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「特集」高市政権が直面する財政運営の隘路 異次元緩和の「つけ払い」

森田長太郎
オールニッポン・アセットマネジメント執行役員兼ウォールズ&ブリッジ代表

 2025年10月に誕生した高市早苗政権は、「責任ある積極財政」という財政政策の方針を示し、27年度の当初予算編成の作業に入っている。「財政規律」をイメージさせる「責任ある」と、「財政拡張」を意味する「積極財政」という相矛盾する言葉を同時に使用しているため、実際にどのような財政政策を指向しているのかが分かりにくいという声がしばしば聞かれる。ただ、この「矛盾」は、ある意味で現在の日本の財政状況に対する複雑な評価を反映したものだと言ってもよいかもしれない。

日本財政、相反する評価

 日本の財政状況が主要先進国中で最悪だということは国内外で常識となってきたが、財政状況を示す指標は数多く存在し、どの指標に着目するかで評価は変わる。日本の厳しい財政状況を端的に示すのが国の借金の総額である政府債務残高だ。
 財政状況は、経済規模である国内総生産(GDP)との比較でみると分かりやすい。名目GDP対比での日本の政府債務残高は25年末で207%、つまりGDPの2倍強に達し、先進7カ国(G7)中、圧倒的な最下位である(次いで悪いのがイタリアで137%)。
 しかし、もう一つの財政状況を示す代表的な指標の財政収支(政府の1年間の収入と支出の差)は、債務残高とは対照的な日本の序列を示す。25年の財政収支はGDP比1・1%の赤字だが、赤字割合はG7中で実は最も小さい。国債の利払費を除いたプライマリーバランス(基礎的財政収支)のGDP比も0・9%の赤字で、やはりG7中2番目に良い数値である。
 財政収支はいわゆるフローのデータであり、長期的に見れば、この累積値が債務残高になる。つまり、過去の日本の財政赤字のヒストリー(ストック)は世界最悪であったが、今現在の時点を切り取って見るとかなり改善しているという、相反する評価が現在の日本の財政状況に対しては存在する。
 世界最悪の政府債務残高比率の方も、政府保有の金融資産を差し引いたネット債務残高のGDP比は136%と大幅に低くなる。ネットかグロスかという点については、昨年、高市政権が誕生した当初にエコノミストの間でも議論があった。グロスの債務残高は、政府が発行する国債や借入金の全ての残高を足し合わせたものであるのに対し、ネットの債務残高は、政府の保有資産の一部を控除した実質的な政府の負債額を示す。

インフレで数値改善数字のトリックも

 IMF(国際通貨基金)のネット債務の計算方法は外貨準備やローン形態の政府資産などを控除しているが、国ごとに財政制度は異なり、完全に同等な比較ができるわけではない。日本の場合、純粋な積み立て方式ではない公的年金積立金の扱いなどグレーゾーンが多い。IMFの控除基準でさえも議論の余地は小さくないが、積極財政を支援する一部エコノミストは、IMF推計の計算基準よりも更に多くの資産項目を控除した数値を用いて、日本の債務残高は先進国中平均的な水準だと主張した。
 こういったグロス対ネットの議論があるということは踏まえた上でも、日本の政府債務残高の対名目GDP比は、フェアに見て少なくとも他国比で低くない水準にあることは間違いない。しかし、この数値が過去数年間で急速に低下していることも一方の事実である。債務水準の改善ペースという意味では、他の先進国と比べて現在の日本の財政状況は相対的に良好だ。
 要因として財政赤字が縮小しているということもあるが、それだけでなく、インフレ率の上昇で名目GDPの伸びが大幅に高まり、これを分母とする債務残高比率が自然に低下したことが大きい。加えて、この債務比率が元々高水準だったことから、分母の名目GDPの増加額に対して分子の債務残高の増加額が相対的に小さくなりやすい、つまり比率が低下しやすいという数字のトリックもある。
 債務比率が200%であれば、分母の名目GDPと分子の財政赤字(国債償還を除いた債務純増分)が仮に年間20兆円ずつ増加すれば日本の債務比率は3%ポイント程度低下するのに対し、債務比率が100%であれば、GDP増加分と財政赤字が同額なら債務比率は一切変わらない。つまり、日本の政府債務比率が元々世界最悪の高さにあったがゆえに、インフレ下で債務比率が他国より低下しやすくなっていたのが過去数年間の状況である。

財政懸念で金利上昇

 ストックなのかフローなのか、グロスなのかネットなのか、インフレ下での数字のトリックをどう見るかなど、日本の財政状況を巡る議論は複雑化している。しかし、実際に政策を遂行する段になれば、財政運営とは要は税金か借金のどちらかで資金を調達しなければならないので、究極的には世論か市場のどちらかの審判を受けることになる。後者において、昨年からJGB(日本国債)市場は、一貫して日本の財政状況と高市政権の「責任ある積極財政」という政治的アジェンダに対し、国債売却による長期金利上昇という形で懸念を示してきた。
 長期金利が上昇している時に、「財政への懸念」がどの程度含まれているのかを数値として厳密に示すことは難しい。しかし、長期金利の指標である10年物国債金利を「予想インフレ率」、「実質短期金利の将来予想」、「タームプレミアム」という3つの要素に分割する手法があり、このうち「タームプレミアム」の部分は、財政や債券需給に関わる要素だと考えられている。「タームプレミアム」の推移をみると、2010年代後半以降はマイナスの推移が続いていたが、23年以降急速に上昇を開始し、現在は1・8%に達している。これは、米国債10年物のタームプレミアム(現在0・8%程度)をも大きく上回る水準である。市場の「財政への懸念」がこの2〜3年間で急速に金利水準に織り込まれてきていると言えるだろう。

実質政府債務残高を注視

 逆に言えば、日本の財政状況がこれまで最悪水準だったのにも関わらず、タームプレミアムがつい数年前まではマイナス水準にとどまっていたのはなぜかという疑問も生じる。ここで類推されるのは、日銀が23年以降に開始した金融政策の「正常化」の影響がタームプレミアムを押し上げているということだ。
 2013年から10年以上続いた異次元緩和の結果、日銀が市場から購入して保有する国債は一時、GDP比100%超、政府債務全体の50%以上に達した。日銀も政府も否定はするが、この状況を「財政ファイナンス」と指摘されたことも致し方ないだろう。そういった極端な金融政策が、高水準の政府債務の存在にも関わらず、市場の財政懸念(タームプレミアム)を強制的に押し下げていたのが22年以前の状況であった。現在はその反動期にあり、いよいよ「つけを払う」局面に入っているのだと言える。
 日銀の保有する国債残高を政府の債務残高から差し引いた数値を「実質政府債務残高」と称すると、24年以降、名目GDP比で見たこの水準は表面的な政府債務比率の低下傾向とは逆行して上昇傾向にある。金融政策の正常化で、日銀が保有国債を減らしているからだ。この「実質政府債務比率」の上昇と、長期金利が織り込む財政リスクプレミアムの拡大傾向は、方向として一致している。
 こういう議論をすると、「それならば、日銀が国債保有正常化のプロセスを停止すればよい」という主張も出てくる。しかし今、日銀が正常化プロセスを停止すると、何が起こるだろうか? 正常化の中には、政策金利の引き上げや日本株ETF(上場投資信託)の売却なども含まれるが、少なくとも国債保有正常化方針を覆して毎月の国債買入れ額を増やすようなことをすれば、間違いなく為替市場で急激な円安が進行し、インフレ率の上昇が加速するだろう。

拡大する財政リスクプレミアム

 高市政権は、物価対策として導入後初めて消費税率の引き下げを実施する方針だ。この状況で、これ以上のインフレ率上昇は政治的にも容認されないのではないか? 仮に高市政権が「責任ある積極財政」と標ぼうするうちの「責任」の部分をより重視して、来年度予算で財政赤字を10兆円規模で削減するような大胆な緊縮措置を取ったとしても、「実質政府債務比率」を低下させることは容易ではない。
 日銀は来年4月以降、保有国債の減額ペースをやや緩やかにすることを今年6月に決めた。国債買入れ額の減少を止め、月額2兆円、年間24兆円で固定する。それでも既存の保有国債の償還額が今後数年間は50兆円を大きく超える水準で続くため、日銀の保有国債残高は40〜50兆円規模で減少する。その分、「実質政府債務残高」を増加させていくことになる。
 政府が「普通の財政政策運営」を行っているだけでも、市場は実質的な政府債務が今後かなりの期間にわたり増加し続けることを予想せざるを得ない。この2〜3年間で急速に拡大した日本国債金利の中の財政リスクプレミアムは、今後も拡大を続けることはあっても、容易なことでは縮小に転じないと見るべきであろう。
 その意味で、高市政権の財政運営の自由度は、過去の日本のマクロ経済政策全般のヒストリーによって相当制約されていると言わざるを得ない。むしろ実質的にかなり抑制的な財政運営が求められているとも言える。
 その覚悟が弱いと市場に認識されてしまえば、円安によるインフレ圧力を日本経済は受け続けることになるだろう。高市政権の財政運営はまさに「隘路」を進んでいる状況と言えるが、果たして政権自身にその認識があるのかどうかが懸念されるところではある。

オールニッポン・アセットマネジメント執行役員兼ウォールズ&ブリッジ代表 森田長太郎(もりた・ちょうたろう 内外の証券会社で金利ストラテジスト。2017年〜22年、大手メディア誌債券アナリストランキング1位。現在は財務省の『国の債務管理に関する研究会』委員。著書に『政府債務』、『経済学はどのように世界を歪めたのか』など。

(Kyodo Weekly 2026年8月31日号より転載)

 

 

  • 森田長太郎 オールニッポン・アセットマネジメント執行役員兼ウォールズ&ブリッジ代表

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