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「特集」 ジャニーズ事務所 ビッグモーター 「同族経営」の病 ガバナンス欠如

鈴木洋仁
神戸学院大学准教授

 ジャニーズ事務所は、この10月17日付で社名を「SMILE-UP.(スマイルアップ)」に変更した。故ジャニー喜多川氏が1962年に創設して以来、とりわけこの40年ほど日本の芸能界の中心にいた会社が消えたのだった。喜多川氏による性加害を生み出し、放置してきた同社について、外部専門家による再発防止特別チームは「典型的な同族経営企業」だと指摘している。

 ジャニーズ事務所と時を同じくして社会から糾弾を受けたのが、こちらも同族経営企業の「ビッグモーター」である。創業者で前社長の兼重宏行氏だけではなく、息子で副社長だった宏一氏とともに、組織ぐるみの不正や社員へのパワーハラスメントの疑いが報じられている。

 この2社はガバナンスに問題があった、という点で共通している。一つは企業内部において、二つ目は取引先との関係において、そして三つ目に社会との関わりにおいて、その問題点を指摘できよう。

 この3点を詳述した上で、ガバナンスの観点で私たちが受け取るべき示唆を示そう。

こだわったイエと血筋

 ジャニーズ事務所は62年6月、喜多川氏の個人事業として始まる。その年、「親交を有していた中学生4名をメンバーとして、初代『ジャニーズ』を結成」する(同社の外部専門家による再発防止特別チーム「調査報告書」)。同グループが解散した後も、「フォーリーブス」や郷ひろみさんなどのアイドルを輩出する。低迷期があったものの、80年代以降は「所属タレントのNHK紅白歌合戦への出場が恒例化するなど、ジャニーズ事務所の芸能プロダクションとしての影響力が増していった」と調査報告書は指摘している。

 片や、ビッグモーターはどうだったか。同社のウェブサイトにある「会社沿革」を見よう。ジャニーズ事務所創業から15年後の76年1月、「創業者 兼重宏行氏が、出身地岩国市南岩国町で『兼重オートセンター』を個人創業」と記されている。山口県内での店舗拡大を経て、急激に全国へと勢力を広げていくのはこの20年ほどである。今年も「6年連続買取台数日本一」を掲げているように、近年の勢いはすさまじい。店舗数は、同社のウェブサイト上の数字を足し合わせると258店舗、島根県を除くすべての都道府県に出店している。

 「車を売るならビッグモーター」のCMは、テレビを中心に全国のFMラジオ局で洪水のように放送されてきた。私が調べた限りでは、同社はAMラジオを軽視していたため、FMに限定していたという。

 そうしたメディアへの差別がまかり通っていたのも、同社のガバナンスが極めて内向きだったからといえよう。

 あらゆる企業は、イエ(組織)を守るのか、それとも血筋を守るのか、その選択を迫られる。すべての会社には創業者がいる。その人物の望みは何か。イエ(組織)としての企業を続けることなのか、あるいは自らの血を引き継がせることなのか。どちらとも優先させるのは難しい。

 ジャニーズ事務所もビッグモーターも、この二兎(にと)を追った。組織を守ろうとしただけではない。創業者も、その血統も、どれも守り抜こうとしたのである。

 前者は、喜多川氏の性加害をあたかもなかったことのように扱いながら、姉のメリー喜多川〈本名藤島メリー泰子〉氏(2021年死去)、姪(めい)の藤島ジュリー景子氏に会社を継がせる。後者は、売り上げも店舗も従業員の数も、天井知らずとばかりに増やし続けるだけにとどまらず、すべての株を宏行氏と宏一氏による資産管理会社ビッグアセットが持っている。

 これでは、あらゆる人間がイエスマンとなり、ガバナンスが効くはずがない。組織を守るためには個人を犠牲にする場合があり、逆もまたしばしば起こるからである。創業者やその一族を守るためだけなら、まだ単純だろう。どちらも守らねばならない、そのジレンマゆえに無理を重ねてきた。内部でのガバナンスが機能しなかったゆえんではないか。

 問題は、こうした典型的な同族経営企業の体質にとどまらない。ともに取引先との関係でもガバナンスが作用していない。

取引先とのゆがみ

 ビッグモーターから指摘しよう。22年、同社による保険金の不正請求の疑いを認識していたにもかかわらず、損害保険ジャパンは一度停止していた取引を再開している。損保ジャパンの社外調査委員会は、この決定について「社長が、強硬な意見を主張し、他の出席者がそれに従わざるを得ないという上命下服のような関係は認められなかった」と中間報告で述べている。

 同族経営企業ではない損保ジャパンでは、こうした内部のガバナンスが辛うじて生きていたのかもしれない。

 問題は、損保ジャパンよりもビッグモーターの側にあった。13年度には、ビッグモーターの取扱保険料約80億円のうち84・4%にあたる約67億円を占めるほど、損保ジャパンの存在は大きかったし、22年度でも取扱保険料約200億円のうち60・5%にあたる約120億円と、シェアこそ下がったものの蜜月な関係が続いていた。

 業界トップの取扱保険料を誇るようになったビッグモーターにとって、損保ジャパンは不可欠な存在であり、それゆえ他の損保会社との競争をあおる姿勢を見せることで、さらに都合よく利用したのであろう。

 実際、損保ジャパンの社外調査委員会は、同社が「他の損保会社によってメイン損保のポジションを奪われてしまうのではないかという懸念ないし焦り、換言すれば、視野に乏しい対抗心が、こうした不適切な判断の背景にあった」と分析している。

 取引先同士を競わせるのは、まったくもって当たり前の商行為である。しかし、不正請求疑惑が取り沙汰される中で、特定の会社にだけ状況を伝えるなどして情報をコントロールし、疑心暗鬼に陥らせるやり方は避けるべきではなかったか。

 取引先とのゆがんだ関係は、ジャニーズ事務所にも通じる。「マスメディアの沈黙」である。ジャニーズ事務所の外部専門家による再発防止特別チームが作った「調査報告書」は、同社に対して「報道機関としてのマスメディアとしては極めて不自然な対応をしてきた」とした上で、被害者からのヒアリングを基に次のように記載している。

 「ジャニーズ事務所が日本でトップのエンターテインメント企業であり、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えざるを得なかっただろうという意見が多く聞かれたところである」

 ビッグモーターが同業他社を手玉に取っていたのと同じように、ジャニーズ事務所もまたマスメディアにおける同調圧力を強める手段、つまり圧力や嫌がらせの積み重ねによって批判を表に出させなかった。

 対等なパートナーであるべき取引先(損保会社やマスメディア)を、不正や犯罪の〝共犯関係〟に引きずりこんだ点で、ビッグモーターとジャニーズ事務所の外部へのガバナンスもまた成り立っていなかったのである。

マスメディアの沈黙

 内部と外部、二つの面でのガバナンスの欠如は、必然として社会への視野を曇らせる。

 ジャニーズ事務所でもビッグモーターでも、大切にすべき「商品」(車とタレント)を傷つけ続けてきた。それだけではない。商品を差し出す相手である顧客を裏切り、社会を欺いてきた、この点が最も罪深い。

 自分たちの組織の内側と、その〝共犯者〟にしか目が向いていないのだから、企業が社会的な存在であるとの自覚はない。犯罪や法令違反を続けるばかりか、隠し続けてきた。大みそかのNHK「紅白歌合戦」に常に所属タレントを出演させたり、ほぼ全ての都道府県に店舗を出したりと、多くの人たちの目に触れている以上、自らの責任を認識するチャンスはいくらでもあったのではないか。

 にもかかわらず、この2社の横暴を見て見ぬふりをしてきたのは、マスメディアの沈黙があったからであり、報道機関の責任は大きいと言わざるを得ない。沈黙の理由には、さまざまな種類があろう。重要なのは、マスメディアで働く人たち自身もまた、2社と同じように社会への視線を失っていたところにある。

 組織で働く以上、その内部での評価やポジションに関心が向くのは当然である。取引先=スポンサーを巻き込むのも論をまたない。ただし、その二つにだけとどまっていては、視界は狭まり、感覚が麻痺(まひ)していく。

 「同族経営企業」の2社が、私たちに突きつけた課題と示唆は、ここにある。

身内のみに通じる理屈

 ガバナンスにせよ、コンプライアンスにせよ、この20年ほどで定着したとはいえ、カタカナのままであり、つまりは普段の日本語になじまない。なじませようとしないまま、お題目として神棚に奉っているだけなのではないか。

 私たちは、ジャニーズ事務所やビッグモーターをたたいて、すっきりして終わり、にしてはならない。日本の企業の96・4%が同族会社である以上(国税庁「会社標本調査」)、私たちはほぼ必ず、そうした会社と付き合いがある。同族経営企業の病は、至るところに広がっているのであり、その内側にいるにせよ、取引先であるにせよ、何らかの関わりを持っている。

 求められているものは単純である。自分たちの組織の内部や、取引先といった〝身内〟にしか通じない理屈なのかどうか、いつも社会に照らして考えることである。この2社は、そのシンプルな視点を失っていたから、ガバナンスが全く効かなかった。その教訓だけが日々、洪水のように流される、2社をめぐるニュースから得られる遺産にほかならない。

神戸学院大学准教授 鈴木 洋仁(すずき・ひろひと) 1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金などを経て現職。専門は歴史社会学。著書に「『三代目』スタディーズ 世代と系図から読む近代日本」(青土社)、「『ことば』の平成論 天皇、広告、ITをめぐる私社会学」(光文社新書)など。

(Kyodo Weekly 2023年10月30日号より転載)

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