「特集」トランプ氏vs司法 独善・暴走に最後のとりで

半沢隆実
共同通信特別編集委員
唐突な高関税政策や極端な移民規制など分断の政治で、世界と米国を混乱させているトランプ政権に対し、同国の司法が歯止め役として存在感を増している。強権大統領に沈黙する〝トランプ党〟と化した与党共和党が、連邦議会の上下院を握る中、裁判所は権力の独善的な行使を防ぐ最後のとりでだ。
2025年1月の第2次政権発足当初から暴走を始めたトランプ政権に最初の強烈な「待った」をかけたのが、連邦最高裁だった。
今年2月の最高裁判決は、トランプ政権が各国・地域に課した「相互関税」などの措置を違法と判断。法的根拠とされた国際緊急経済権限法(IEEPA)は、大統領が関税を発動する権限を認めていないとした。
関税権限は議会に
米憲法は関税の権限は原則として連邦議会が持つと定め、IEEPAに大統領が関税を課す権限があるかどうかが争点となっていた。
これについて判決は「議会が関税を課す権限を大統領に付与する場合は明確かつ慎重に行う」と指摘した上で、IEEPAには関税への言及はなく、権限を与えたとは言えないと判断した。
IEEPAで関税を課したのはトランプ政権が初めて。それまで対象や税率についてほぼ無制限に課税してきたトランプ氏は法的な根拠を失い、関税政策を大きく見直さざるを得ない状況となった。
注目すべきは判事らの構成と個々の判断だ。最高裁は9人の判事で構成される。判事指名は大統領が行い、終身制であるため連邦議会上院での厳しい公聴会を経て正式に任命される。
現在は6人が保守派、3人がリベラル派で保守の共和党にとっては圧倒的に有利な状態。共和党を率いるトランプ氏としてもこの状況を頼りにしていた。
逆転に怒り
しかしふたを開けてみると、政権側にとっては3対6の逆転スコアであった。
ケイガン氏、ソトマイヨール氏、ジャクソン氏のリベラル派3人は大方の予想通りであったが、最高裁長官のロバーツ氏、ゴーサッチ氏、バレット氏の保守派3人も違法判断を下したのだ。
判決は「関税はあくまで議会の権限(税金の一種)」と政権側の主張を一蹴した。政権側におもねることなく、純粋な法解釈を毅然と示したことは、司法の独立性を守った意味でも高く評価できる。
2期目の看板政策に関する司法判断で期待を裏切られた上に、自身が1期目で指名した保守派判事2人にも面子を潰された格好のトランプ氏の怒りは凄まじかった。
トランプ氏はホワイトハウスで急きょ記者会見を開き、賛成した6人の判事を「わが国の恥」「飼い犬」などと罵倒。ゴーサッチ、バレット両判事については「(それぞれの)家族にとって恥ずかしい存在だ」と私生活にまで踏み込んで批判した。
リベラル派判事については「(自身の政策に対し)自動的に反対票を投じる」と不満を示し「裁判所は外国の利益と政治運動に左右されている」と持論を展開した。

米首都ワシントン(写真:Getty Images)
報復にも「待った」
これ以外にも、米首都ワシントンの総合文化施設「ケネディ・センター」を政権が「トランプ・ケネディ・センター」に名称を変更した件で連邦地裁は、手続きに問題があったと判断、トランプ大統領の名前は建物の外壁から撤去された。
改称はトランプ氏が側近を送り込んだ理事会が昨年12月、「満場一致」で決定したものだった。理事会が変更するのは法律上の権限を逸脱しているとして野党民主党の下院議員が提訴し、連邦地裁が今年5月、「変更できるのは議会だけだ」として削除を命じた。
またトランプ政権は過去の政権による「司法の政治利用」の被害者救済のためとして基金の創設を発表したが、これも南部バージニア州の連邦地裁によって一時差し止めを命じられた。
基金はトランプ氏の大統領選敗北を巡って起きた2021年の議会襲撃事件で訴追された人を含め、野党民主党のバイデン前政権下で捜査対象となったトランプ氏の盟友や支持者への補償目的とみられている。バイデン政権への「露骨な報復」と指摘された。
関税と並んでトランプ氏が看板政策に掲げる移民政策でも米東部マサチューセッツ州の連邦地裁が待ったを掛けた。
同地裁はITなどの専門技能を持つ外国人労働者向けのビザ手数料を大幅に増額した措置を無効とする判断を示した。ビザは約50万人が就労する「H―1B」で、トランプ氏は手数料を従来の20倍以上となる10万ドル(約1600万円)に引き上げる布告に署名した。
地裁は手数料を一種の税金とみなし、トランプ氏には議会からの委任なしに課税する権限はないと指摘した。こうした判断は、税金は国民と議会が決めるという米国の立法精神が揺らいでいないことも示していると言えるだろう。
三権分立に脅威
裁判所の重要性が増しているのは、三権分立の機能が脅かされているからだ。与党の共和党は強権のトランプ氏が完全に牛耳っており、穏健派の意見はほとんどが封殺されている。事実上のトランプ党と化し、強硬保守思想を信奉する「カルト集団」との指摘すらある。
その共和党が連邦議会の上下院共に多数派を占めているがゆえに、トランプ氏は第2次政権に入って議会軽視の傾向を強めた。先述の関税政策の他、国家にとって最大の政策決断である戦争遂行ですら、今回のイラン戦争では議会の承認を得ていない。
戦争権限法は議会による宣戦布告や承認なく軍事行動を始めた場合、60日以内に撤収するか、議会承認を得るよう大統領に義務付けている。しかしトランプ氏は4月の停戦開始以降、交戦は発生しておらず「敵対行為は終結した」として対象外だと主張している。
「停戦期間中は60日規定が適用されない」(ヘグセス国防長官)との詭弁は明らかである一方、過去を振り返るとオバマ政権(2009~17年)もリビア介入で議会承認を得ていなかった。
行政府と司法府間に横たわるひずみが大きくなる中、「ラスト・ブランチ・スタンディング」という書籍がベストセラーとなり、注目を集めている。筆者は米司法省の元職員で現在は司法アナリストのサラ・イスガー氏。歴史的視点で最高裁の機能と意義を解き明かした。
司法の危機も
「ブランチ」は三権分立を構成する行政府(ホワイトハウスなど)、立法府(議会)、司法府(裁判所など)の各機関を指し、書名は「最後に機能する司法府」という意味だ。
著者は、大統領権限が歴史的に強化されてきた半面、議会が党派対立によって立法機能が弱体化した結果、多くの政治的・制度的問題が裁判所へ持ち込まれるようになったと分析。裁判所が憲政を支える最後の柱になっていると指摘している。
司法界ではこの潮流も問題視され始めている。リベラル派の連邦地裁レベルで「全国的な差し止め命令」が乱発されているからだ。結果、連邦最高裁まで争われるケースがあまりにも多数に上るために、最高裁が緊急対応として通常の審理を経ずに介入せざるを得ない。
こうした緊急命令や略式決定などの手続きは「影の事件簿(シャドー・ドケット)」と呼ばれ、司法システム全体にとっての構造的ストレスとなっていると指摘されてきた。「司法の危機」との意見もあるが、国民生活や大統領令の実行など、結論が急がれる訴訟が多発する以上やむを得ないとみられている。
「相互関税」の訴訟で見せた最高裁のバランス感覚は、今後も発揮されるのか。試金石の例が、いったんは決着しているとはいえ、銃の保有や女性が人工妊娠中絶を選択する権利など、国論を二分するような党派色の強い分野だ。
そこで新たな本格訴訟が突き付けられた場合には、より厳しい目で真価を問われる局面を迎えるだろう。9人の最高裁判事を頂点とする裁判所の判断は、米国民主主義の現在地だけではなく、その将来も左右することになるだろう。
共同通信特別編集委員 半沢隆実(はんざわ・たかみ) 1962年福島県会津若松市生まれ。88年共同通信入社。社会部、外信部、カイロ支局特派員、ロサンゼルス支局長、シアトル支局長、ロンドン支局長、ワシントン支局長を経て、2023年6月から共同通信特別編集委員兼論説委員。主な著書に「銃に恋して 武装するアメリカ市民」(集英社)「ノーベル賞の舞台裏」(筑摩書房、共著)など。
(Kyodo Weekly 2026年6月29日号より転載)
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