KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

「特集」ロシアの戦時経済 知られざる旧ソ連諸国との相互依存関係

廣瀬陽子
慶應義塾大学教授

ウクライナの苦戦

  ウクライナ戦争も3年目に入ったが、今後の展開は簡単には読み解けない。
 ロシアが侵攻を始めた2022年2月24日直後は、ウクライナがすぐに追い込まれる可能性も指摘されたし、同年3月末には和平交渉も進められたが、4月にブチャでの虐殺が明らかになると、ウクライナも世界も絶対にロシアを許さないというムードに変わった。ウクライナ東部・南部の多くの地がロシアに掌握されながらもウクライナ軍は徹底抗戦し、やがて欧米からの武器供与を得て盛り返していった。特に、22年夏の反転攻勢の成果は目覚ましく、ヘルソン奪還など象徴的な達成もあったが、やがて戦況は膠着(こうちゃく)状況に入った。23年6月からの反転攻勢は成果が出ず、同年末ごろからは欧米からの支援も滞る中、ウクライナの苦戦が伝えられるようになった。武器砲弾、防空システム、そして兵員不足に苦しむ中、ロシアからの執拗(しつよう)なミサイル攻撃を受け、ますます厳しい状況になっていった。それでも、24年2月のEUの約7兆9千億円相当のパッケージ支援の供与が決まり、半年ほど滞ったものの、米国の支援も今年4月に950億ドルのウクライナ・イスラエル軍事支援パッケージの法案が可決され、ウクライナの今後の展望は少し明るくなった。ウクライナも徴兵・動員システムをより強化している中で、いかに盛り返せるかが期待されている。

厭戦機運と人口流出

 他方、ロシアも決して安泰とはいえない。今年3月の大統領選挙はプーチン大統領の圧勝で終わったが、その選挙プロセスは不正に満ちており、結果的に他の立候補が許されなかったものの選挙前に反戦を訴える候補がかなりの支持を得るなど厭戦(えんせん)機運の高まりが明らかに感じられるものであった。そして、最近では女性による反戦運動も増えてきた。当初は、戦場から帰還しない兵士あるいは動員された人の妻や母親たちが「プーチ・ダモイ」(わが家への道)という運動を組織し、嘆願書を書いたり、無名兵士の墓に花を手向けたりするような静かな運動だったが、最近ではロシア各地で数千人がベランダで鍋かまを打ち鳴らすなど、より激しいパフォーマンスになっており、運動のうねりも大きくなっている。

 それでもプーチン政権は経済の活況を強調し、戦況も国際的な影響力も全てが順調であるとアピールしている。8割以上を維持している支持率を背景に、噂の追加動員の可能性を含め、よりラジカルな戦闘を展開しないとも限らない。

 実際、後述の通り、ロシアは欧米各国による経済制裁を乗り越え、戦時状況に順応しており、今年の経済成長率も3・2%と予測されるほどだ。だが、それはあくまでも戦時経済による仮初めの経済成長に過ぎない。国内総生産(GDP)の6%以上を軍事に回し、軍事産業を24時間365日フル稼働することで軍事力の維持と見せかけの経済成長を演出することができている。だが、その経済構造はいびつであり、例えば卵など生活必需品の不足もたびたび聞かれる。そして開戦以降、ロシアからは多くの人口流出があった。

 第1波は開戦直後で、戦争に巻き込まれたくない富裕層、ITや金融の高度な知識を持つ若いインテリ層が、とりわけ旧ソ連諸国の多くに流出した。その理由は何より欧米には制裁で行かれなかったこと、査証免除や滞在条件の良さ、ロシア語が通じること、近いが故に移動の費用コストを抑えられることなどがあった。それらの層は、移住先の経済底上げに寄与し(現地の家賃高騰、インフレなども引き起こしたが)、近隣諸国のIT技術力の向上、新規ビジネスの創出に貢献した。

 そして、第2波は22年9月の部分的動員令発出時である。その際には多くの若者が国外流出したが、第1波の時と異なり、貧困層が多く、周辺国からあまり歓迎されなかった。ともあれ、このことはロシアから大勢の若者、とりわけ将来有望な頭脳、労働力が失われたことを意味する。戦時経済という不自然な経済状況に加え、国の将来を担う人材流出はロシアの未来展望を暗くする。

軍需支える中央アジア

 そのようなロシアの労働力を埋めているのが、中央アジアや南コーカサスからの労働者であり、とりわけウズベキスタン、キルギス、タジキスタンから多くの労働者がロシアのブルーカラーの職に従事してきた。ロシアの経済の8%前後はそれら移民労働者に支えられていたが、ウクライナ戦争勃発後はロシアの兵器工場でも重要な労働力になっていたといわれ、ロシア経済のより大きな戦力となっていた可能性が高い。また、それら労働移民にロシア国籍を付与し、ウクライナ戦争の前線に投入されるケースも目立った。つまり、中央アジアの人材がロシアのウクライナ侵攻を多面的に支えていた事実がある。

 ただ、中央アジア諸国からしてみれば、自国民がウクライナ戦争で動員されることは看過できず、戦闘に参加したものは帰国後に懲罰対象になると注意喚起する一方、戦場から帰国した者を裁判にかけて実際に有罪にするなどし、自国民の犠牲を出さないよう努めてきた。だが、労働移民を止めるわけにもいかない事情があった。中央アジアの貧しい国は、労働移民を出さなければ経済が回らず、査証免除規定やロシア語が通じるロシアは労働移民先として障壁が低いのである。例えば、タジキスタン(人口約1千万人)からロシアへの労働移民は約100万〜200万人を数え、彼らからの送金が同国GDPの34〜50%を占めるという。キルギス(人口約700万人)の場合は約22万人で、送金額は同国GDPの33%に相当する。また、ウズベキスタン(人口約3500万人)は約300万〜500万人で、その送金は同国GDPの13%を占める。このように、中央アジアにはロシアへの出稼ぎ労働者の存在があって経済が成り立つ国もあり、それら諸国の存在とロシアの労働力のニーズがかみ合い、まさに相互依存関係が成立している。

 一方、とりわけ気の毒なのがタジキスタンである。アフガニスタンに接する同国のタジク人は中央アジアで唯一ペルシャ語系の言語を用い、アフガニスタンにもタジク人が多く居住していることから、アフガニスタンを中心に展開する過激派組織「イスラム国(IS)」ホラサン州に多くリクルートされてきた。貧しさ故にロシアに出稼ぎに行くか、ISに入るかの二択を迫られるケースも少なくないという。

 そして、タジク人はモスクワ近郊で3月に発生した劇場テロ事件の実行犯として世界にその名を知られることになった。実際、最近の大きなテロの実行犯がタジク人であったのは少なくなく、タジキスタンはテロリスト輩出国の汚名も着せられ、トルコなどではタジク人が入国拒否されるケースも増えていた。また、ロシアへの出稼ぎ労働者が同国で差別された結果として、ロシアでISに流れるケースが多いことも以前から問題視されていた。ウクライナ戦争の負の側面として、ロシアへの憎悪がイスラム系にも深まり、テロを誘引したことにも注目すべきだろう。このテロはプーチン政権にとって大きな失策だが、打たれ強いプーチン氏は、この事件の背後にウクライナ、欧米がいると主張し情報戦に利用するしたたかさを見せるものの、ロシアにも苦しさがにじむ。国内対策のためタジク人の追放などを試みるも、それで労働力不足で苦しむのはロシアだ。

兵器以外は何でも仲介

 最後に、ウクライナ戦争は旧ソ連全体を見なければ分からないということを強調したい。
 ロシアには数多の経済制裁が発動されているが、ロシアは苦しみつつも表面的にはそれを乗り越え、継戦能力を維持している。もちろん、このことがロシアの長期的繁栄を意味するものではなく、戦時経済による見せかけの経済成長および軍事装備品の捻出という現状であり、卵などの日常の必需品が不足したり、経済構造はいびつとなっている上に、有能な頭脳や労働力が国外流出したり戦死したりしている中では、未来展望は暗い。

 それでも、ロシアが経済を維持できている背景には、広い国土と資源、食物生産力を持つだけでなく、諸外国のサポートがある。インドや中国などがロシアの石油・天然ガスを大量購入してロシアの収入を支えていることはよく知られているが、あまり注目されていないのが旧ソ連諸国の存在である。並行輸入などで大いにロシアに貢献している。つまり、ロシアは経済制裁で欧米から直接輸入ができないので、旧ソ連諸国などの仲介を経て、兵器以外はほぼ何でも買える状況を享受しているのだ。たとえば白物家電を第三国経由でロシアは大量購入しているが、そこから半導体や電子チップを抜き取り、書き換えて戦車などの修理に使っているという。食品などもそのように輸入することで、ロシア人の不満を抑えることもできる。旧ソ連諸国も経済的に潤い、前述のロシア人移民の影響による経済活況と相まって、周辺国では戦争特需ともいえる状況が生まれているのである。だが、最近では欧米が、仲介国に対して2次制裁を課すことで取り締まりなども増えてきて、以前よりは通商の流れも低下しつつはある。

介入を恐れるモルドバ

 とはいえ、ロシアはやはり旧ソ連諸国で絶大な影響力を持っている。ウクライナ戦争勃発以降、プーチン大統領に対し旧ソ連諸国の指導者がたしなめるような発言をしたり、会談で非礼な対応をとったりしたことが22年ごろにはずいぶん報じられた。だが、旧ソ連諸国を調べると、ロシアに経済やエネルギーを握られているだけでなく、ロシアのリアル、かつ心理的「脅迫」に強い脅威を感じている。ロシアは小さな火種を炎上させる能力を持っている。そのため、問題を抱える国家、地域は常にロシアに身構え、また、付け込まれないよう問題解決にいそしむ国家などもある。

 現在、ロシアに介入される可能性が最も大きい国がモルドバだ。モルドバの「未承認国家」沿ドニエストルとガガウズ自治区は今年に入り、「モルドバに弾圧されている」とロシアに救済を求め、ロシアが応諾している。仮にロシアがそれら地域を助ける名目で「特別軍事作戦」を展開すると、沿ドニエストルに近いウクライナ南部オデッサを陥落させることで、ウクライナの黒海沿岸を全て掌握できる。そのシナリオをモルドバもウクライナも恐れている。侵攻の可能性をちらつかせるだけでも恐怖感を高められるのみならず、ウクライナ軍を分散させる効果も持ちうるため、情報戦としても意味が大きいのである。

 このようにロシアは、経済・エネルギー、「脅迫」を糧に旧ソ連諸国を影響下に置き続け、それらとの関係によって継戦能力を維持している。やはり、ウクライナ戦争は旧ソ連全体を見なければ把握できないのだ。現状の展望は、ウクライナにとってより厳しいが、ロシアにとっても明るくない。強力かつ重層的な支援と団結した対露制裁のみがウクライナの未来を明るくしうる。ウクライナの将来、世界平和の将来は私たちの肩にもかかっているのである。

慶應義塾大学教授 廣瀬 陽子(ひろせ・ようこ) 1972年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部を卒業し、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。同博士課程単位取得退学後、慶應義塾大学大学院で政策・メディア博士を取得。2016年から同大学総合政策学部教授。専門は国際政治、旧ソ連地域研究。国家安全保障局顧問など政府の委員等も歴任。「ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略」(講談社) など著書多数。

(Kyodo Weekly 2024年5月13日号より転載)

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい