オフィスで輝く女子アスリート~二刀流が切り開く新しい働き方(下) 職場を変える存在感 中小企業こそアスリート雇用必要
2つのフィールドで戦い、二刀流の生活を送る選手たちを、所属するニッパツ横浜FCシーガルズの山本絵美監督(44)は、どのように見ているのでしょうか。
シーガルズは、なでしこリーグ1部(12チーム)に所属しており、チームには現在31人の選手が在籍。仕事と競技を両立するアマチュア選手で、全員がアスリート雇用されています。選手は火曜から金曜の朝8時から10時にグラウンドで全体練習を行い、自主トレをこなし、シャワーを浴びてから、午後はそれぞれの勤務先へ出社していきます。月曜はサッカーも会社も休みで、各自で体のケアに充てているといいます。
2026年シーズンは3月中旬に開幕。土曜か日曜のいずれかに試合が行われ、各チームともすでに15試合を戦っています。
チームを率いる山本監督は神奈川県出身。現役時代は攻撃的なミッドフィルダーとして活躍し、日本代表としてワールドカップ(W杯)やアテネ五輪にも出場。2014年シーズンにシーガルズでコーチ兼選手として過ごし、その後は、WEリーグのちふれASエルフェン埼玉にプロ選手として移籍。41歳で現役を引退し、同チームでコーチとして指導をスタート。2026年1月にシーガルズの監督に就任しました。監督経験は初めてで「責任は重い」と気を引き締めます。
▽妥協するな、覚悟が必要
二刀流で戦う選手たちについて、山本監督は「WEリーグのプロ選手はサッカーでお金をもらいますが、なでしこリーグの選手たちはサッカーと仕事の『両方』でお金をもらっている。だからこそ、どちらに対しても妥協してはいけないと伝えています」と、二刀流ならではの覚悟が必要と訴えます。
女子アスリートにとって避けて通れないセカンドキャリアの問題について、山本監督は「選手時代からやっている仕事の中にやりがいを見いだせれば、引退後もその企業で働き続ける選択肢ができます。仕事をするなら単なる作業ではなく何かを得てほしい。選手たちがサッカー以外の分野にもアンテナを張り、『これ面白いかも』と思えるきっかけを見つけてほしいですね」と興味を持てる“何か”を見つけてほしいと持論を展開します。
「経験から言うと選手としての引退は30代前半くらいが多く、セカンドキャリアを意識するのは25歳くらいからでしょうか」と振り返り、「ただ、何をしていいか分からないという選手が多いのも事実。相談を受けたら話をしたいし、大事なのはサッカーを嫌いにならずに次のキャリアに進んでもらうことですね」とアドバイス。
中でも強調するのは「アスリート雇用されているうちは、その会社の方々に応援してもらえるような選手になりなさい」と、そういった姿勢がセカンドキャリアに生きてくると呼びかけます。
自身も39歳まではアマチュア選手、その後はプロ選手として働きながら競技を続け、41歳で現役を引退した山本監督。「選手が自ら学びたい、考えたいと思ったタイミングを逃さず、背中を押してあげる指導者でありたい」と、ピッチ上の指揮にとどまらない温かい眼差しを選手に注いでいます。

ニッパツ横浜FCシーガルズの山本絵美監督
▽手書きの履歴書
シーガルズのDF本多実夏子選手 (24)は、横浜市拠点の老舗繊維商社「原貿易」(江守雅人社長)に勤務しています。
創業70年を超える同社は、部材・資材事業や繊維・生活関連事業のほか、ベビー・キッズ用品事業などを展開。育児・介護・通院といった個々のライフイベントと仕事の両立を柔軟に支援する職場環境が大きな特長です。
神奈川大学から2025年シーズンにシーガルズへ加入した本多選手は、同年4月、原貿易にアスリート雇用の「第1号」として入社しました。配属先は、新設された4good事業部。現在はリユーストナーカートリッジなど環境事業の営業サポートとして、注文伝票の入力や出荷指示、納期管理などのバックオフィス業務を担当しています。
江守社長は、最初にアスリート雇用の相談を受けた際の心境について「正直、最初はうちのような30人弱の規模の会社で、本当にスポーツ選手を雇用できるのだろうかと不安でした。練習や遠征で勤務時間が制限される中で、しっかり受け入れられるのかと悩みました」と振り返ります。
しかし、その不安を払拭したのが面接に現れた本多選手の姿でした。「持参された履歴書が、パソコン作成ではなく手書きで用紙の隅々までびっしりと書かれていたんです。彼女がこれまでスポーツに捧げてきた情熱と、これから社会人として真剣に働こうとする誠実な姿勢がひしひしと伝わってきて『この子なら会社で頑張っていける』と確信し、採用を決めました」(江守社長)。

原貿易の江守雅人社長
▽ムードメーカー
本多選手は入社2年目。朝8時から10時まで練習に参加、自宅へ一度戻って汗を流し、午後1時から6時まで原貿易のオフィスで働きます。「練習が終わった後、10から15分ほど仮眠をとる時間を意識して作っています。このわずかな『リセット時間』があるから午後の仕事に気持ちを切り替えていけます」と本多選手は話します。
入社当初は慣れない商品名や複雑な品番の入力に戸惑うことも多かったものの、先輩社員や上司の手厚いサポートに助けられてきたといいます。
「周りの皆さんが本当にあたたかくて。『試合見たよ!』『YouTubeでプレーチェックしたよ』と声をかけてくださったり、遠征や試合のスケジュールにも柔軟に対応してくださったりと感謝しかありません。職場の皆さんの応援がピッチに立つための大きな原動力になっています」(本多選手)。
社内には、本多選手が加わったことで新しい風が吹き込んでいます。年末の棚卸し作業の際には、本多選手がサンタクロースの帽子をかぶって差し入れを配り、殺伐としがちな作業現場を笑顔で包み込みました。社内イベントや地域のプロジェクトにも積極的に関わる彼女の姿は職場のムードメーカーであり、社員同士の絆を深める接点となっています。
江守社長は「彼女がアスリートとして泥臭く勝利を目指す姿は、周りの社員にも勇気を与えています。『みんなで共通の仲間を応援しよう』という一体感が生まれ、社内全体が明るくなりました」と想定以上の効果に喜んでいます。

原貿易の本多実夏子さん
▽用具支援の必要も
ただ、二刀流の生活を継続する上でのリアルな課題も存在します。
「一番大変なのは体力の維持と休養時間の確保です」と本多選手。体のケアやトレーニングで時間に追われる中、食事や睡眠のルーティンを徹底することで体調を管理していますが、過酷なサイクルであることに変わりありません。さらに、金銭面や用具面の負担も切実です。
用具支援について、インタビューに応じた3選手は「サッカーで使うスパイクは1足2万円以上します。練習や試合で履き込むとすぐに傷んでしまうので、年に何足も買い替えなければなりません。ゴールキーパーならグローブも必要ですし、消耗品代の負担は大きいです」と口をそろえます。
アマチュア選手たちの多くは道具代の多くを自己負担しています。WEリーグのようなプロ契約とは異なり、手厚い用具提供を受ける選手はごく一部。本多選手は「恵まれた環境で働かせていただいているからこそ、最後まで諦めずに両立させる姿を見せたい」と前を向きますが、競技を続ける上での経済的ハードルは、課題として横たわっています。

勤務中の本多選手
▽中小企業こそ採用
スポーツ支援というと、潤沢な資金を持つ大企業が「企業の看板」として行う実業団モデルをイメージしがちです。しかし、江守社長は「中小企業こそ、アスリート雇用に取り組むべきだ」と力説します。
2026年2月、横浜商工会議所で「アスリート人材の活用」をテーマに講演した江守社長は、集まった経営者たちに向けてこう訴えかけました。
「中小企業は常に採用や社内の活性化に悩んでいます。しかし、厳しい環境の中で目標に向かってひたむきに努力してきたアスリートは、高い自己管理能力や逆境に負けないメンタリティーを備えています。フルタイムで働けなくても、短時間で高い集中力を発揮し成果を出してくれます」
原貿易では育児や介護などで短時間勤務を選択する社員も多くいます。アスリート選手を「特別な存在」として扱うのではなく、多様な働き方を実践する「多様な人材の一人」として自然体に受け入れる土壌が、同社にはもともと備わっています。
「当社のような規模の会社でも、仕組みを整えれば十分に応援できます。『アスリート雇用は費用がかかり、現場が回らなくなる』という固定観念を捨ててほしい。一歩を踏み出せば、社内の雰囲気がガラリと変わり、会社全体が元気になるという実質的なメリットを実感できるはずです」(江守社長)。
▽企業の未来切り開く
日本の女子スポーツ界では長年、競技一筋で歩んできた選手たちが、引退後に社会人としてのスキル不足に直面する“セカンドキャリアの壁”が問題視されてきました。
しかし、現役時代から企業の一員としてビジネスの現場で揉まれ、社会人としての基礎体力や実務スキルを身につける経験は「引退後も社会で即戦力として生きていける」という大きな安心感を生み出します。
将来への不透明な不安が消え去るからこそ、選手たちは目の前のプレーに対して迷いなく、100%の力を注ぎ込むことができるのです。
「スポーツを支援することは、単なる同情やCSR(社会的責任)のコストではなく、企業の未来を切り開くための成長投資である」―
逆境を跳ね返す強いメンタリティー、限られた時間で成果を出すタイムマネジメント能力、そして周囲を巻き込んでいく発信力。彼女たちが携えてオフィスへやってくるエネルギーは、人手不足や組織の停滞に悩む企業にこそ必要な「原動力」そのものと言えるのではないでしょうか。
▽選手と企業の新しい関係性
日総工産の藤野賢治社長は、女子スポーツ界が抱える問題は日本だけではなく、世界でも同様だと指摘します。さらに、利益を追い求めるのが目的である「株式会社」が女子スポーツを含めたスポーツに投資しようとする際、株主から「売り上げ、利益につながるのか」という声が出るのも事実と厳しい現状も訴えます。女子スポーツを巡る一連の問題は、国がリーダーシップを発揮し、民間企業、地域、株主、多くの関係者が関わる必要があります。

日総工産の藤野賢治社長
かつて企業スポーツが担ってきた「会社の名を売り込む看板」としての時代は終わりました。今、求められているのは、選手と企業が対等なパートナーとして支え合い、お互いの価値を高め合う新しい関係性です。
シーガルズの山本監督が語った「サッカーにも仕事にも妥協しない覚悟」。原貿易の江守社長が示した「中小企業でも実践できる柔軟な雇用モデル」。そして女子選手たちがピッチとオフィスで見せる「努力」。
経営者や指導者、そして選手たちの言葉には、日本の女子スポーツ界、そしてこれからの日本企業のあり方をアップデートする強烈な熱量が宿っていました。
受け入れ側が抱く「現場が回らないのでは」という不安は、最初のほんの一歩に過ぎません。企業がその一歩を踏み出し、アスリートを受け入れた時、そこには多様な働き方を認め合い、選手とともに組織や地域社会が成熟していく、新しく希望に満ちた景色が広がっているはずです。
インタビューに答えてくれた3社のトップや選手たちの生の声が、今後、これから雇用を検討する多くの企業の背中を、優しく、そして力強く押してくれるに違いありません。













