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「特集」 若者の不安 大手企業を辞めてしまう本当の理由

リクルートワークス研究所
古屋 星斗

 「若手との接し方、どうすればよいのか分からない」「自分が若手の頃と違いすぎる」「若手が何も言わずに突然転職しますと言ってくる」。企業の管理職の方々と話して、こうした意見を聞かないことはない。いつの時代も若者は、社会で奮闘している先達からは簡単に理解できない存在である。ただし、現在の状況はこうした「Z世代は…」「最近の若者は…」といった「若者論」の範疇(はんちゅう)で完全に理解することができない。なぜならば、近年、若者の側以上に職場側が変わったからである。この職場の変化は「雰囲気や空気感が変わった」などという曖昧なものではなく、職場運営に係る法律が変わったという極めて社会的・構造的なものである。

 例えば、2015年に若者雇用促進法が施行され、採用活動の際に自社の残業時間平均や有給休暇取得率、早期離職率などを公表することが義務付けられた。19年には働き方改革関連法により労働時間の上限規制が大企業を対象に施行された(中小企業は20年から)。さらに20年にはパワハラ防止法が大企業で施行された。この動きを筆者は「職場運営法改革」と呼んでおり、10年代中盤以降本格化した。結果として、例えば労働時間は減少しており、特に若手で顕著である。

 15年の大手企業の大卒以上若手社員(入社1~3年目)では44・8時間であった平均週労働時間は22年には42・4時間へと減少し、仮に1日あたり8時間が規定内労働時間とすれば、残業時間は週4・8時間から週2・4時間へと短期間で実に半減の水準となった。若手の有給休暇取得率も急速に上昇している(グラフ1=リクルートワークス研究所、全国就業実態パネル調査16ー23)。有給休暇を年間50%以上取得できた者は、15年の若手では55・0%だったものが、22年には78・2%へと別の国になったかのような速度で向上しているのだ。

グラフ1
平均労働時間と有給休暇取得率

 もちろん、こういった労働環境改善は素晴らしいことだ。無駄な業務、理不尽な指示によって若手を食いつぶすような企業を存続させてはならない。こう考えた時、重要なのはこうした職場環境の変化が「不可逆な変化」である可能性が高いことだ。若者を使いつぶすような企業の姿勢に起因する許されざる事件を社会が看過することはなくなった。その結果として法律が改正されているからだ。

キャリアへの焦燥感

 近年の職場運営法改革による職場環境の好転に伴い、若手の自社の職場への認識も好転している。例えば、「休みが取りやすい」に対して「当てはまる」と回答した大手企業新入社員の割合は38・0%(1999〜2004年卒)から61・3%(19〜21年卒)へと大きく向上している。

 結果、会社への評価も向上した。初職の会社への評価点(10点満点)は、入社年を追うごとに肯定的になっている。19〜21年卒では10点をつけた回答者が4・8%、6~9点をつけた回答者が43・8%と、合わせると6点以上が48・6%と半数近くに上っている。例えば、99〜04年卒では6点以上は33・7%にすぎない。

 ただ、「労働環境が良くなって、若手も会社のことが好きでハッピー」では終わらないことは、皆さんも強く感じているだろう。例えば、若手の離職率。10年スパンで見ると09年卒の20・5%から19年卒の25・3%へと上昇している(厚生労働省調査、3年未満離職率、大学卒以上・大手企業)。

 ここで、若手社員たちが自らの今置かれた状況をどう認識しているのかをみていく。実は、職場環境は好転しているにもかかわらずストレス実感は減少していない。例えば、「不安だ」とする回答者は19〜21年卒では75・8%に上っている(99〜04年卒が新入社員だった時の66・6%や10〜14年卒の70・1%と比較して高い)。

 この「不安」という要素について、現在の新入社員に掘り下げた質問をした。例えば、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」という質問に対して「そう思う」と回答した者の割合は、現在の新入社員の48・9%に及んだ。

 実際に若手社員から「居心地は良いが、このままだと社外で通用する人間になるために何年かかるのかと焦る。なにか自分で始めたりしないと、周りと差がつくばかりなのではないか、このままではまずいと感じている」といった声は本当によく聞かれるのだ。こうした若者のキャリアへの焦燥感を、経営や人事に携わる上の世代がどの程度つかめているだろうか。

若手を生かす職場

 筆者は、若手の能力や期待に対して仕事の負荷が著しく低い職場を「ゆるい職場」と称している。そして、職場環境が大きく変わった後における若手の職業生活における不安の高まりを「キャリア不安」と呼ぶ。その背景にあるのは、終身雇用、終身一社という幻想がなくなったあとの労働社会でどう生きるのかという問いだ。昔の、といっても10年ほど前までの日本においては、会社、特に大きな会社に入れば職業人生の安心・安全を会社がある程度保証してくれるという認識は一般的だったように思う。しかし、現代の大手企業に入社する新入社員のうち、その会社に定年までいるイメージがあるのは実に20%程度に過ぎないという調査もある。いつかは転職するのだ、という気持ちの中で、自分はこの仕事をし続けて本当に大丈夫なのか? と感じることがキャリア不安の根っこにある。

 現代において若手が意欲を持って仕事に全力投球できる職場はどんな職場なのか。そのヒントがある。2985人の1~3年目社員に対し2回にわたり調査したデータを用いて検証すると、若手が活躍する職場には「二つの要素」が存在していた。

 一つは、職場の「心理的安全性」である。その職場で自分が何かを言ったり始めたりしても誰かに言下に却下されたり、人格を否定されたりすることがないという認識で、「チームのメンバー内で課題やネガティブなことを言い合うことができる」「現在のチームで業務を進める際、自分のスキルが発揮されていると感じる」という職場だ。広く共有された概念であり、その重要性に異議のある方は少ないだろう。

 もう一つ、心理的安全性と同様に新入社員のワーク・エンゲージメント(仕事にやりがいや熱意を持ち、生き生きとしている状態)にプラスの影響を与えるものとして職場の「キャリア安全性」とも言える要素が存在していた。キャリア安全性は、「このまま所属する会社の仕事をしていれば成長できる」、「自分は別の会社や部署でも通用する人材である」といった認識の高さであり、若手が自分のことを俯瞰(ふかん)した視座で、〝自身の現在・今後のキャリアが今の職場でどの程度安全な状態でいられると認識しているか〟を捉える尺度である。

 このキャリア安全性は、新入社員のワーク・エンゲージメントにプラスの影響を与えていることが分かっている。また、心理的安全性とは独立(互いに相関がない)していた。自分のキャリアが現職を続けることでどう展開しうるのか納得し安心して、はじめてその職場での仕事に打ち込める。これは変動の激しい経済社会において、漠然とした不安を抱える若手の生存本能が与えた感覚といえるかもしれない。企業が最後まで面倒を見てくれる保証はないのだから、自分の職業人生を安定させられるのは自分が身に付けた経験や知見・技能でしかないのだ。

「育て方改革」の時代

 新しい環境の中、若手をどう育てていけばいいのだろうか。筆者は「育て方改革」と呼んでおり、いくつかその中核になるポイントがあるが、ここでは2点を挙げる。

 【職場だけで育てない】
 労働時間の上限規制などもろもろの法改正により、若手の労働時間は着実に減っている。言わば、自社の職場が若手の人生に占める時間の割合は縮小している。こうした事実は、職場で伝達できるノウハウ、スキル、ネットワークの量が以前と比べて減少することを意味する。

 職場だけで育てることが難しい時代に、新しい取り組みが芽吹きつつある。例えば、通信大手では、20・30代の有志社員がグループ企業を横断した社員コミュニティーを立ち上げ、社外講師を招いた勉強会やビジネスプランコンテスト、ワークショップ、幹部との対談などを自主的に企画している。こうした職場外での活動に加え、副業や兼業、ベンチャー企業への出向や学び直しといった企業外で研鑽(けんさん)を積ませる大手企業も増加している。職場外を使った学びは「越境」と言われるが、職場の境目にとらわれない育成をどう行い、どう本業の仕事との好循環をつくるかは、今後の若手育成の重要ポイントの一つとなる。

 こうした中、若手の自社での評価を担当する職場の上司だけに、若手育成の責任を負わせることはナンセンスだ。より多くの手と目をかけて、横断的に育成する仕組みが前提となる。上司―部下の垂直関係だけでなく、若手同士など水平関係をも生かした育成の試行錯誤が始まっている。

 【若者だけに考えさせない】
 若者の自主性が尊重され要請される時代だからこそ、若者だけに考えさせてはならない。これには二つの意味がある。

 第一に、単なる「自己責任論」にしてはならないということだ。過去の若者が考えなくてよかった「この仕事をして将来自分は社会で通用する社会人になれるのか」という根源の問題に、現代の若者はまず取り組まなくてはならない。彼ら彼女らはこれまでの日本社会で誰も考えて来なかった難問に直面しているのだ。期せずして職業人生設計を1人で担う必要が生じた若者たちに対しての支援は全く十分である。自社での仕事、職場外での学びや活動、自身のライフスタイルを包含し、ライフキャリアプランニングの視点で相談に乗れるサービス・機能が拡大していくことは必須となる。もちろん、若手が社内外での活動をすべて開示し相談する環境を構築できる会社が出れば、その会社はゆるい職場時代の若者の自律的なアクションを取り込んだ強い人材力を発揮する組織を作ることができるだろう。

 もう一つの意味は、「本人の合理性を超えたジョブ・アサインが必要である」ということだ。現代においては、職種別採用の浸透やジョブ型雇用、公募型異動など制度面の変化からも分かる通り、組織が若手の希望を聞くようになった。しかし、若者個人の希望に沿ったキャリアパスを用意する限り、その個人が想像する以上の機会や経験は得られない。当事者の合理性には当然ながら主観的な認識の持つ限界性があり、これを乗り越える装置を、新しい職場の時代に改めて考えなくてはならない。そのキーワードが「本人の合理性を超えたジョブ・アサイン」である。これを本人の納得感を調達しながらいかに与えていくか、が今後大きな育成論題となっていくだろう。

 キャリア自律が重要だからこそ、1人で考えさせてはいけないのだ。

リクルートワークス研究所 古屋 星斗(ふるや・しょうと) 1986年岐阜県生まれ。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了、経済産業省入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。17年退官し、リクルートグループのシンクタンク「リクルートワークス研究所」主任研究員。著書に「ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由」(中央公論新社)。

(Kyodo Weekly 2023年8月28日号より転載)

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