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「特集」台湾 頼総統 中国依存低下へ 厳しい政権運営 米大統領選が変数

 

門間 理良
拓植大学教授

 2024年1月13日、台湾で総統選挙が実施され、民主進歩党(民進党)の頼清徳・蕭美琴ペアが558万6019票(得票率40・05%)を獲得し当選した。同じ政党の3期連続勝利と、副総統経験者の総統当選は、台湾の総統民選開始後、初めてだった。対立候補だった中国国民党(国民党)公認の侯友宜・趙少康ペアは467万1021票(同33・49%)、台湾民衆党(民衆党)公認の柯文哲・呉欣盈ペアは369万466票(同26・46%)だった。投票率は総統選史上、下から2番目の71・86%だった(前回は74・9%)。

 同時に実施された立法委員(国会議員)選挙は、民進党が過半数を維持できず51議席に後退した一方、国民党は躍進して52議席、民衆党は8議席を獲得した。民進党も国民党も単独で過半数を取れず、民衆党がキャスチングボートを握る存在に急浮上した。総統選が三つどもえとなり、当選の得票率が約40%、立法院は少数与党という状況は00年3月の総統選で民進党の陳水扁・呂秀蓮ペアが誕生した時と状況が似通っている。陳総統(当時)は、米国からの武器購入予算案を数十回も退けられるなど極めて厳しい政権運営を強いられた。フラストレーションがたまり、02年8月に「一辺一国論」を打ち出して、「脱中国化」に大きくかじを切った。その結果、中国との対立が深まり、後ろ盾の米国ですら、陳総統をトラブルメーカー視するようになった。政権末期には陳氏自身の側近や家族の汚職などもあって民衆から批判が高まり、08年の総統選では、国民党の馬英九氏が民進党の謝長廷氏を大差で破った。民進党はこうした陳政権時代の経験を反面教師として政権運営にあたる覚悟だろう。

対中交渉再開は望み薄

 中国は総統選の期間中、台湾の有権者に向けて「平和・繁栄」か「戦争・衰退」かを正しく選択すべきだと一再ならず表明、世界に向けても頼副総統がいかに危険な「台湾独立の仕事人」であるかを述べ続けた。16年の総統選で、民進党批判は行う一方で蔡英文候補に対する個人攻撃は避けてきた態度とは完全に異なるものだった。蔡総統の就任後は、中国は国民党の馬英九政権期に行ってきた両岸間のオフィシャルな交流を停止させ、中国から台湾への旅行も事実上ストップした。このことを思い返せば、頼政権の発足後、中国側が中台間の交流を再開させるとは考えにくい。

 逆に、中国は台湾に各種の圧力を行使してくることは想像に難くない。頼氏当選から2日後、南太平洋の島国ナウルが台湾との断交を宣言した。これで台湾が外交関係を有する国は12に減少したが、中国は他にも複数の外交関係断絶カードを持っていると考えた方が良い。中国からすると、台湾は中国の一地方に過ぎず、「一国二制度」を適用するならば、香港に倣って中華人民共和国台湾特別行政区という位置づけになる。元首は中国国家主席で、主権は中国にあり、外交権は有しない。鄧小平は台湾に一国二制度を適用するにあたっては「独自の行政権や司法権の行使。軍隊の保有。域内での選挙による指導者選出。独自の通貨発行」が可能で、指導者は中華人民共和国の国家副主席にすることもできると述べていた。ただし、それはあくまでも台湾が平和統一を受け入れた場合の話である。現在の習近平政権も一国二制度による平和統一を唱えているが、そこまでの譲歩を示してはいないし、仮に戦争を経て台湾が統一された場合は、苛烈な統治となることが予想される。また、もともと一国二制度を受け入れるつもりのなかった台湾側は、19年から20年にかけての香港の情勢を目の当たりにし、受け入れ拒否の意志はさらに強まった。今回の総統選・立法委員選では3党とも選挙公約で一国二制度による統一を拒否していた。

 頼氏は、今回の総統選で中国は過去最大級の選挙介入を行ったと述べていたが、実態はどうか。有権者らへの脅しともとれた国務院台湾事務弁公室の報道官談話、中台間の経済協力枠組み協定(ECFA)の一部品目関税引き下げ措置停止、台湾の中国からの輸入制限措置を「貿易障壁に該当する」と結論付けた調査結果の発表、各種フェイクニュースの発信、各総統候補の支持率調査結果の捏造(ねつぞう)、里長・村長の中国招待旅行、立法委員選立候補者への資金提供といった多様な介入はあった。一方、露骨な軍事演習などは影を潜めた。新たなグレーゾーン事態といえる気球の台湾上空通過は確認されたが、台湾防空識別圏への中国軍機の進入は、Y-8対潜哨戒機程度に抑えられていた。

 中国が頼氏との交渉に動き出すのは困難と予想されるが、陳政権の時と同様に国民党や民衆党に接触を図る可能性がある。一つは、国民党籍の人物が地方首長を務める県市との交流や優遇措置の実施だが、この手法は使い古されており、それほど効果を発揮してきたとはいえない。むしろ、中国側がターゲットにするのは新興勢力の民衆党ではないか。民衆党は若者世代に人気が高く、民進党の票を削る効果がある。ただ、民衆党は民進党や国民党と比べ党組織の基盤が脆弱(ぜいじゃく)で、政治資金が圧倒的に不足している。台湾の選挙制度は少数政党の生き残りに厳しい。それを熟知する民衆党には26年秋の統一地方選挙、28年の総統選・立法委員選に向けた態勢づくりへの焦りがあり、そこが中国の付け入る隙となる可能性はある。

 国民党は、28年には初代総統の蔣介石のひ孫で蔣経国の孫である蔣万安台北市長を総統候補にする可能性がある。蔣氏であれば国民党内の深藍勢力も納得するし、支持政党を持たない中間層へのアピールも期待できるからだ。中国は蔣氏にもアプローチをかけていくだろう。ただ、国民党は中国との付き合いは慣れているので、有権者に取り込まれたと見なされない程度に付き合いをコントロールするだろう。

新南向政策テコ入れへ

 政治面での交流を制限しながら、経済・貿易の面では対中依存度を上げ、中国から離れられないようにするのが中国の戦略である。これに対し台湾は、逆の方向性を目指している。11年の対中投資のシェアは全体投資の8割近くを占めていたが、23年には11・5%にまで激減(図)。また、台湾の全輸出の中で中国(香港を含む)の割合は20年をピークにして減少に転じ、23年には35%余りとなっている。輸入については20%前後で推移している。世界はコロナ以前の状態に復したといえるが、中国経済が芳しくない状況が今後も続くならば、民進党政権にとっては僥倖(ぎょうこう)といえる。問題は、中国に代わる受け皿の開拓だ。民進党は政権奪還直後の16年に「新南向政策」を始動させた。対象はASEAN10カ国、オーストラリア、ニュージーランド、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、ブータンの計18カ国。同政策は経済・貿易面の関係強化にとどまらず、人材交流や文化・観光・医療・科学技術などのソフトパワーの活用、地域の連携などで総合的にこれらの国にアプローチし台湾の存在感を高めていくことを目的としている。もともと中国の影響力が強い地域で困難も伴うが、ASEAN10カ国への輸出額は、22年に対前年比14・8%増の806億ドルに達しており希望は見える。頼政権の今後のテコ入れが注目される。対象国が中国との関係を悪化させた時が狙い目で、23年12月にカナダと調印した投資促進保障協定などを各国と結びたいところだ。

注:2023年は1‐11月のデータ
出所:大陸委員会「両岸経済統計月報」

国民党から「疑米論」か

 中台を含め東アジアの国際環境にとって大きな変数となることが想定されるのが今年11月の米大統領選だ。バイデン政権が継続すれば、現在の国際関係の構図が維持され、台湾海峡も現状維持を目標とする。米国は中国との関係改善を模索しながらも、台湾との関係は現在のレベルを保つだろう。武器売却については台湾の継戦能力の維持を意識した武器・装備が目立つが、これはロシアーウクライナ戦争の教訓から米台が到達した結論と考えられる。

 トランプ政権成立となった場合、17年から21年にかけての状況が再現されるだろう。アメリカファーストの政策の下で、米国は台湾や日本に対して、安全保障上の一層の自助努力を要求していくだろう。トランプ氏自身は台湾に対して思い入れはなく、台湾を中国との交渉道具とすることを考えるかもしれない。台湾では、いざという時に米国は守ってくれるのかという「疑米論」が国民党サイドから出てくるのは必定で、中国もそれを喧伝(けんでん)するだろう。

 その一方で、トランプ政権は19年に、1990年代前半のF-16戦闘機売却以後の歴代米政権が自重していた主力武器売却にあっさり踏み込んで、F-16戦闘機66機、M1A2T戦車108両を売却した実績も持つ。今度も、台湾の自助努力を促すとの名目で、これまで控えていたイージス艦売却もするかもしれない。これまではイージス艦の台湾売却による中国への高度軍事機密の漏洩(ろうえい)が懸念されていたが、中国もイージスシステムに類する装備を開発運用している。米国でもタイコンデロガ級イージス艦の退役が相次いでいる。トランプ氏は最新でないイージスシステム搭載艦であれば台湾に売却することを考えるのではないか。台湾海軍にとっても、イージス艦取得は艦隊防空能力を飛躍的に高め、艦隊の残存性を高めることができ、米海軍との連携も容易になる。価格によっては購入に前向きになるだろう。

 ただし、国民党や民衆党が立法院で反対することも十分に考えられる。このケースに限らず、頼政権は立法院との関係が大きなネックとなり、厳しい政権運営を迫られていくことになるのは間違いない。米国との良好な関係の維持に努め、中華民国・台湾を守っていくことになる。

拓植大学教授 門間 理良(もんま・りら) 1965年仙台市生まれ。99年筑波大学大学院歴史・人類学研究科単位取得退学。財団法人交流協会台北事務所専門調査員、在中国日本国大使館専門調査員、文部科学省初等中等教育局教科書調査官をなどを経て12年防衛省防衛研究所入所。中国研究室長、地域研究部長。23年から拓殖大学海外事情研究所教授。博士(安全保障)。主な著書に『緊迫化する台湾海峡情勢』(東信堂)など。


(Kyodo Weekly 2024年2月19日号より転載)

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