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「特集」特別寄稿=元AERA編集長 浜田 敬子 新社会人の皆さん どう生きますか

浜田 敬子
ジャーナリスト

 新社会人の皆さん、新たな旅立ち、おめでとうございます。今はワクワクする気持ちと少しの不安でいっぱいだと思います。

 私自身が社会人になったのは1989年。中学時代から憧れていた新聞記者として、第1志望だった朝日新聞社に入社できたものの、内定をもらった喜びも束の間、入社前には不安でいっぱいでした。

 当時全国紙を発行する新聞社は入社から数年は地方勤務が当たり前だったので、就活時から全国転勤は覚悟していました。それでも友人たちと離れ、誰も知り合いのいない地域に行くこと、そこで新しい仕事を始めるだけでなく生活もしていくことへの不安は想像以上でした。皆さんの中にも就職を機に住み慣れた場所を離れることに、不安を感じている人もいるでしょう。

 私の場合、その〝後ろ向き〟な気持ちが入社後の仕事にも大きく影響しました。新人時代の数年間は決して仕事に「前向き」だったとは言えず、仕事に没頭することもありませんでした。今では考えられないような長時間労働の職場でしたから、仕事で失敗すると、「こういう環境で疲れているんだから」と常に言い訳を探し、自分の不安や不満を環境や周囲の人のせいにすることも少なくありませんでした。実は入社1年目に会社に内緒で、同業他社の中途入社の試験まで受けました。逃げるように転職しようとしていたのですから、当然書類の段階で落ちましたが…。

 そんな私が記者やニュースの仕事を「天職」だと思えるようになったのは、入社5年目で異動した週刊朝日での経験が大きかったのです。

 週刊誌の編集部では毎週企画会議があり、ネタと呼ばれる企画を数本提案しなくてはなりません。異動してすぐに先輩から、「ここでは自分から動かなければ仕事はない」と言われました。その一方で、面白い企画さえ提案できれば、若手だろうが女性だろうがチャンスをもらえて、巻頭特集も書かせてもらえました。

 事件から政治、スポーツまでさまざまな企画を担当しましたが、締め切り前日は常に徹夜。原稿が書けず真っ白なページの夢で目覚めることも多かったのですが、この時期の苦しくても毎週「打席に立ち続ける」経験によって随分成長させてもらったと思います。

 編集部の人数も少なかったので1人で任せられることも多く、先輩や上司も忙しいのでほぼ「放置」の状態。結局自分で考えながらもがくしかなかったのですが、それも今となっては良かったと思っています。仕事の達成感は、自分で考えて選択して決めて結果を出すこと。その中で少しずつできることが増えていくことでしか味わえないのだということもこの時に知りました。

AI時代に必要な能力

 皆さんも初めて配属された職場で思ったような成果を出せなかったり、合わないと感じたりすることもあると思います。それでもチャンスは、その場で階段を半歩でも一歩でも上がろうと、もがいた人にしか回ってこないと今なら分かります。

 とはいえ、私の新人時代と皆さんがこれから生きていく上では大きく時代が変わっています。テクノロジーの進化や地政学的なリスクも含めて5年先を予想することも難しいといわれています。そんな急激な変化の時代をこれから生きる世代の方からよく聞かれるのが、「どんなスキルや能力がこれからのキャリアに役に立ちますか」という質問です。

 米シリコンバレーでは今「4to4」という言葉が広がっています。大学4年間で学んだスキルや知識で40年間働くことができた「4to40」の時代から、今は大学で学んだものは4年しか通用しないという意味だと聞きました。

 リスキリングという言葉は皆さんも聞いたことありますよね。新しい知識やスキルを身につけ、新しい仕事に就くことが推奨されていますが、では何を学べばいいのでしょうか? もちろん一定程度のデジタルの知識やスキルは必要でしょう。しかし、学ぶ知識やスキル自体も変化をし続けていくのがこれからの時代なのです。

 以前、英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授に、AI(人工知能)時代に必要なスキルや知識について取材したことがあります。オズボーン教授は2013年に「雇用の未来」という論文を発表し、2050年にAIによってなくなる具体的な仕事を挙げ、世界中を震撼させました。

 その後生成AIが登場し、仕事で活用することは当たり前になっています。教授への取材は生成AI誕生前の17年でしたが、当時からAI時代に最も必要な能力は「戦略的学習力」だと話していました。

 「言い換えるなら、自ら学び続ける能力です。今の時代、死ぬまで学び続けることが必須になるのは自然な流れ。学び続ける力に加えて、創造性や社会性、協調性といったスキルも重要になってくるでしょう」(オズボーン教授)

「寄り道」も無駄はない

 私自身は新卒で入社した朝日新聞社を50歳で退社し、ベンチャー企業に転職。ビジネスインサイダーというアメリカ発のメディアの日本版を立ち上げました。AERAという週刊誌を17年間創り続け、このまま定年まで朝日新聞社で働くものだと思い込んでいました。

 転職の大きなきっかけになったのは、世界的ベストセラー「LIFE SHIFT   100年時代の人生戦略」の著者、リンダ・グラットンさんとの出会いです。この本では、平均寿命が伸び人生が100年になった時代のキャリアの考え方が書かれています。来日されたグラットンさんのモデレーターを務めた際、「定年が楽しみで仕方ない」と漏らした私に、こう言われたのです。

 「何言ってるの、敬子さん。あなたの世代だったら平均で94歳ぐらいまで生きるわよ。60歳でリタイアした私の友人たちは3カ月で飽きています。仕事のない人生はつまらないから」

 人生100年時代という言葉はもちろん知っていましたが、日々の忙しさにかまけて、その時まで私は真剣に60歳以降のキャリアを考えたことはありませんでした。

 AERA時代からニュースの主戦場はデジタルになることは感じつつも、残念ながら朝日新聞社ではその仕事に就くことはできませんでした。ならば、自分で居場所を変えて、デジタル時代のニュース現場を体験して、自分に足りない知識やスキルを身につけようと思ったのです。

 最近私はZ世代と呼ばれる、まさに今新社会人になろうとしている皆さんと同世代の方たちを取材することが多いのですが、入社してすぐに転職サイトに登録する人たちが少なくないと聞きました。不安定な時代でも生き抜いていけるよう早く自身の成長を実感したい、そのための経験をさせてくれる職場で働きたいという切実な気持ちは理解できます。でもあまりにも生き急いでいるのでは? と感じることもあるのです。

 皆さんに伝えたいのは、人生は長いということです。何年か寄り道をしても、それが無駄になることはないし、何歳からでも新しいことにはチャレンジできます。私も入社して数年間「この仕事を本当に続けたいのか」と悩んだ時代があったから、社内で自分自身が活きる場所を探すことにもつながりました。

社会は変わらないのか

 多くのZ世代の起業家などを取材してきていると、社会や地域のために働いている若い世代に出会います。私の世代より「他者のために働く」人たちが増えていると感じます。

 何度も取材している能條桃子さんは1998年生まれ。大学時代に留学したデンマークで20代の投票率が80%もあることに衝撃を受け、日本の若い世代にもっと政治に関心を持ってもらいたいと、仲間たちと「NO YOUTH NO JAPAN」という団体を設立します。その後は「FIFTYS PROJECT」という団体をつくり、女性の地方議員を増やす活動を始めています。日本の政治分野の男女格差は146カ国中138位と、世界でも最悪の状況です。政治の世界に女性がほとんどいない〝女性のいない民主主義〟の状況をなんとか変えたいと活動しているのです。さらに若い世代が政治に関心を持つためには、立候補できる年齢を引き下げる必要があると、集団訴訟の原告にもなっています。

 彼女は留学中、社会に積極的に関わろうとする同世代を見て、「自分が動いても社会は変わらない。既存のシステムの中で賢く振る舞おうという、それまでの自分の考え方がめっちゃダサかった」と気づいたといいます。「誰かがいい感じでやってくれる」のを待つのではなく、自分から動き行動する人を増やしたいという思いが今の活動につながっています。

 能條さんだけでなく、他にも貧困問題や環境問題、ジェンダー不平等など、国や地球規模の課題に立ち向かおうとしているZ世代はいます。なぜこんな大きな問題に挑むのかと聞いた時に、「誰もやろうとしないから。誰かがやらなければ問題は解決しないから」と答えた人もいました。

 急激な変化の中で、皆さんはより上の世代に比べて社会課題を敏感に感じていることでしょう。新しい仕事の中で、社会に少しでも貢献したい、社会課題解決の糸口を見つけたい。そんな志を持っている人も多いと思います。ぜひ、その志を忘れずにいてください。

ジャーナリスト 浜田 敬子(はまだ・けいこ) 1966年山口県生まれ。89年朝日新聞社入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て99年AERA編集部。2014年に同編集長。17年の退社後、経済オンラインメディアBusiness Insider日本版の統括編集長。20年末に退任し22年一般社団法人デジタル・ジャーナリスト育成機構設立。22年度ソーシャルジャーナリスト賞受賞。23年10月からBリーグ理事も務める。

(Kyodo Weekly 2024年4月1号より転載)

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