湿原のヨシを地域資源に 飛騨で広がる産官学連携 日本新聞インキが商品化、中京大生は企業営業も実践
岐阜県飛騨市の池ケ原湿原で、増えすぎると植生を脅かす「厄介者」のヨシを地域資源として生かす産官学連携が進んでいる。日本新聞インキ(川崎市)が加工と商品化を、中京大学経営学部(名古屋市)の学生が商品の魅力発信や企業への営業を担う。市と地元団体が続けてきた湿原の保全を起点に、刈ったヨシを「使い続ける資源」に変える試みだ。今季は大型ドローンも投入され、ヨシなどの草約2.7トンを空から運び出した。人力頼みだった搬出の風景も変わり始めている。

◆湿原を守るために刈る

ミズバショウの群生地で、多様な湿原植物が育つ池ケ原湿原(飛騨市宮川町)。だが、繁殖力の強いヨシは放っておくと背丈3~4メートルまで伸び、貴重な植物の生育に影響を及ぼす。湿原の生態系を守るには、増えすぎたヨシを定期的に刈り取るほかない。
もっとも、ヨシは昔から取り除かれるだけの草だったわけではない。屋根や生活用品の材料などに使われてきたが、暮らしの変化とともに刈られなくなり、湿原に広がった。植生を守るためのヨシ刈りが始まったのは2010年。以来、地元の団体などがボランティアの力も借りながら、毎年続けている。

刈った後も、ひと苦労だ。飛騨市によると、人の手で運び出す場合は、ヨシを集め、一輪車に積み、運んで下ろす――という作業の繰り返しになる。真夏とあって、途中の休憩も欠かせない。しかもヨシは、ぬれているかどうかで重さが大きく変わる。
そこで今季のヨシ刈りでは、大型ドローンが運搬役を担った。機体の最大積載量は50キロ。網などの資材の重さを除くと、1回に運べる草は最大で約35キロになる。2日間で計90回飛び、ヨシ以外の草も含めて約2.7トンを運び出した。初日は、前日の雨を吸って草が重くなっていたという。

9月に行われたヨシ刈りには中京大学の学生20人をはじめ、日本新聞インキの社員や地元関係者ら計35人が汗を流した。
毎年刈らなければならないのなら、処分して終わりにせず、もう一度「使える資源」にできないか――。その発想をものづくりにつなげたのが、日本新聞インキだ。
◆ヨシを「製品」に変える
日本新聞インキと池ケ原湿原の縁は、2024年にさかのぼる。社員5人がヨシ刈りのボランティアに参加し、刈ったヨシの一部を持ち帰って試験したところ、繊維として使えることが分かった。翌25年には飛騨市との連携を本格化させ、7月のヨシ刈りにも2年続けて参加。飛騨のヨシを原料に生かす取り組みは、ここから具体化していく。
実は、同社がヨシと向き合うのは初めてではない。出発点は22年、大阪府高槻市の淀川河川敷に広がる鵜殿ヨシ原だ。ヨシ刈りのイベントに参加したのをきっかけに、ヨシ繊維を開発した大阪府枚方市のデザイン事務所「アトリエMay」から量産化の相談を受けた。異業種ではあっても、新聞インキ製造で培った技術やメーカーとしてのノウハウを生かせる――。そう判断し、23年11月に協業を始めた。今ではヨシ繊維を量産し、紙や糸などへの展開を進め、ヨシ事業を独立した事業分野の一つに据えている。

飛騨では、その技術を湿原保全という地域の課題に結び付けた。これまで廃棄するしかなかったヨシを、製品の原料として生かす発想だ。市にとっては未利用資源の活用に、同社にとってはヨシ事業の新たな展開につながる。
◆現場を知り、企業へ売る
ただ、製品にしただけでは、ヨシは地域の資源として回らない。商品を知ってもらい、買い手を広げる担い手が要る。その役を引き受けたのが、中京大学経営学部の学生たちだ。2025年6月、日本新聞インキや飛騨市などから事業の説明を受け、プロジェクトに加わった。

とはいえ、いきなり営業に出たわけではない。学生たちが最初に向かったのは、原料が生まれる現場だった。25年8月には22人が飛騨市を訪れ、池ケ原湿原で実際にヨシを刈った。その後はヨシから繊維を取り出す加工の現場にも足を運び、原材料の調達から加工、製品化、販売・営業まで、一連の流れに触れている。
指導する中京大学経営学部の濱田知美准教授によると、現地を訪れる前の学生の関心は「ヨシを使って何を作れば売れるか」に集中していた。それが、自分たちの手で刈ってみて大きく変わったという。
「こんなにヨシ刈りが過酷だとは思わなかった」「年配の方々中心のボランティアで刈り取ることは持続可能なのか不安」。学生からは、そんな声が上がった。商品だけを見ていた目が、原料を生む湿原や、保全を支える人たちにも向くようになったのだ。「この活動を飛騨市民だけでなく、日本中の人に知ってもらいたい」との声も出た。

現場を知った上で、学生たちは「売る」実践に移る。企業を選び、電話でアポイントを取り、実際に訪ねて売り込んだ。手にしたのは、ヨシの繊維を使ったタオルやハンカチ、名刺、ヨシ紙など。
昨年度の営業先の反応はさまざまだった。タオルを全色購入する予定で名刺にも関心を示した企業があれば、購入を前向きに検討すると答えた企業も。中京大学でも、学園役員分の購入につながった。
一方で、購入に至らなかった企業もある。学生たちが実感したのは、環境価値があるというだけでは商品は売れない、という現実だ。相手が何を求め、なぜこの商品を選ぶのか。相手に合わせて価値を伝える大切さを、営業の場で学んだ。
◆湿原の物語ごと届ける
売るのは、タオルや紙だけではない。なぜヨシを刈り、なぜ商品にするのかという背景まで伝えてこそ、価値が生まれる――。こうした発想は、飛騨市を訪れた時点で、すでに学生たちの提案に表れていた。
2025年8月の訪問初日。学生たちは市内を巡り、市職員の説明を受けた上で、ヨシ紙のランタンを地元の小学生や観光客と作るワークショップなどを市に発表した。商品を売るだけでなく、ヨシが使われる背景まで伝えようというアイデアだ。
今年度は名古屋市内の小学校で、ヨシ紙を使ったワークショップも計画しており、すでに2校から承諾を得た。飛騨の湿原で育ったヨシが保全のために刈られ、資源となり、商品に生まれ変わるまでを、子どもたちに伝える計画だ。保護者にも活動を紹介し、「飛騨のヨシ」を知る人の輪を広げる狙いもある。(株式会社共同通信社 垂見和磨)
【日本新聞インキ・奥道真哉氏 コメント】
当社はヨシを通して「つかう」「つくる」「まもる」の三つのサイクルを循環させ、持続可能な社会形成に役立つことをヨシ事業の目的としています。飛騨市池ケ原湿原のヨシを使い、このサイクルの中に中京大学の学生の皆さんの柔軟な発想を加えることで新たなものが生まれることに期待しております。
【中京大学経営学部・濱田知美准教授 コメント】
今回の活動を通じ、学生には経営学の知識を実際の社会や現場と結び付けてほしいと考えています。池ケ原湿原でヨシを刈り、環境保全から資源化、商品化、販売までを体験することで、課題の中に新しい価値を生み出す機会を見いだす力を身に付けてもらいたいと思います。
【飛騨市宮川振興事務所 土田憲司氏 コメント】
池ケ原湿原の素晴らしい景色や貴重な植物を守るため、刈り取ったヨシを企業や大学との連携で商品化・販売することにより、多くの人に活動を知ってもらい、ボランティア作業で足を運んでくれる方が増え、自然保護・環境保全への意識が高まることに大きな期待をしています。





















