KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

「特集」 大谷翔平 どうなる二刀流 異次元の活躍も右肘靭帯を損傷

 

在米ジャーナリスト
志村 朋哉

 今季もエンゼルス、大谷翔平が米野球界をにぎわせている。

 開幕から投打で快進撃を見せた。打ってはアメリカン・リーグの本塁打王争いでトップを独走。投げては豪速球と変化球を駆使して三振を量産し、サイ・ヤング(最優秀投手)賞候補に名を連ねる。選手の能力を数値化する最新指標を見ても、打撃ではダントツ1位、投球でも10指に入るほどだ。世界最高峰のメジャーリーグで、投打のそれぞれで最高レベルという、他に誰もやっていない(できない)異次元の活躍ぶり。現地専門家のほぼ誰もが「現役最高選手」と認める。「史上最高」との声も出てくるほどだ。

 そんな大谷が再び右肘靱帯(じんたい)を損傷したというのだから、アメリカでもショックはとてつもない。大谷の去就と二刀流の未来を、世界の野球関係者とファンが固唾(かたず)をのんで見守っている。

 野茂英雄やイチロー、松井秀喜なども現地で高い評価を得ていたが、あくまで数いるスター選手の一人であった。野球選手としての能力で言えば、大谷はこれまでの日本人とは比較にならないほどの地位を既に築いている。どのメジャー球場でも、エンゼルス戦での野球ファンのお目当ては大谷だ。サッカーのメッシやバスケのレブロン・ジェームズが観客のお目当てであるように。大谷は今や世界の野球界の「顔」なのだ。

飽くなき向上心

 大谷は、なぜこれほどの成功を収められたのか?

 もちろん生まれ持った資質は大きい。身長193センチ、体重100キロ以上という筋骨隆々の体格。大谷を間近で見たアメリカ人の多くも、「huge(デカい)」と驚く。それでいてカモシカのようにベースを駆け回る。スピードと筋力を兼ね備えたトップアスリートであることに疑いの余地はない。しかし、単なる〝身体能力お化け〟は、スポーツ大国アメリカでは珍しくない。100メートルを10秒台で走る190センチ以上の男たちを私は見てきた。

 大谷が「世界一」になれたのは、メジャーリーガーが舌を巻くほどの、「飽くなき向上心」があったからだろう。トレーニングや食事に対する姿勢を見てもそれは明らかだ。

 トレーニング方法などを記者に聞かれても、詳しくを語ろうとはしない大谷だが、ネットに上がっている映像などでは、200キロはあると思われる高重量のデッドリフトやスクワットをこなしている。選手の自主性に任されるオフにも、ジムに通い詰めている。2021年11月にMVPを受賞した際は、日本からテレビ中継に登場したのだが、大谷1人が白い壁の前にいるだけの映像だった。普段の練習施設にいたとのことで、受賞直後もウエートトレーニングをして、お祝いもせずに1日を終えたという。毎年、2月にスプリングトレーニングが始まって久々に報道陣の前に現れると、バルクアップされた二の腕や胸や肩が日米の記者の間で話題になるほどだ。

 新しいノウハウを取り入れることも怠らない。メジャーに多くの信奉者を持つ「ドライブライン・ベースボール」に通ったのも、その一例だ。ドライブラインはワシントン州シアトルにある野球施設で、最新機器での動作解析などを用いて選手の能力を測る。大谷が重量の異なるボールを壁に投げてウオームアップを行っていた姿を見た方もいるかもしれないが、これもドライブラインの球速を上げるトレーニングである。

食事とリカバリー

 大谷が渡米した時から現地専門家が心配していたのが、二刀流に要する労力と時間である。過酷なメジャーの世界では、投打のどちらかしかやっていなくても、シーズンが進むにつれ疲労困憊し、調整の時間が足りなくなるくらいだ。

 シーズン中は睡眠と動きすぎない効率的な練習を心がけていると大谷は言う。

 多くの選手は試合前にグラウンドでバッティング練習を行うのだが、大谷はほとんどやらなくなった。屋内の打撃ケージでピッチングマシン相手に打つ方が、順番待ちをすることなく時間を有効に使えるからだ。

 また男性ファッション誌「GQ Sports」の必需品10選を紹介する動画に登場した大谷は、そのうちの五つが睡眠や回復を促すアイテムだった。頭の形や肩幅を測って作った枕、アイシング機器、睡眠の質を測るバンド、腕や脚に圧力をかけて回復を促すマッサージ器具、重りの付いたアイマスクなどを遠征先にも持ち歩いている。アクセサリーなどファッションアイテムは一つも入っていなかった。他のアスリートの動画を見ても健康グッズなどは入っているが、半分を占めるというのは珍しい。

 栄養面では、血液を検査して、自分に合う食品や炎症の起きやすい食品などを分析している。ニューヨークやロサンゼルスといった大都市に遠征時には行きつけの日本食レストランに行くという日本人メジャーリーガーは多いが、大谷はシーズン中は、ほぼ外食をしない。「基本的には球場でご飯はあるので、あとは帰ってお腹がすいたなと思ったらホテルで頼んで食べますし。次の日にまた試合があるとなかなか遅く帰ってくるわけにはいかないので」と理由を説明した。ナイトゲームの翌朝は9時半から10時くらいに1回起きて、軽食を食べて再び寝る。起きたら試合に備えるため球場に行って昼食をとるという生活を繰り返しているそうだ。

 しかし、大谷が誘惑を断ち切ったり、やりたいことを我慢してストイックであろうと自らに課したりしているようには私には見えない。自分の望む生活をしている姿が他の人にはストイックに映るという方が正しいだろう。野球をすること、うまくなることを心から楽しんでいるように見える。

 「野球のことになると貪欲で、探究心が高くて、必要なものにどんどん熱中して取り組みたいというタイプだった」と母校、花巻東高校(岩手県花巻市)で野球部のチームメートだった大澤永貴(おおさわ・えいき)さんは言う。「授業の合間にみんな疲れて休憩して机に伏せて寝ている時も、(大谷は)栄養学の本とか野球につながるような本を読んでいました」

 世界のスーパースターになった今も、それは変わっていない。7月のオールスター戦を前に、記者に二刀流の原動力を聞かれた大谷は、こう答えた。「ゲーム自体が好きですし、打つのも投げるのも好きなので、楽しんでまずはやるのが一番だと思います。それだけではないところもありますけども、根本はそうだと思うので、そこは変わらないかなと思います」

 岩手の野球少年が、そのまま大人になった。だからフィールドでも笑顔が絶えないのである。

去就はどうなる?

 だが、けがという悪魔は大谷を容赦なく襲った。

 本稿執筆時点では、大谷が2度目のトミー・ジョン(靱帯再建)手術を行うか決まっていない。手術を行った場合でも、25年までマウンド復帰はできないだろう。手術を行わず、打者に専念するという道もある。

 いずれにせよ、今季終了後に好きな球団と契約できるようになる大谷の去就に、大きく影響を与えるのは間違いない。

 契約総額は、少なくとも北米プロスポーツの史上最高額を塗り替える5億ドル(約720億円)以上になるといわれていたが、それはあくまで二刀流での査定だ。投手としての将来が不透明となったため、契約金が数億ドル下がる可能性もある。大谷獲得を狙う球団も、条件などを見直して慎重にならざるを得ないだろう。

 ただし、打者としてだけみても、大谷がメジャー屈指の存在であることは変わらない。投手を断念した場合、外野や一塁を守るという選択肢も出てくる。大谷の能力を考えれば、平均以上の守備は期待できるだろう。単に野手としても、MVP争いできるポテンシャルはある。

 現地専門家の多くは、大谷がエンゼルスを離れると予想している。エンゼルスという球団やファンは好きだが、「それ以上に勝ちたいという気持ちのほうが強い」と以前、発言しているからだ。

 多くの現地記者が移籍先候補として挙げるのが、ドジャース、マリナーズ、ジャイアンツ、パドレス、メッツなど、戦力と資金に恵まれた球団だ。特に気候が良くて日本に近い西海岸が有力とみられている。ファンやメディアも東海岸に比べて穏やかで寛容だ。

 最有力と言われるドジャースは、エンゼルスと同じ気候、地理的な条件に加え、戦力や人気面で大きく上回る。ナショナル・リーグが指名打者制を導入したことで、二刀流のやりやすさも変わらなくなった。

 しかし、最も近くで大谷を見てきた人々は、残留は十分ありうると指摘する。地元紙オレンジ・カウンティ・レジスターで番記者を務めるジェフ・フレッチャーは、大谷がエンゼルスに残る可能性は30%くらいだと予想する。勝手が分かっていて居心地が良いというのが理由だ。エンゼルスは、大谷が二刀流という新境地を切り開くため、野球だけに集中できるよう可能な限りの要望に応えてきた。大谷が手術や野手転向という道を選んだ場合、慣れた環境で臨みたいと思うかもしれない。

 大谷自身は、記者に去就を聞かれても、先のことは考えないとだけ答える。「基本的に人に相談するということはあんまりない人間」と言う大谷は、「縁」や「強い絆」といった感覚をもとにエンゼルスを選んだと言う。今回も同じようなプロセスになるのだろう。

 けがという予期せぬ正念場を迎えた大谷だが、アメリカに来てからすでに幾度となく逆境を跳ねのけてきた姿を私は見てきた。初年度オープン戦の不振でメジャーでは通用しないとの声が上がった時は、開幕からのスタートダッシュで一蹴した。20年のスランプで二刀流存続の危機に立たされた時も、MVPを受賞する活躍で見返した。

 今回も何かやってくれる。そう感じずにはいられない。

在米ジャーナリスト 志村 朋哉(しむら・ともや) 1982年生まれ。国際基督教大学卒。テネシー大学スポーツ学修士課程修了。米地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターとデイリープレスで10年間働き、現地の調査報道賞も受賞した。大谷翔平のメジャーリーグ移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者を務めていた。著書に「ルポ 大谷翔平 日本メディアが知らない『リアル二刀流』の真実」(朝日新書)

(Kyodo Weekly 2023年9月4日号より転載)

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい