した。投手としては、昨年に比べると若干精彩に欠け、けがで規定投球回に達しなかったが、それでも一昨年と遜色ない成績だ。

 メジャー最高の打撃とエース級の投球を同時にこなしたのだから、史上初となる2度目の満票でのMVP受賞にも驚きはない。けがで最後の1カ月を欠場しなければ、史上最高のシーズンだったとの意見もあるほどだ。

 その大谷がポストシーズンに出られていないのは、才能の無駄遣いだと言われても仕方のないことだ。

最高の選択肢

 本稿執筆の12月9日時点で、大谷自身はドジャースを選んだ理由について語ってはいない。しかし、「ヒリヒリするような9月を過ごしたい」と勝利に飢える大谷にとって、ドジャースが最高の選択肢であるのは間違いない。

 アナハイムから車で約1時間のロサンゼルス市内に居を構えるドジャースは、11年連続でポストシーズンに進出していて、2020年にはワールドシリーズを制している。優れた球団運営で知られ、マイナーリーグにいる若手有望株も充実しているため、継続的な成功が見込める。西海岸は気候が温暖なので、体への負担も少なく、二刀流を長く続けていくにも理想的な環境だ。

 スポーツ・イラストレイテッド誌のトム・バデューチ記者によると、ドジャースとの面談で大谷は選手の育成方針やマイナー組織の現状について質問したという。現役でいる間は、ワールドシリーズ優勝を狙い続けたいという意思の表れだろう。さらには、大谷の提案で、ドジャースがチームを強化しやすいように、7億ドルの一部が先延ばしで支払われるような契約にしたという。

 「勝ちたい、それがドジャースを選んだ理由だと思います」と地元紙ロサンゼルス・タイムズでコラムニストを務め、大谷を渡米時から取材しているディラン・ヘルナンデス氏は言う。

 「彼は世界一の選手になるためには、ワールドシリーズで優勝しなくてはならないと言いました。ドジャースは毎年、95勝する力があって、所属地区には弱いチームも多いので、ほぼ確実にプレーオフに進出できます。それでいて、プレーオフではヘマする癖があるので、『大谷がいたから優勝できた』と認めてもらうこともできる」

 ドジャースは、大谷の高校卒業時とメジャー移籍時にも獲得を狙っていた。最初は日本ハムの大谷説得に阻まれ、その次も当時のナショナル・リーグに指名打者がなかったことが災いした。それでも諦めず、昨年のオフには、大谷獲得に備えて年俸総額を抑えるため補強を控えたとすら言われる。

 まさに三度目の正直だった。

チケット代も高騰か

 物心をついた時からドジャースファンだというロサンゼルス郊外在住のエドガー・サンチェスさん(36)は、ドジャースの大谷獲得を信じて心待ちにしていたと言う。

 スマートフォンのニュースアプリで「大谷、ドジャースと合意」の通知を見た時は、うれしさと興奮のあまり家の中を走り回ってしまったそうだ。

 「ついに決まったんですから幸せすぎます」とサンチェスさん。「大谷のような一生に一度の選手を獲得できたなんて、すごいことです。特に、今年のプレーオフでの残念な負け方に落ち込んでいたので、ようやく喜べます。大谷をプレーオフで見られたら最高です。プレーオフの雰囲気は全く別物ですから」

 人口全米2位の大都市にある人気球団ドジャースは、2013年から毎年メジャー1位の観客動員数を誇る。23年は本拠地での1試合平均は4万7371人だった。(エンゼルスの平均観客数は3万2599人)。

 ただし、サンチェスさんを含め、ドジャースファンの中には、大谷移籍によって試合のチケットや飲食代などが高騰するのを心配する人もいる。

 「これまでもドジャースの試合はかなり見に行っていますが、大谷が移籍してきたことで、さらに多くの試合を見に行きたいです」とサンチェスさん。「でも現実的には、チケット代が上がって、行ける試合が減るかもしれません」

 それでも、「大谷のプレーを見られる」「ワールドシリーズ優勝が近づいた」という喜びのほうが大きいと言う。

 「クリスマスに息子たちに大谷のユニフォームをプレゼントするつもりです」とサンチェスさん。「大谷は2、3年とかではなく、10年間もここにいてくれるんですから、ずっと着られます。来年の開幕戦がどんな雰囲気なのか、今から楽しみですよ。ドジャースファンで良かったと心から実感できる一日でした」

野球界にとって朗報

 ドジャース入団は、米球界にとっても最高のニュースだと言える。

 ここ最近のメジャーリーグには、野球に興味のない人々を引きつけられるような真のスーパースターがいないといわれてきた。その穴を埋めてファン層拡大に貢献できるのが、唯一無二の二刀流で歴史的活躍を続ける大谷だと野球関係者は期待する。そのためには、どうしても大谷にポストシーズンで活躍してもらう必要がある。

 メジャーリーグは地域に根付いたビジネスで、多くのファンは地元チームにしか興味がない。全米のメディアやファンが一斉に注目するのは、ほぼポストシーズンに限られる。そこで野球界の「目玉」である大谷を披露できていなかったのだ。大谷の成功の度合いに比べて、アメリカ全土での知名度がイマイチな一因も、そこにある。

 注目度という面では、ドジャースはうってつけの球団だ。

 先ほども述べたように、ドジャースは全米にファンを持つ屈指の人気チームだ。エンタメの中心地ロサンゼルスにあるため、メディアへの露出やブランド力はエンゼルスとは比べ物にならない。そのドジャースを優勝に導くことができれば、大谷の存在が野球という枠を超えて知れ渡るだろう。バスケットボールのコービー・ブライアントやレブロン・ジェームズ、サッカーのデービッド・ベッカムなどがロサンゼルスで輝きを放ってきたように。

 総額1015億円という桁違いな契約を結んだことで、大谷へのドジャースファンの期待は大きい。結果を残せなければ、これまでとは比べものにならないくらいの批判を受けるかもしれない。

 しかし、そうした重圧をも力に変えてしまうのが大谷の魅力である。今年のワールド・ベースボール・クラシックで世界にそれを知らしめた。

 「みんなが期待するような環境で、それに応えるどころか、想像を上回ってくるんです」とコラムニストのヘルナンデス氏は言う。「タイガー・ウッズやマイケル・ジョーダンのようなスーパースターと同じように。大舞台で輝くために生まれてきたような人間です」

 確かに、どこのスタジアムでも、大谷が打席に立つたびに雰囲気が変わる。それまで試合を見てもいなかった観客が一斉に視線やスマホを向ける。「打ってくれそうな予感がすると、本当に打つんです」と大谷に魅了されたファンは口をそろえる。

 その大谷をついにポストシーズンの大舞台で見られるかもしれない。今回の移籍は、全ての野球ファンが待ち望んだ結果だろう。

 12月9日は、野球界にとって「勝利の日」になるかもしれない。

在米ジャーナリスト 志村 朋哉(しむら・ともや) 1982年生まれ。国際基督教大学卒。テネシー大学スポーツ学修士課程修了。米地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターとデイリープレスで10年間働き、現地の調査報道賞も受賞した。大谷翔平のメジャーリーグ移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者を務めていた。著書に「ルポ 大谷翔平 日本メディアが知らない『リアル二刀流』の真実」(朝日新書)

(Kyodo Weekly 2023年12月18日号より転載)

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