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細菌が環境中の鉄の存在を「知る」しくみを解明

膜タンパク質の多段階切断を介して、細胞外の情報が細胞内へ伝達される

2025年4月18日
岐阜大学
京都大学

細菌が環境中の鉄の存在を「知る」しくみを解明 膜タンパク質の多段階切断を介して、細胞外の情報が細胞内へ伝達される

 

本研究のポイント

・細菌は環境中の鉄を効率的に取り込むために、外界の鉄を感知できることが知られています。本研究では、その分子メカニズムの一端を解明しました。
・細菌は分子モーター1)が生み出す機械的な力を使って、鉄を細胞内に取り込みます。本研究ではこの力が、鉄の取り込みだけで無く、鉄の感知にも利用されていることを発見しました。
・その機械的な力は、細菌が持つ膜タンパク質2)の一つに伝えられ、それによってこの膜タンパク質が連続した切断を受けることで、鉄が外界に存在するという情報が細胞内へと伝達されることを明らかにしました。

研究概要

 岐阜大学大学院医学系研究科の横山達彦助教、久堀智子准教授、永井宏樹教授と京都大学医生物学研究所の秋山芳展教授らの研究グループは、奈良先端科学技術大学院大学と理化学研究所との共同研究で、細菌が環境の鉄イオンを感知する分子メカニズムを解明しました。本研究成果は、現地時間2025年4月17日にProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)誌のオンライン版で発表されました。
 生命は、生存に不可欠な元素である鉄を取り込むために、巧妙なシステムを進化させてきました。効率的に鉄を取り込むために、細菌は外界の鉄を感知することができますが、その分子メカニズムの全容はこれまで不明でした。細菌は鉄を取り込む際に、分子モーターが生み出す機械的な力を利用することが知られています。本研究ではこの力が、情報伝達を担う膜タンパク質「FecR」にも伝わり、FecRの連続的な切断を引き起こすことを突き止めました。そして、こうして生じたFecR断片が、鉄の取り込みに必要な遺伝子群の発現を誘導することを明らかにしました。本成果は、タンパク質切断を介した情報伝達の新たなメカニズムを提示し、生体機能制御の基盤となる仕組みの一端を明らかにしたものです。

研究背景

 グラム陰性細菌は外膜と内膜と呼ばれる2枚の膜で外界と隔てられています。細菌の内膜には分子モーターが存在しており、プロトン駆動力3)を利用することで、機械的な力を生み出します。細菌はこの機械的な力を用いることにより、外膜に存在するレセプタータンパク質が捕まえた外界の鉄を、細胞内へと引き込むことが知られています。このように鉄を細胞内に取り込む機構については研究が進んでいる一方で、外界に存在する鉄をどのように感知してその情報を細胞内に伝え、鉄取り込みに必要な遺伝子の発現を誘導するのかという仕組みについては分かっていませんでした。

研究成果

 本研究では、分子モーターが生み出した機械的な力が内膜に存在する膜タンパク質FecRにも伝達されることを突き止めました。それにより、鉄の取り込みだけでなく、外界に鉄が存在するという情報の伝達にも、この力が利用されていることを明らかにしました。
 —    FecRは、NTD領域とCTD領域の2つの領域に分離された状態で内膜に挿入されることを発見しました。
 —    分子モーターによる機械的な力は、レセプタータンパク質を介して、FecRのCTD領域に伝達され、これによりCTD領域がNTD領域から解離することを見出しました。
 —   CTD領域が解離すると、NTD領域はタンパク質分解酵素4)によって連続した2度の切断を受けることを明らかにしました。そして最終的にNTDから生じる小さな断片が膜から細胞内へと移行し、σ因子5)を活性化することで、鉄を取り込むシステムを構成する遺伝子の発現が誘導され、細菌はより効率的に外界の鉄を取り込めるようになることがわかりました。

グラム陰性細菌が外界の鉄を感知する機構

研究の意義と今後の展開

 本研究では、膜タンパク質が厳密に制御されながら連続的に切断されることで、細胞外の情報が細胞内へと伝達される分子機構を明らかにしました。こうしたタンパク質の切断を介した情報伝達は、細菌に限らず、ヒトを含む多くの生物種にも見られ、細胞死、コレステロールの合成、神経変性疾患の発症など、生命にとって重要な現象に関与しています。本研究は、タンパク質切断を伴う新たな情報伝達のメカニズムを解明し、生体機能制御の根幹を成す仕組みの一端を明らかにしたものです。
 また細菌感染による病態の悪化には、鉄の効率的な取り込みを介した細菌の増殖が深く関与しています。本研究で明らかにした細菌の鉄感知機構は、細菌が感染を成立させるメカニズムの理解を深めるとともに、細菌感染を制圧するための新たな医療基盤の創出にもつながることが期待されます。

研究者コメント

 「本研究で対象とした情報伝達システムの存在自体は、半世紀近く前から知られていました。しかし、このシステムのコアである、FecRが情報を伝達する分子メカニズムは謎に包まれてきました。本研究では、FecRが細胞内で合成され、膜へと挿入され、最終的に分解されていく過程、いわばFecRタンパク質の「一生」を精緻な生化学的解析により紐解くことで、情報伝達メカニズムの全容を明らかにしました。今後、類似したタイプの情報伝達機構の研究を進める上で、本研究が必要不可欠な礎になると信じています。最後に、本研究の基盤となった数多くの研究を推進し、本研究領域の発展に多大な貢献をされてきた、マックスプランク生物学研究所(ドイツ)のVolkmar Braun博士に心から敬意を表します。」(横山達彦)

用語解説

1) 分子モーター:細胞内で化学的なエネルギー等を機械的な動きに変換する生体分子。
2) 膜タンパク質:膜で機能するタンパク質。
3) プロトン駆動力:膜の内外に生じる電位差と水素イオンの濃度勾配によって形成されるポテンシャル。
4) タンパク質分解酵素:タンパク質を構成するポリペプチド鎖のペプチド結合を加水分解する酵素。プロテアーゼとも呼ばれる。
5) σ因子:細菌のDNA上で転写を開始する場所を決定するタンパク質。

論文情報

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル:Cleavage cascade of the sigma regulator FecR orchestrates TonB-dependent signal transduction
著者:Tatsuhiko Yokoyama*, Ryoji Miyazaki, Takehiro Suzuki, Naoshi Dohmae, Hiroki Nagai, Tomoya Tsukazaki, Tomoko Kubori*, Yoshinori Akiyama*
(*Corresponding authors)
DOI: 10.1073/pnas.2500366122

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