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「特集」 物流24年問題 輸送力不足に 「いかに安く」の発想から転換を

石橋 忠子
流通ジャーナリスト

深刻なドライバー不足

 今年4月からトラック運転手の時間外労働に「年960時間」の上限規制が適用される。そのため輸送力不足が懸念される物流の「2024年問題」が目前に迫ってきた。

 働き方改革の一環として、労働者の時間外労働に「年720時間」の上限規制が適用されたのは19年4月。だが、トラック運転手は上限を960時間にした上に、自動車運転業務、建設業者、医師など4業務は適用までに5年間の猶予が与えられた。これらの業務は長時間労働が多く、適用には「対策の時間が必要」と判断されたためだ。

 では、その5年間で対策は十分できたのかと言えば、決してそうとは言えない状況である。残業規制がなくてもドライバー不足はすでに深刻であり、長時間労働の是正には荷主が今までの仕組み、やり方を変える必要がある。だが、日本のトラック運送事業者は荷主に対して圧倒的に弱い立場に置かれており、そんな交渉ができる関係ではないからだ。

 トラック運送業界は1990年の規制緩和で新規参入が相次ぎ、約4万社だった運送会社が一気に6万社に増加。近年は6万3千社前後で推移しているが、オーバープレーヤーで運賃競争が激化し、運賃の低さを仕事の量で補う長時間労働が定着。その結果、ドライバーの労働環境は労働時間が全産業平均より約2割長く、年間収入は約1割少ない劣悪なものになっている。

 しかも仕事がきつく、深夜勤務も多いため、若年層の参入が減少。トラック運転手の数はピーク時の約98万人から現在約86万人に減っており、高齢化も進んでいる。そのため有効求人倍率は常に2倍を超えている。

 その状況下でドライバーの労働時間が短縮されるわけだが、4月から規制が強化されるのは実は時間外労働だけではない。ドライバーの拘束時間、休息時間などを細かく定めた「改善基準告示」も規制が強まる。拘束時間が短縮され、違反事業者への行政処分もより厳格に下されることになる。

生鮮食品が届かない?

 その影響を最も大きく受けるのは長距離輸送だ。中でも深刻なのが、大産地と大消費地が離れている生鮮食品だ。例えば九州の農水産物を東京の卸売市場に運ぶには18~20時間かかるが、これだと改正改善基準告示が定める一日の拘束時間(原則13時間以内・最大15時間)に抵触する。北海道の農水産物も同様だ。この生鮮食品ほどではないにせよ、こうした事態があらゆる業種で生じるのだ。

 これまでドライバー不足が言われつつも、何とか物流が滞らずに済んだのは、ひとえにドライバーが長時間労働をしてきたためだ。その労働時間が短縮されれば、荷物を運べない事態は当然起きる。何も対策を講じなければ、24年度は輸送能力が産業界全体で14%、生鮮に限れば33%不足するという試算も公表されている。

 この事態を回避するため、関係3省(国土交通省、農林水産省、経済産業省)が旗を振り、物流負荷を軽減する政策を懸命に進めている。標準パレット化や共同配送、中継輸送、鉄道や海運などに切り替える「モーダルシフト」、物流DX、物流標準化の推進などだ。

 また関係団体や識者で構成する「検討会」を設置し、その議論を踏まえて「政策パッケージ」を策定。危機的状況にある物流を持続可能なものにするには、物流事業者だけでなく、発荷主・着荷主・消費者が一体となった取り組みが必要不可欠。この視点に立って策定したもので、物流事業者・発荷主事業者・着荷主事業者がそれぞれやるべきことを明示したガイドラインも公表された。

 こうした行政の取り組みとマスコミ報道が増えたことで、荷主企業の意識が高まり、物流負荷への認識が薄かった着荷主の小売業でも物流改革の動きが出てきた。コンビニ大手や有力スーパーが店舗への配送頻度を減らしたり、翌日納品を翌々日納品に変えたり、開店前の納品を昼までに延ばすなど、今までの商慣行を見直して物流事業者の負担を減らす企業が増えている。

 コンビニやスーパーはこれまで店舗の在庫を極力持たないようにすることで、経営効率を高めてきた。そのため物流も、ジャストインタイムの仕組みを構築してきた。だが、その「小ロット・多頻度配送」が積載率の低いトラックを走らせる状況を生み、物流事業者の負担を招いている。それを抜本的に見直す動きが出てきたことは、大きな変化だ。

いまだに多いバラ積み

 一方、メーカーと卸間の配送も、ビールメーカー4社や日用雑貨10社が共同配送を行うなど、企業の垣根を越えて積載率を高め、トラックの台数を減らす取り組みが広がっている。関東の工場から中部の倉庫に運ぶカゴメと、中部の工場から関東の倉庫に運ぶ日清製粉ウェルナが手を組む「中継リレー輸送」も始まっている。中間地点の静岡でトラックを乗り換えることで、ドライバーは日帰りが可能になり、「帰り便は空」の問題も解決する試みだ。

 ただこうした事例はまだ一部の先行企業の取り組みであり、消費財物流全体の動きにはなっていない。生鮮食品も、農産物は全農と各地のJAが連携してモーダルシフトを推進。また九州では産地での集荷と幹線輸送を切り分けることで、ドライバーの拘束時間を短縮する取り組みが始まっているが、まだ福岡県と佐賀県のJAが試験運用をしている段階だ。

 行政が改善を急ぐ荷待ち・荷役時間の短縮も、昨年示された「2時間以内」をクリアしている荷主企業は一部にとどまっている。納品先のセンターで待たされたり、荷物の積み降ろしや積み替えをしたりするなど、運転以外の付帯作業にドライバーは平均3時間超(1運行当たり)を取られている。これを削減すれば、輸送能力を維持して労働時間を短縮できるが、改善がなかなか進まないのは荷主のコスト負担を伴う取り組みが必要であるからだ。

 例えば荷役時間を大幅に短縮するには、大型トラックでの輸送を全面的にパレット輸送にすることが必要だ。それも「T11型」でレンタルの標準パレットの利用が必須だ。パレットを統一しなければ必ず余計な積み替え作業が発生し、レンタルでなければパレットを回収して持ち帰る手間がかかるからだ。

 だが現状、消費財物流では100通り以上のパレットが使われており、標準パレットは全体の3割にとどまっている。パレットだと天井まで荷物を積めないため、積載率が低下する。その低下を最小限にするため、各メーカーが自社の段ボールのサイズに合った独自のパレットを使っているからだ。

 荷物を天井まで積める「バラ積み」もまだ多い。食品では菓子、カップ麺、冷凍食品の多くがバラ積みで、農産物も半分弱がバラ積みだ。そのためパレットなら20~30分ずつで済む荷物の積み降ろしを、それぞれ2時間かけて行っている。冷凍食品の場合はそれを零度以下の極寒の中で行っている。これをすべて標準パレット使用のパレット輸送に切り替えるハードルはまだ極めて高い。

ドライバーの賃上げを

 2024年問題を乗り越えるための課題はまさに山積だが、物流を持続可能なものにするためには運賃の引き上げも不可避だ。運賃が同じで労働時間が短くなれば、ドライバーの収入はさらに減少する。それを恐れた離職も起きている。昨年のトラック運送会社の倒産はこの10年で最多の328件に上ったが、そのうち41件は人手不足による倒産だ。

 荷主に対して交渉力が弱いトラック運送事業者が法令を順守して事業を続けられるようにするため、国交省は交渉の指標となる「標準的な運賃」を毎年告示する制度を導入。また運送契約の書面化、さらに「運賃」(運送の対価)と「料金」(荷待ち・荷役など運送以外の役務の対価)を別個に請求するようにも指導している。

 ドライバーの収入を増やすため、多重下請け構造の是正に向けた規制的措置の導入も検討している。トラック運送業界は99%が中小企業であり、業界の頂点に立つ元請け企業が荷主から仕事を取り、それを下請け、孫請けに委託する多重構造だ。委託のたびにマージンを取るため、孫請けはさらに運賃が安くなる。これがドライバーの低収入を招く一因になっており、今後は孫請けを極力制限していく意向だ。

 こうした行政の後押しもあって、全国のJAにはすでに物流業者から5~30%の値上げ要請が来ており、運賃を支払う農家は総じて受け入れたという。農家は資材、肥料なども高騰しており、これに運賃の値上げが加わると、「高齢農家の離農を加速しかねない」と危惧する声は多いが、農家はそれ以上に農産物を運んでもらえない事態を恐れて値上げを承諾したのだという。

キーワードは「標準化」

 運賃の値上げは商品の価格に転嫁せざるを得ないが、消費者も〝打ち出の小槌(こづち)〟があるわけではない。そこではもう一段の物流の効率化が必要で、そのキーワードは言うまでもなく「標準化」だ。パレットや段ボールの標準化、さらにはデータを標準化し、物流情報を誰もが共有できるようにすることが物流の全体最適を実現する唯一の道であり、経産省主導の下、その取り組みも進んでいる.

 ロジスティクスをまず考える欧米と異なり、ものづくりが最優先の日本では、物流はやや極端に言えば「いかに安く運ぶか」ということだけが重視されてきた。それが今日の物流危機を招いたが、荷物を運ぶ担い手が足りなくなった今、発想を全面的に変えなければならない。運び手にも優しい物流をいかに構築するか。2024年問題はまさにそのスタートラインだと言えよう。

流通ジャーナリスト 石橋 忠子(いしばし・あつこ) 一橋大学卒。出版社勤務を経てフリー。流通専門誌「激流」を中心に経済誌への執筆、講演を行っている。激流オンライン上の最新記事は「特集『セブンイレブン 縮小市場に挑む 持続可能モデルの構築』」。NHKの東海・北陸地方向け情報番組「ナビゲーション」にも出演。主な著書に「グッドカンパニーへの挑戦 時代はいま 強い企業から愛される企業へ」(国際商業出版)

(Kyodo Weekly 2024年2月12日号より転載)

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