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79歳の挑戦、自らを励ます 【コラム 本の森 田村文】

『おはなしの時子』朝比奈あすか 著 / 320ページ/ 1980円 / 双葉社

 79歳の藤原時子が詐欺電話に騙される場面から始まる。

 保険会社の者だという男が、坂口愛梨という孫のフルネームを口にして、彼女が自動車で高校生をはねてしまったと告げる。時子は気が動転し、手がふるえだす。長女亮子の娘である愛梨は19歳の大学生。愛おしい孫が窮地に陥り、受話器の向こうで泣いている。

 愛梨役の少女だけでなく、弁護士役の男も電話に出て来て、家にある現金を急いで持って来いとせかす。読者は詐欺だと気付いているから「ああ、駄目、行かないで」と思う。だが、時子は駅で待っていた若者に大金を渡してしまう。

 時子は傷つく。亡き夫の退職金の一部を奪われたからだけではない。亮子に「バッカじゃないのッ」などと罵られるのだ。同居する長男の和洋と、離れて住む亮子は相談し、固定電話を解約すると言いだす。最近は「らくらくホン」を使ってはいるが、固定電話の番号しか知らない知人も多いし、思い出もある。2人に従わなくてはならないのか。孤独が深まる―。

 子どもから非難され、あきれられる時子があまりに気の毒だ。一方で、自分の親が詐欺に遭ったら似たようなことを言いそうで、自らを戒めながら読み進める。そう、一番つらいのは被害者なのだから、周囲が責めてはいけない。

 しかし、時子はふさぎ込み続けているわけではない。夫の死後、71歳から始めたラジオ体操仲間たちとの付き合いがある上、愛梨が訪ねて来るようにもなる。

 時子は家の固定電話を使い、同じように孤独を抱える人たちの話し相手になろうと思いつく。愛梨の助けを得て、電話番号を公開し、解約までの期間限定で「おはなし電話」を始める。でも話を聞くというのは単純そうで難しい。変な電話もかかってくる。どう対応すればいいのか。

 声だけで人とつながる。誰かの力になる。79歳の挑戦は何より、自らを励ます。「一度心を通わせたなら、どんなに離れても、二度と会えなくても、関わりは永遠に続く」。そんな言葉を口にしてくれる人もいて、かけがえのない時間になっていく。

 時子が毎日を繊細に、丁寧に生きていることは、訪問者のための料理やお菓子作りからも伝わってくる。それらが象徴するように、時子の気配りや思いやりが底流に流れていて、作品全体に膨らみを与えている。

 人は死ぬまで毎日、新たな朝を迎え、人と出会い、小さな挑戦を繰り返す。昨日できたことが一つずつできなくなる高齢者にとっても、それは同じだ。シニア世代だけでなく、もっと若い人たちが読んでも、きっと大切な一冊になる。
(共同通信編集委員 田村文)

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.31からの転載】

  • 『おはなしの時子』朝比奈あすか 著 / 320ページ/ 1980円 / 双葉社

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