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「特集」大規模災害時の「対口支援」 能登半島地震で生かされたか

鍵屋 一
跡見学園女子大学教授

中国由来の手法

 大規模災害で被災した自治体を、特定の自治体がパートナーとなって応急対策や復旧復興の支援をする手法を「対口支援(たいこうしえん)」方式という。2008年7月22日、中国で起きた四川大地震(マグニチュード8・0、死者・行方不明者約9万人)で、同国政府が用いたことで知られるようになった。中国語で「対」はペア、「口」は人を指し、ペアを組ませるという意味である。

 四川大地震では、中国政府が北京や上海など、経済発展が進んだ省や都市と被災した市や県でペアを組んで支援に当たらせ、復興の進捗(しんちょく)度を競わせた。再建にあたって集落全体が廃虚となった北川(ほくせん)チャン族自治県を丸ごと別の場所に移し、ニュータウンを建設するなどにより早期復興を実現した。中国の対口支援が成功したのは、国の強力なリーダーシップと、財政力豊かな大規模自治体による支援が大きいとされる。

 なお、四川大地震の復興については、土地が広く、しかも国有化されているという中国固有の事情があり、被災地を放棄して他の土地に移る方式を日本でまねるのは難しい。

東日本大震災で始まる

 対口支援が日本で始まったのは、東日本大震災の発生時だ。この時、関西広域連合が岩手県を大阪府・和歌山県、宮城県を兵庫県・鳥取県・徳島県、福島県を滋賀県・京都府とパートナーを決めて分担して支援した。

 私は当時、板橋区役所に勤務しており、早く支援に行かなければいけないと思ったが、どの自治体を支援するか決めるのが難しかった。応援する自治体を特定することは、他の自治体への支援を諦めることでもある。被災した地域が広範囲になればなるほど、それらの地域の出身者や関係する住民がそれぞれいる。だから、応援自治体を決める理由付けが難しい。結局、応援相手が決まって職員を派遣でき

鍵屋 一
跡見学園女子大学教授

のは、震災発生後40日以上たった4月後半になってからだった。

 この時、総務省などの調整によって迅速に応援先を決める必要性を強く感じた。総務省には、関西広域連合はもとより、さまざまなルートで対口支援の要請が行われた。しかし、理由はよく分からないが、調整に入ってもらえなかった。

 対口支援のメリットは、応援自治体が責任をもって、人員確保・引き継ぎをして受援自治体に大きな負担をかけないことだ。また、顔の見える関係から、きめ細かい支援を継続してできる。場合によっては、自治体だけでなく、民間団体、企業などによるボランティア、寄付、スタディーツアーなどの相互交流が行われる。

 これによって被災自治体間の支援格差が少なくなり、長期的な復興まで一貫した支援ができやすい。応援自治体にも、災害現場での対応ノウハウを学ぶことができ、それを次の支援活動や自らの被災時に生かせるなどメリットがある。

熊本に延べ5万3千人

 16年の熊本地震では、4月16日に震度7の本震が発生した。この本震の2日後の18日に、九州・山口9県被災地支援対策本部が被災地へ「対口支援」を行うことを決定し、熊本県と県内15市区町村に職員の派遣を開始した。

 震源地の熊本県益城町は人口約3万人だが、地震発生後の同月22日時点で、災害対策本部に職員はわずか31人。16カ所あった避難所に161人が従事していた。出勤職員の7割が避難所対応に取られていた。

 これでは復旧、復興業務への着手さえおぼつかない。町職員は被災者でありながら最大の支援者という立場で、被災町民の利用を優先してコンビニにも行けない状態であった。私が和菓子を差し入れすると、職員の皆さんが本当にうれしそうな顔をされたのが印象に残っている。

 最終的には、熊本に延べ約5万3千人の応援職員が派遣され、応急対策、および復旧・復興業務にも従事した。

 熊本地震での成果を受けて、総務省は「大規模災害からの被災住民の生活再建を支援するための応援職員の派遣の在り方に関する研究会」を設置し、「対口支援方式」が職員確保に大きな効果があったことを認め、18年から「対口支援」方式(正式名称は「応急対策職員派遣制度」)が制度化された。

石川県14市町に千人超

 能登半島地震では、1月3日に中部圏の名古屋市、浜松市などが被災地に支援に入るなど、これまでにない迅速な初動が取られた。対口支援では、パートナー役を担うのは都道府県と政令市であり、都道府県は管内の市区町村と一体となって職員を派遣して支援する。総務省の対口支援制度に基づく応援職員の派遣状況(2月12日現在)は、14市町に53都道府県市の1132人が派遣されている。

 これまでの災害では、多くの自治体が応援に入ると、受援自治体の受け入れ業務が膨大になった。しかも、短期間で帰られると、最初から説明のやり直し。また、応援側はさまざまな枠組みで入るので、職員間の業務習熟度、職位、給与、休暇などの調整が負担になる。言葉遣いや気風も違う。応援自治体の中でも幹事的に動く自治体が必要だが、他の自治体職員に対する指揮権があるわけでもない。

 そこで、被災市区町村が行う災害マネジメントの支援を行う「総括支援チーム」が調整役となって、被災自治体との窓口役となり、他の対口支援自治体は総括支援チームと連携して業務を行うこととなっている。2月12日現在、26人が活動している。総括支援チームの任務は非常に重要なので、総務省は、単なる〝充て職〟ではなく経験や知識を重視したチーム員の選抜、また研修を行っている。

 応援職員の業務は、避難所の運営、物資の管理、被害家屋認定調査、罹災(りさい)証明書の発行、災害廃棄物処理、仮設住宅の建設・入居手続きなど多岐にわたる。能登では多くの応援職員が働いていたが、もし、迅速で大量の対口支援がなかったら、被災者支援や復旧は格段に遅れていたに違いない。

 新たな対口支援として注目されるのがふるさと納税の「代理寄付」である。1月15日段階で、茨城県境町は石川県珠洲市の寄付金の代理寄付を行い、9400万円以上、熊本県益城町は石川県輪島市の代理寄付に協力し、3100万円以上が集まった。「受領証明書」の発行や郵送など事務作業を別の自治体が肩代わりすることで、被災した自治体の負担を軽減できる。この間の代理寄付額の合計は仲介サイト大手3社で11億円を超えた。

 ふるさと納税の事務作業は標準化されていて、他の自治体職員でも、現地に行かなくても支援しやすいのが理由とみられる。この寄付金は、たとえば災害救助費のように被災した住民のためだけに認められるものではなく、自治体が災害関連の経費に自由に使える非常に使い勝手のよい寄付になる。

対応業務の標準化を

 こうした事例で分かるように、避難所の業務など多くの災害対応業務が標準化されれば、対口支援に入った応援自治体は支援しやすくなる。わが国ではそれぞれの自治体がバラバラに業務を決めている。さらに、復興業務のようにそもそも所管が決まっていないことも多い。
 現在、内閣府は「防災スペシャリスト養成研修」においてeラーニングを実施し、標準的な業務内容を伝えている。テーマは「避難所開設・運営」「住家被害認定調査・罹災証明書交付」「避難情報の判断・伝達」「災害廃棄物処理」が公開されている。本来は自治体や防災関係機関を対象にしているが、現在は誰でも見られる(https://bousai-ariake.jp/e-learning/index.html)ので、活用されたい。

BCPと受援計画

 大規模災害が発生しても、災害対策以外にも優先すべき業務を定め、早期に復旧する方針・体制・手順を決めるのが、業務継続計画(BCP)である。総務省消防庁は、22年6月1日現在における自治体の業務継続計画の策定状況を公表している。内閣府が作成した自治体向けの手引書「市町村のための業務継続計画作成ガイド」では、次の6要素に対応すべきとしている。

 ▽首長不在時の明確な代行順位および職員の参集体制
 ▽本庁舎が使用できなくなった場合の代替庁舎の特定
 ▽電気・水・食料などの確保
 ▽災害時にもつながりやすい多様な通信手段の確保
 ▽重要な行政データのバックアップ
 ▽非常時優先業務の整理

 しかし、6要素すべてに対応したBCPを策定しているのは都道府県で43、市区町村で689にとどまっている。中でも「電気、水、食料などの確保」への対応が最も低く、806市区町村である。電気、水や食料なくして、どのように災害対応をするのであろうか。

 また、国は、大規模災害時に応援職員を受け入れる体制や手順などを示した「受援計画」の策定を求めている。しかし、市区町村の平均策定率は22年6月現在、67・3%にとどまる。受援計画作成に向けて内閣府には丁寧なガイドラインがある。未策定の自治体には、対口支援を生かすために最優先で取り組んでいただきたい。

跡見学園女子大学教授 鍵屋 一(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大卒。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。83年板橋区役所入庁。防災課長、福祉事務所長、危機管理担当部長、議会事務局長などを経て2015年4月から現職。(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。内閣府「被災者支援のあり方検討会」座長など防災関連の政府系委員を歴任した。

(Kyodo Weekly 2024年2月27日号より転載)

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