ソブリンAIの必要性議論を EYジャパンの貴田守亮CEO
米ホワイトハウスで9月29日、最先端の人工知能(AI)の開発を手がける米企業6社が自主的にAIの安全性確保に努める合意文書に署名するなど、急速に進化するAIを巡る動きが活発化している。同じ日に厚労省が公表した「労働経済白書」は、AIは「雇用の創出と喪失の両方をもたらす可能性がある」と指摘したが、AIエージェントやフィジカルAIなどAI技術のさらなる“進展”の影響分析は今回「含まれていない」と付言し、進展するAIが日本の労働市場にもたらす結論的な断言は避けている。
こうしたAI進化への期待と不安が交錯する中、国際総合ファーム・EYジャパンCEOの貴田守亮さん(55)にAIへの期待や日本社会に与える影響などを聞いた。
▽ソブリンAI
―急速に進化するAIの影響を考える上で欠かせない視点は。
日本がいま重要な分岐点に直面しているのが、自国内の技術・インフラで運用管理できる「ソブリン(主権)AI」を構築するか、という点です。海外の報道では、最先端AIを開発する米企業は米政府の意向に従う傾向があると見られており、同盟国の英政府に対しても高性能LLM(大規模言語モデル)をフル開示しない米企業アンソロピックの対応が報じられています。私の若いころは米ソ冷戦がありましたが現在の冷戦はAIなどのテクノロジーを巡る「米中冷戦」です。この冷戦が背景にあるので、「ソブリンAI」がイシュー(論点)になっています。
―AI覇権を巡り、トランプ米大統領は「3位に位置する国などない。全ては米国と中国の話だ」と発言し、中国への対抗心を隠しません。
昔も今も冷戦と言われるものの一番のポイントはテクノロジーだと思います。本格的なAI時代に入っていく中で、日本独自のAIをどう考えていくかという議論が足りないと感じています。日本も、オープンAIやアンソロピックなどの最先端AIに対抗するような独自AI、高性能LLMを、中国のように作っていくのか、それともこのまま他国の企業・政府が承認したレベルのAIを使っていくのか、もっと腰を据えた議論が必要だと考えます。そのほか、例えばカナダのマーク・カーニー首相が今年1月のダボス会議などで「中堅国(ミドルパワー)の結束」の重要性に言及しましたが、中堅国がまとまりLLMを開発する構想を日本がリードすべきかどうか。日本がかつて環太平洋パートナーシップ(TPP)協定で主導権を握ったように、AI分野でもこのような方向の議論を日本がリードする余地はあるはずです。それだけの力を日本は持っています。
―日本のAI関連のインフラは十分ですか。
エネルギーの問題が重要です。AIの計算力をフル稼働させるにはたくさんのエネルギーが必要になる。エネルギー源を海外に頼っている日本は、これからのAI社会にたくさん必要となる電力などのエネルギーをどう確保していくのか、考えなければならないでしょう。このAIのインフラ面の課題は、一企業が悩んで解決できる話ではない。国を挙げた総合的な対応が必要となります。AIの進展に国を挙げて対応するには、AI変革の先には何があるのかを伝えられるコミュニケーション能力が各所で重要になってきます。エネルギーやインフラも含めた今後のAI社会に必要なものへの多くの国民の理解が、5年後の日本でのAIの在り方を決めていくと思います。
―海外では米国などで「反AI」の動きが一部で見られます。
米国ではAI用のデータセンター建設に対して抗議デモが起きています。また米アリゾナ大の卒業式で今年5月、「AIはあらゆる職業、あらゆる人間関係に影響を及ぼす」とスピーチした元グーグルCEOがブーイングを浴びた、と報じられています。AI悪用への懸念もあるのでしょうが、私はこうした動きの背景に、米国内の分断、特に大きな経済格差による分断、その経済格差をAIがさらに広げ始めていることへの不安感が、大きな問題として横たわっていると考えています。

ソブリンAI の議論が必要と指摘するEYジャパンCEOの貴田守亮さん=東京都千代田区
▽AIによる格差拡大を防げ
―日本でAIによる格差が拡大する恐れは。
日本が今後も「先進国」であり続けるためには、AIで格差を縮める努力が必要と私は考えています。先進国の重要な要素は「一定レベル以上の教育や医療、交通、政治・法制度などのインフラアクセスが保障され、生活レベルが国民全員に行き渡っていること」だと思います。先進国の日本がAI時代にしなければならないことは、AI技術の恩恵を全国民に行き渡らせることのはずです。AI技術で経済格差を広げないことを、日本がAI社会に進むための“大前提”にするべきです。日本は高齢化も進んでいるので、高齢者がAI社会で取り残されないようにすることも必要です。経済力やGDP(国内総生産)、国債の信用レベルなど先進国の指標はいくつか考えられますが、AI時代には「格差を縮める」努力がとても大切と感じます。AIで格差が縮まることで、国力は相対的に上がると見ています。
―雇用喪失の不安面への対応は。
雇用喪失は、AIを巡る議論の中でフォーカス(焦点化)されすぎている、と感じます。私は、AIを使うと企業の売り上げ、また粗利も労働者の雇用機会も増えると考えています。もちろん個別の職種を見ればAIに代替される部分はあります。しかし労働市場全体を見れば、AIによって雇用は増えるはずです。18~19世紀の産業革命や20世紀のインターネットのコミュニケーション革命を振り返っても、その後に新たな雇用が生まれています。例えばEY内でも、AIが代替した仕事の従事者が、AIが創出した新しい価値を生み出す仕事に移行する「組織内移動」が起きると考えています。
▽AIと芸術
―AIの個人への影響、例えば思考力の退化懸念は。
例えば若い世代の脳が退化する可能性を指摘する学者はいます。しかし、私はAIによって人間が進化する部分の方に着目します。
―若いころの一時期ピアニストを目指した貴田さんは、仮にあらゆる世界の名ピアニストの曲を完璧にマスターした「AIピアニスト」が出てきた場合、その演奏を聴きたいですか。
私は、世界的なピアニストのマルタ・アルゲリッチさんが来日して12月に東京で演奏するので、チケットを買いました。たとえそのマルタ・アルゲリッチさんと同じ演奏ができるフィジカルAIが完成しても、私は行かないと思う。ピアノを弾く人間として、80歳を超えても厳しいトレーニングを続け、今もステージ上でその身に付けた世界最高峰の技巧でピアノを弾き自らの音楽を表現しているマルタ・アルゲリッチさんを尊敬しています。私が、彼女の演奏会に足を運ぶのは、その80年を超える“人生の累積”に感動するからです。真の芸術はやっぱり人間の苦労であったり人生経験だったり、それらがその芸術作品ににじみ出てくるからこそ楽しめる。私個人は、AIの生み出す新たなビジネス価値に大いに期待する人間ですが、AIが作る作品は、不完全性も含めた人生の累積がにじみ出る人間の芸術とは似て非なるものだと思います。
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