KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

「がんとこころのケア」

◇2人に1人はがんになる◇

まず緩和ケアについて簡単に説明し、その後にがんとこころのケアについて話したい。がんは今や死亡原因の第1位で、3人に1人ががんで亡くなっている。日本人の2人に1人が生涯に一度はがんになり、さらに100人に1人は現在、がん医療を受けている状況だ。

わが国の緩和ケアは、がん対策とともに進められてきた。昭和59年くらいから始まる「対がん10カ年戦略」という時期は、がんはどのような病気なのかの研究を中心に進められた。その後「がんの治療につながっていないのではないか」という国民の声を受けて、がん医療を充実させていこうということで、平成18年に「がん対策基本法」という法律が制定され、「がん対策推進基本計画」という国全体のがん対策の方向性を定める計画が作られた。

基本計画は、がんによる死亡者の減少だけでなく、全てのがん患者およびその家族の苦痛の軽減ならびに療養生活の質の維持向上という目標が定められた。つまり、がん対策は生きるか死ぬかということだけではなくて、患者やその家族の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ=QOL)をしっかり向上させていかないといけないということが、国全体で定められたわけだ。その中から重点的に取り組むべき課題として、治療初期段階からの緩和ケアの実施というものが書き込まれた。

◇治療と並行して緩和ケアも実施◇

緩和ケアとは、患者や家族の状態に応じて身体の症状の緩和のみならず、精神心理的な問題や社会的な問題の支援なども、治療の初期段階から積極的に行おうというもの。これまではどちらかというと、がんの治療をやって、その効果がなくなったあとで、じゃあ緩和ケアにでも移りますかという感じで、終末期のケアというイメージが強かったかもしれない。しかしそうではなくて、積極的な治療と一緒に、緩和ケアを並行するのがむしろ重要なんだ、ということが定められた。

 そのような取り組みを広く知ってもらおうと、日本緩和学会は、厚生労働省からの委託事業という形で、緩和ケアの普及啓発活動を行ってきた。それが「オレンジバルーンプロジェクト」。ただ、まだなかなか多くの方に緩和ケアが正しく理解されていないというのも事実だ。

 政府は昨年の6月、基本計画の見直しを行った。全体目標に新しく「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」が追加されたのをはじめ、重点的に取り組むべき課題がいくつか変更になった。その中には緩和ケアに関した部分もある。「早期からの緩和ケア」という表現が「がんと診断されたときからの緩和ケアの推進」というふうに改められた。

 がんの早期からといっても、具体的にどの段階が早期なのかよくわからない。もっと明確に、どの時期から緩和ケアを提供すべきなのかをはっきりさせた方が、より適切に緩和ケアが届けられるのではないかということで、がんと診断されたときからとの文言になった。

 医療従事者や関係者は、このような動きに合わせて緩和ケアを更に進めていこうと考えているが、やはりまず多くの方に緩和ケアがどういうものなのか、どういったものが実際に提供されるのかを知ってもらうことが重要だ。その意味でも今日の市民公開講座をぜひ有意義なものにしたい。

◇こころのケアの専門家◇

では本題の「がんとこころのケア」の話に入りたい。私は「精神腫瘍医」という立場でケアに当たっている。この言葉を聞いたことがある人は、まだまだ少ないのではないかと思う。英語では「サイコオンコロジスト」と表現する。サイコ(心理学)と腫瘍学(オンコロジー)という二つの言葉を合わせたものだ。がん患者やその家族は、さまざまなこころの負担を抱えており、こころのケアの専門家として、そういったものを取り扱う仕事をさせてもらっている。

ここでがんという病気について考えてみたい。皆さんはがんという言葉を聞いたとき、どのような印象を抱かれるか。おそらく嫌なイメージ、不気味なイメージを持ってらっしゃる方が多いのではないかと思う。

がんを罹患された方が、5年後にどのような状況になっているのかを示す「5年生存率」というデータがある。がん全体で見てみると、5年生存率57%。がんの種類によっては高いものもあれば、かなり厳しいものもある。この数字の受け取り方は人それぞれだと思うが、がんという病気は、死というものを否応なく連想させる。

それでは、そのがんという病気を告げられたとき、患者はどういう気持ちになるのか。こころの負担が強くかかってしまう時期というのがある。代表的な時期は三つ。がんの診断をされたとき、再発を告げられたとき、積極的な抗がん治療ができなくなったとき-だ。こういったときに、がん患者には大きくストレスがかかると言われる。

◇がんと告知されたとき◇

今日はこの中で特に、がんの告知のときについて詳しく見ていきたい。実際にがんと診断されたとき、どのようなことが心理的に起こるのか。もちろん人によって違うが、一般的な話として、最初に「否認」というものが起こる。何かの間違いじゃないか、検査が誤った結果を出してしまったのではないか、もしかして患者を取り違えたんじゃないかなど、実際のことではないのではという気持ちが出てくる。

しかし正しい診断結果だったということが次第にわかってきて、これから自分はどうなってしまうのかと不安になるなどの「事実に対する直面化」を迎える。いろんな不安や心配、そういったものが出てくる。

さらにある一定の時間が過ぎていくと、だんだんといろんな状況の中で、これから自分はどうやって生活していこうか、この状況をどう乗り越えていこうかということが考えられるようになる「適応」という状態になる。

がんと告げられた直後の非常に強い絶望の中で、人によっては怒りという感情が出てくる方もいる「初期反応期」が一週間以内。それがだんだんと落ち着いてくる一方で、いろいろな不安心配が出てきて、なかなか実際の自分の生活ができなくなってしまうような時期が一週間から二週間ぐらい続くことが多い。しかしそういった時期も二週間ぐらい過ぎると、だんだんと元の生活に戻っていけるような段階に入ってくる。人によっては1カ月~3カ月くらいかかるかもしれない。

なかなかなか現実の生活に戻ってくることができない方もいる。がん告知後の「病的な反応」というものだ。人によっては、気持ちの落ち込み・不安というものが長く続いてしまい、日常生活に戻れない。そういった状態を「適応障害」といったり、より重症なものを「うつ病」と表現をすることもある。いろんな調査によって数字は少し違うが、10%から40%くらいは、このような状況になる人がいると言われている。

◇自分らしく過ごすための5カ条◇

がんと言われても自分らしく過ごしていくにはどうしたらいいのか。また家族ががんと言われたとき、家族ができることはどんなことなのか。次にそういったことについて考えてみたい。全ての方に当てはまるわけでもないのだが、ヒントにしてもらえたらと思う。

まず一つ目は自分を責めないこと。がんと診断されると、自分の以前の生活や行いが悪かったんじゃないか、自分があんなときあんなことをしてしまったから罰としてがんになってしまったんじゃないか、というふうに思ってしまう傾向がある。しかし、がんという病気は生きていれば、ある一定の確率で起きてしまう病気だ。過去の何かが直接悪いということはなかなか言い切れないものなので、自分を責めないようにしていただきたいと思う。

そして二つ目だが、主治医と納得できるまで話し合う。がんという病気について一番詳しい情報を持っているのは主治医であるのは間違いない。なかなか自分が聞きたいことを主治医に直接聞けないということも理解できるが、やはり「こんな食べ物は食べてもいいんだろうか」「こういうことをしてもいいんだろうか」「この治療が本当に自分に合っているのだろうか」「こんな痛みが出てきているんだけども、これは放っておいていいんだろうか」-いろんなことが治療の中で出てくる。そういったことをしっかりと主治医に聞くことが重要だ。

三つ目は身近な人にありのままを話すこと。どうしてもがんという病気にかかると、誰に話していいのかわからない。いろんな悩みがあるんだけれども、どうしていいかわからない。皆さん一人で悩んでしまう傾向がある。誰にでも話すというのではなくて、家族や友人、心から信頼できる方に自分のありのままを話す。こういうことができると、かなりこころの負担が軽減されると思う。

四つ目だが、気持ちの落ち込みがどうしても長く続いてしまうことがある。こういうときは、できるだけ早くこころのケアの専門家に相談する。特に辛さが強く長く続くとき-目安としては数週間以上-や、生活への影響が出ていて日常生活がおくれないようなときは、がんなんだからしょうがない、当然だというふうに思わず、どうか専門家に相談してほしい。

そして五つ目として、正しい情報を集めることが重要だ。インターネットや本などを見ると、がんに関する情報がたくさん載っている。そういったものの中には、あまり信用できないものもある。正しい情報を正確に持つことが、いろんな意味で自分らしく生活できることにつながっていくと思う。

◇気持ちの辛さは体の不調招く◇

なぜこころ、気持ちのケアが必要なのか。気持ちの辛さは、体の辛さや生活へも影響するからだ。人によっては、がんの治療方法の選択がどうしても消極的になってしまうという。最も防がなくてはいけないことだが、自殺の最大の原因にもなる。また介護している方の負担も大きい。ではどこに相談すればいいかというと、皆さんのそばには「がん診療連携拠点病院」の「相談支援センター」というものがある。全国397カ所のがん診療連携拠点病院に必ず併設されている。

身近に拠点病院がないという方がいるかもしれないが、電話でも相談を受け付けており、自分の施設以外のところでも相談支援センターが必ず受け付けることになっているので、ぜひ利用してみてほしい。国立がん研究センターのがん対策情報センターというホームページに相談支援センターの一覧表などが掲載されているので、こういったものを活用して相談していただけたらと思う。

中には専門家に相談した方がいい場合もある。そういった場合は、私が所属しているような精神腫瘍科の外来を利用するのがいいと思う。精神腫瘍科というのは先ほども申し上げたが、がん患者のこころのケアを専門にしているところ。こころに関することを広く扱っているところなので、こういった部門があるということを心にとめておいていただけたらと思う。

家族ががんと言われたときについても少し見ていきたい。家族ががんと言われたとき何をすればいいのか、どういうふうに対応すればいいのか、皆さん悩まれる。まずできることは、患者さんの話をよく聞くことだ。自分から話を持ち出すことができないかもしれない。そういう人たちには、自分はあなたのことを本当に心配しているということを一言いっておいて、もし何か力になれることがあったらいつでも相談に乗るからねというふうに伝えておいてもらえたらと思う。

無理やり聞き出そうとしてもなかなか聞けないだろう。患者の方から「ちょっと相談したいことがある」と言われたときは、忙しくても、できるだけ時間を作ってじっくりと耳を傾けて話を聞いていただきたい。

話を聞いていると、やはりがんという病気の性質上、どうしても難しい話題が多いかもしれない。自分はこれからどうやって生きていけばいいのかとか、主治医の先生からいろいろ言われたんだけど治療法はどういう風に選べばいいかとか。さらに自分が死んでしまったあと子供たちのことはどうしようか、仕事のことはどうしようか、そういったことが話題として出てくるかもしれない。そういうような、答えがすぐに出ないような難しい話題でも、まずは避けずに一緒に考えていくことが重要だ。

 患者によっては、もうがんの治療をやめてしまいたい、抗がん剤の治療は副作用が非常に強くてもう終わりにしたい、といった話が出てくることもあるかと思う。そういうときは、安易に説得や自分の価値観を押し付けないようにしてもらいたい。例えば抗がん剤の治療をやめてしまいたいという話が出てきたときに、そんなことを言うもんじゃないよとついつい家族としては言いたくなってしまうものだが、なぜそんなことを言うのかをまず聞いた上で、今後のことについて一緒に話し合ってもらえたらなと思う。

 ほかに家族として出来ることとしては、正確な情報集めもある。ネットとかを見るといろんな情報がある。何かできることがないかということで、そういったものに飛びついてしまう気持ちもわかるが、できるだけ正確な情報を集めて、患者さんの希望に沿うようなものを一緒に話し合っていけたらと思う。

◇家族も自分の生活を大事にする◇

大切なことは、家族も自分の生活を大事にするよう心がけてもらうことだ。がん患者の家族は、どうしてもいろんな役割を求められてしまう。患者の心を支えることや日常生活を支えること、場合によっては治療方針、医療生活の場所を決める意志決定を共有したり、患者の代理人としてそういうことを行わないといけないかもしれない。家族のストレス負担は、体だけじゃなくて精神面にも及ぶ。特に高齢の配偶者では、家族の死亡率が上昇するとも言われている。それでも家族は自分の辛さを訴えてはいけないと思いがちだし、医療従事者も家族の負担を過小評価しがちだ。

医療現場では患者への対応が優先になってしまうし、家族も患者が大変なのだから自分がしっかりしなきゃというふうに思ってしまう。そのような状況を放っておいていいわけではなくて、しっかり家族のケアもしていかないといけないと思っている。家族ケアを実際に行っていくうえで注意していくことは、患者の家族ではなくて、悩みを抱える相談者として対応するということだ。家族の方が安心して話ができるよう、患者のベットサイドなどではなくて、しっかりと向き合えるような場所を作ることが重要だろう。十分な時間も確保したい。頑張ってらっしゃる方が多いので、その役割を労うということも必要だと思う。

ただ、このような家族ケアが実際にできているところは、まだまだ少ないのが現状だ。私が今いる国立がん研究センター中央病院というところでは、昨年より「家族ケア外来」というものを始めた。私自身がやらせていただいている。今後このような取り組みが全国に広がっていけば良いと思っている。

今のところどこでもしっかりと提供できるというわけではないが、家族の方々、患者がこういったことを知っていただいて、ぜひ実践できるもの、相談できるもの、そういったものについては適切に相談していただけたらなと思う。まだそういったものが必要でないという方も、頭の片隅に置いておいていただいて、必要になったときにぜひご利用いただければと思う。

 

加藤雅志 略歴

加藤 雅志氏 特定非営利活動法人・日本緩和医療学会の委託事業委員長、国立がん研究センターがん対策情報センターがん医療支援研究部長。

1999年に慶応義塾大学医学部を卒業後、独立型ホスピスであるピースハウス病院に非常勤にて勤務、その後、埼玉県立精神医療センターおよび埼玉県立がんセンターを経て、2006年厚生労働省がん対策推進室に勤務し緩和ケアやがん診療連携拠点制度などを担当。2009年国立がんセンターに移り精神腫瘍科の臨床に取り組む。相談支援センター長のほか日本緩和医療学会理事、日本サイコロジー協会理事も務める。

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい