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「特集」 間違いだらけの日本の半導体政策 最後の砦となる材料産業の強化を

湯之上 隆
微細加工研究所 所長

新たな挑戦は成功するか

 日本の斜陽産業の代表格だった半導体にスポットライトが当たるようになった。そして、「日本半導体産業が復活する」という世論が盛り上がっている。しかし、この認識は間違っている(図1参照)。

 

 1980年代に、日本が半導体の世界シェア50%を占めていた時代があった。この時、日本は半導体メモリー「DRAM」で世界シェア80%を独占していた。つまり、80年代の「世界シェア50%」は、ほぼDRAMによるものだった。

 ところが、90年代に日本のDRAMのシェアは急速に低下し、2000年ごろに日立製作所とNECの合弁会社エルピーダ1社を残して、日本はDRAMから撤退した。そのエルピーダも12年に経営破綻して、米マイクロン・テクノロジーに買収された。

 DRAMから撤退した日本は、ロジック半導体にかじを切った。ロジック半導体とは、スマートフォンなどに搭載され、演算を行う半導体である。しかし、そのロジック半導体も壊滅的になった。その結果、日本半導体は、斜陽産業となったわけである。

 そのような中で、21年10月にファウンドリー(受託生産企業)の台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県に進出することになり、22年11月には新会社ラピダスが「27年までに2ナノメートルのロジック半導体を量産する」と発表するなど、日本の半導体業界で大きなニュースが相次いだ。そして、「日本半導体産業が復活する」という世論が形成されるに至った。ちなみに、1ナノメートルは1メートルの10億分の1の長さである。

 しかし、TSMC熊本工場やラピダスが生産しようとしているのは、1980年代に世界シェア80%を独占したDRAMではなく、日本がそれまで強かったことがないロジック半導体である。

 従って、現在日本に起きているブームは、「復活」ではなく、「ロジック半導体への新たな(無謀な)挑戦」ということになるだろう。それでは、その挑戦は成功するのだろうか?

 本稿では、今年2月24日に開所式を行ったTSMC熊本工場に焦点を当て、「日本の新たな挑戦」が成功するのかどうかを論じたい。

危機感募らせた経産省

 2020年に新型コロナの感染が世界に拡大し、翌21年には世界的に半導体が不足して車などがつくれなくなった。そのため、車を国の基幹産業としている日米独の政府は、台湾政府を経由して、TSMCに車載半導体の増産を要請する事態となった。

 半導体が注目されるきっかけはここにあった。20年まで半導体に見向きもしなかった日本政府や経済産業省は態度を一変させた。そして、経産省は、このままいくと30年には、日本半導体産業の世界シェアが0%になると危機感を募らせた。その結果、先端半導体工場の新増設を支援する改正法を成立させ、それに基づいて次々と半導体工場への助成が発表された(図2)。

 それでは、この政策で日本半導体のシェアは向上するだろうか?

補助金投入による効果

 TSMC熊本には、ソニー、デンソー、トヨタ自動車が資本参加し、日本政府が4670億円を助成する第1工場では、12〜16ナノメートルと22〜28ナノメートルのロジック半導体の受託生産を行う。加えて、7320億円が助成される第2工場では、7ナノメートルの先端半導体を製造する。

 しかし、TSMC熊本工場は日本向けの半導体を優先的につくるわけではない。また、日本には工場を持たず設計を専門に行う半導体メーカーのファブレスがほとんどない。従って、TSMC熊本工場ができても、日本のシェアはあまり上がらない。

 次に、マイクロン広島工場には合計2465億円が助成される。しかし、同工場は米国籍の企業であるため、ここでDRAMを生産しても、日本のシェアへの寄与は厳密に0%である。

 さらに、NAND型フラッシュメモリーを生産している四日市工場(三重県四日市市)と北上工場(岩手県北上市)を共同運営しているキオクシアと米ウエスタンデジタル(WD)には2429億円が助成される。ところが、生産されたNANDは両社で半分に分けられるため、補助金によるシェア向上への貢献も半分しかない。

 そして、ラピダスには合計3300億円が助成される。しかし、ラピダスが2ナノメートルのロジック半導体を量産することは不可能であるため、補助金を投入しても日本のシェアへの貢献は0%である。

 以上から、合計2兆円を超える補助金を投じても、ほとんど日本のシェアは上がらない。

経済安保は強靱化するか

 ソニーが生産しているCMOSイメージセンサー(CIS)を例にとって、この問題を考えてみる。スマホのカメラに使われるCISは、ピクセルと呼ばれる画素、メモリーのDRAM、ロジックの三つの半導体チップを張り合わせることにより形成されている。ピクセルはソニーが生産し、DRAMはマイクロンなどから購入し、ロジック半導体をTSMCに生産委託している。

 このようなCISについて、TSMCが熊本に工場をつくった場合、誰が、どこで、何をすることになるだろうか?

 図3の上段に、TSMC熊本工場ができる前のフローを示す。回路原版のマスクの設計と製造は、台湾のTSMCで行われる。そして、このマスクを用いて、TSMCがプロセス開発を行い、ロジック半導体を生産する。

 このように生産されたロジック半導体はソニーに送られ、DRAMおよびソニーが生産したピクセルと張り合わせる。それが台湾の後工程専門の半導体メーカーASEに送られて、パッケージに封入された後、中国にある鴻海(ホンハイ)の工場でスマホに組み込まれる。

 では、TSMC熊本工場ができた場合、CISの生産はどのようになるだろうか?

 図3の下段に示したように、マスクの設計と製造は、相変わらず台湾のTSMCが行う。そして、台湾のTSMCが造ったマスクがTSMC熊本工場に送られ、そこで、ロジック半導体が生産される。その後、ソニーが、ロジック半導体、ピクセル、DRAMを張り合わせる。

 ところが、日本には後工程メーカーがないため、台湾に再び送られてASEがパッケージングを行う。そして完成したCISが、中国にある鴻海の工場でスマホに組み込まれる。

 つまり、TSMC熊本工場ができても、台湾→日本→台湾→中国という流れは変わらないのである。従って、TSMC熊本工場ができても、経済安全保障を強靱(きょうじん)化することにはならない。

陰りが見える装置産業

 日本では過去、半導体のシェアの低下を食い止めようと、経産省の主導で、国家プロジェクト、コンソーシアム、合弁会社が多数つくられてきた。しかし、何一つ、成功したものはなかった(図4)。

 そのため、筆者は21年6月1日に、半導体の専門家として参考人招致された衆院で意見陳述を行い、「歴史的に経産省が出てきた時点でアウト」「日本の半導体デバイス産業は再起不能」「日本は強い装置と材料をより強くする政策を第一に掲げるべきだ」と主張した。

 ところが、本稿で論じたように、今回の日本の半導体政策も、またしても失敗することになるだろう。加えて、「強い」と思っていた日本の装置産業に陰りが見える。地域別の装置の売上高シェアをみると、日本は11年ごろからシェアが急減少しており、22年にはトップの米国(49%)の半分以下(24%)になってしまった(図5)。このままいくと、壊滅的になってしまった日本の半導体デバイス産業の二の舞いになりかねない。

 となると、日本に残された最後の砦(とりで)は、今も競争力が高い半導体材料産業しかない(図6)。従って、今でも日本が強みを発揮している材料産業をより強くする政策を推し進めるべきである。

微細加工研究所 所長 湯之上 隆(ゆのがみ・たかし) 1961年静岡県生まれ。京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修了。87年日立製作所入社、半導体の微細加工技術開発に従事。2000年京都大学より工学博士。10年に微細加工研究所を設立、半導体関係企業のコンサルタント、ジャーナリストとして活動中。「半導体有事」「日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ」(いずれも文春新書)など著書や編著多数。

(Kyodo Weekly 2024年4月8号より転載)

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